21 / 50
21・自分でもわからない 後
しおりを挟む
それを聞いたときから、アメリアはそれを読まないことに決めた。ただ、なぜヴィルフリートがそう思うのか、それだけは知りたいと思った。
「何故、そう思われるのですか……? ヴィルフリート様」
「君が思っている以上に、王家の……この件の闇は深い」
ヴィルフリートの声は腹から絞り出すように重かった。アメリアは思わず座り直し、目の前の人の顔を窺う。
「今の君には、まだ荷が勝ちすぎる。読むことで、かえって辛くなるかもしれない。ここで私と暮らすうちに、少しずつ理解してくることもあると思うから、知りたいことは、その都度聞いてくれればいい。それでも読みたいなら、そのときはもう止めない」
「はい、ヴィルフリート様。おっしゃる通りにします」
迷いのないアメリアの返事に、ヴィルフリートは驚いたようだったが、すぐにその意味を察したようでふわりと微笑んだ。
「ありがとう、アメリア。私の言うことを信じてくれて嬉しいよ」
「ヴィルフリート様こそ。私を心配して下さって、ありがとうございます」
―――まだ、出会って一週間も経ってはいないけれど。ヴィルフリート様は、本当に私のことを思い、大切にしてくれている。会う前にあんなに不安だったのが嘘みたいに、ヴィルフリート様といると、何故か安心できる……。
アメリアはそう思い、ヴィルフリートに微笑んだ。
時々は笑顔も浮かぶようになったアメリアだが、今の微笑みはこれまでと違う、と思った。
初めて自分に、いくらかでも好意を示してくれた笑みのように感じて、ヴィルフリートは久しく封じ込めていた「番」を求める衝動が、身体に溢れるのを感じた。
「アメリア……」
抑えきれない思慕が込められて、愛しい女の名前が口から零れる。アメリアの瞳が、大きく見開かれた。気づけばヴィルフリートの手が知らずに伸ばされて、アメリアの頬に触れている。アメリアの頬が、見る間に赤く染まった。
「ヴィルフリート、様……」
いつの間にか両手で頬を包まれ、ヴィルフリートに口づけられていた。アメリアの艶やかな唇を啄むように、わずかに離れてはまた口づけて、やわらかく何度も食んでゆく。
「ん、ふ……」
初めての晩のように怖くはない。でも、あの時以上に、何も考えられない。
「あ……」
ヴィルフリートが顔を上げると、アメリアは彼の上衣の裾を握りしめていた。アメリアが慌てて手を放すと、ヴィルフリートはゆっくり立ち上がる。それからもう一度微笑んでアメリアの髪を撫で、先に図書室を出て行った。
一人残った長椅子の上で、アメリアは両手で顔を覆った。
―――ああ、どうしよう、私……?
そもそも何がどうしようなのか、アメリア自身でも分かっていないのだが。―――今の自分の気持ちさえも。
ヴィルフリートのことは、信頼できるし、一緒にいて安心できる。さっきの急な口づけも、嫌ではなかった。
―――でも、好きとか愛しているとか……、まだ、そういうのではないと……。でもヴィルフリート様は……ああ!
アメリアが嫌がっていないことに、ヴィルフリートは気づいただろうか? だとしたら、この後の夕食で、どんな顔をしていたらいい?
なかなか顔を上げられないまま、アメリアはレオノーラが探しに来るまで、一人図書室で座っていた。
夕食を告げられて、アメリアは緊張を押し隠して食堂へ入って行った。ところがヴィルフリートは、アメリアが拍子抜けするほどいつも通りだった。
ひょっとして、あれは自分の気のせいだったのかと思うくらいだ。何でもない様子で料理について話し、アメリアの食欲を気遣う。
―――私、気にしすぎなのかしら?
ヴィルフリートとどうにか会話をしながら、アメリアは未だ落ち着かない自分を持て余していた。
そして、その夜。
最初の晩以外、アメリアはレオノーラに寝支度を手伝ってもらうことはない。部屋へ下がって湯を使い、髪を梳いて、ヴィルフリートより先に夫婦の寝室で待っている。少しするとヴィルフリートが入ってくるので、この四日間はそのまま、子供のように並んで眠っていた。
でも、今夜は違うかもしれない。あの時のヴィルフリートからは、最初の晩のような、抑えきれない何かを感じた。
―――ひょっとしたら、いよいよ今夜は私を抱くつもりかも知れない。あの口づけが、ヴィルフリート様なりの確認なのだとしたら……。
「アメリア」
ドアが開いて呼びかけられた声に、アメリアはどきっとして身体を震わせた。どうにかいつものように隣に座ると、ヴィルフリートは手を伸ばして、アメリアの頬に口づけた。
「あっ」
いままでこんなことはしなかった。やっぱり、そうなの……?
