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21・自分でもわからない 後
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それを聞いたときから、アメリアはそれを読まないことに決めた。ただ、なぜヴィルフリートがそう思うのか、それだけは知りたいと思った。
「何故、そう思われるのですか……? ヴィルフリート様」
「君が思っている以上に、王家の……この件の闇は深い