ところがヴィルフリートはすぐに身体を離し、さっさといつものように横たわって、目を閉じてしまう。
「お休み、アメリア。良い夢を」
「……お、お休みなさいませ……」
アメリアはあっけにとられ、しばらくヴィルフリートの横顔を見つめてしまった。
―――やだ、私……! これじゃ、まるで……。
突然自分が恥ずかしくなって、ヴィルフリートに背を向ける。それでも背後からヴィルフリートの規則正しい呼吸が聞こえて、どうしてもヴィルフリートを意識してしまい、顔が熱くなるのを止められなかった。
その晩、アメリアはなかなか眠れなかった。
「何故、そう思われるのですか……? ヴィルフリート様」
「君が思っている以上に、王家の……この件の闇は深い」
ヴィルフリートの声は腹から絞り出すように重かった。アメリアは思わず座り直し、目の前の人の顔を窺う。
「今の君には、まだ荷が勝ちすぎる。読むことで、かえって辛くなるかもしれない。ここで私と暮らすうちに、少しずつ理解してくることもあると思うから、知りたいことは、その都度聞いてくれればいい。それでも読みたいなら、そのときはもう止めない」
「はい、ヴィルフリート様。おっしゃる通りにします」
迷いのないアメリアの返事に、ヴィルフリートは驚いたようだったが、すぐにその意味を察したようでふわりと微笑んだ。
「ありがとう、アメリア。私の言うことを信じてくれて嬉しいよ」
「ヴィルフリート様こそ。私を心配して下さって、ありがとうございます」
―――まだ、出会って一週間も経ってはいないけれど。ヴィルフリート様は、本当に私のことを思い、大切にしてくれている。会う前にあんなに不安だったのが嘘みたいに、ヴィルフリート様といると、何故か安心できる……。
アメリアはそう思い、ヴィルフリートに微笑んだ。
時々は笑顔も浮かぶようになったアメリアだが、今の微笑みはこれまでと違う、と思った。
初めて自分に、いくらかでも好意を示してくれた笑みのように感じて、ヴィルフリートは久しく封じ込めていた「番」を求める衝動が、身体に溢れるのを感じた。
「アメリア……」
抑えきれない思慕が込められて、愛しい女の名前が口から零れる。アメリアの瞳が、大きく見開かれた。気づけばヴィルフリートの手が知らずに伸ばされて、アメリアの頬に触れている。アメリアの頬が、見る間に赤く染まった。
「ヴィルフリート、様……」
いつの間にか両手で頬を包まれ、ヴィルフリートに口づけられていた。アメリアの艶やかな唇を啄むように、わずかに離れてはまた口づけて、やわらかく何度も食んでゆく。
「ん、ふ……」
初めての晩のように怖くはない。でも、あの時以上に、何も考えられない。
「あ……」
ヴィルフリートが顔を上げると、アメリアは彼の上衣の裾を握りしめていた。アメリアが慌てて手を放すと、ヴィルフリートはゆっくり立ち上がる。それからもう一度微笑んでアメリアの髪を撫で、先に図書室を出て行った。
一人残った長椅子の上で、アメリアは両手で顔を覆った。
―――ああ、どうしよう、私……?
そもそも何がどうしようなのか、アメリア自身でも分かっていないのだが。―――今の自分の気持ちさえも。
ヴィルフリートのことは、信頼できるし、一緒にいて安心できる。さっきの急な口づけも、嫌ではなかった。
―――でも、好きとか愛しているとか……、まだ、そういうのではないと……。でもヴィルフリート様は……ああ!
アメリアが嫌がっていないことに、ヴィルフリートは気づいただろうか? だとしたら、この後の夕食で、どんな顔をしていたらいい?
なかなか顔を上げられないまま、アメリアはレオノーラが探しに来るまで、一人図書室で座っていた。
夕食を告げられて、アメリアは緊張を押し隠して食堂へ入って行った。ところがヴィルフリートは、アメリアが拍子抜けするほどいつも通りだった。
ひょっとして、あれは自分の気のせいだったのかと思うくらいだ。何でもない様子で料理について話し、アメリアの食欲を気遣う。
―――私、気にしすぎなのかしら?
ヴィルフリートとどうにか会話をしながら、アメリアは未だ落ち着かない自分を持て余していた。
そして、その夜。
最初の晩以外、アメリアはレオノーラに寝支度を手伝ってもらうことはない。部屋へ下がって湯を使い、髪を梳いて、ヴィルフリートより先に夫婦の寝室で待っている。少しするとヴィルフリートが入ってくるので、この四日間はそのまま、子供のように並んで眠っていた。
でも、今夜は違うかもしれない。あの時のヴィルフリートからは、最初の晩のような、抑えきれない何かを感じた。
―――ひょっとしたら、いよいよ今夜は私を抱くつもりかも知れない。あの口づけが、ヴィルフリート様なりの確認なのだとしたら……。
「アメリア」
ドアが開いて呼びかけられた声に、アメリアはどきっとして身体を震わせた。どうにかいつものように隣に座ると、ヴィルフリートは手を伸ばして、アメリアの頬に口づけた。
「あっ」
いままでこんなことはしなかった。やっぱり、そうなの……?
ところがヴィルフリートはすぐに身体を離し、さっさといつものように横たわって、目を閉じてしまう。
「お休み、アメリア。良い夢を」
「……お、お休みなさいませ……」
アメリアはあっけにとられ、しばらくヴィルフリートの横顔を見つめてしまった。
―――やだ、私……! これじゃ、まるで……。
突然自分が恥ずかしくなって、ヴィルフリートに背を向ける。それでも背後からヴィルフリートの規則正しい呼吸が聞こえて、どうしてもヴィルフリートを意識してしまい、顔が熱くなるのを止められなかった。
その晩、アメリアはなかなか眠れなかった。
0
お気に入りに追加
1,281
あなたにおすすめの小説
もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ
中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。
※ 作品
「男装バレてイケメンに~」
「灼熱の砂丘」
「イケメンはずんどうぽっちゃり…」
こちらの作品を先にお読みください。
各、作品のファン様へ。
こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。
故に、本作品のイメージが崩れた!とか。
あのキャラにこんなことさせないで!とか。
その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
【完結】言いたくてしかたない
野村にれ
恋愛
異世界に転生したご令嬢が、
婚約者が別の令嬢と親しくすることに悩むよりも、
婚約破棄されるかもしれないことに悩むよりも、
自身のどうにもならない事情に、悩まされる姿を描く。
『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません』
【R18】らぶえっち短編集
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)
R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。
※R18に※
※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。
※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。
※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。
※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。
デブだから婚約破棄?!上等だ、お前なんかこっちから願い下げだ!!
ともどーも
恋愛
「俺、デブは嫌いなんだ。新しく聖女になったミアと婚約するから、お前、用済みな」
「はぁ……?」
貴族御用達のレストランで突然、婚約者に捨てられた。
私はクローヴィア・フォーリー(20)
フォーリー伯爵家の長女だ。
昔は金髪青眼の美少女としてもてはやされていた。しかし、今はある理由で100キロを越える巨体になっている。
婚約者はいわゆる『デブ専』を公言していたにも関わらず、突然の婚約破棄。
しかも、レストランに浮気相手を連れてきて私を誹謗中傷とやりたい放題。
フフフ。上等じゃない。
お前なんかこっちから願い下げよ!
後で吠え面かくなよ!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
14話で完結です。
設定はゆるいです💦
楽しんで頂ければ幸いです。
小説家になろう様にも同時掲載しております。
鬼の王と笑わない勇者
モンスターラボ
ファンタジー
「俺、笑えないんだ。」
勇者にしてはやる気がない。何を見ても、何をされても、感情が動かない。だが、彼には鬼に対抗する唯一の武器、笑いの剣が宿っていた。この剣は、持ち主が笑うことで真の力を発揮するという伝説の武器。しかし、笑えないゼクスにとっては、ただの鉄の塊だった。
【R18】翡翠の鎖
環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。
※R18描写あり→*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる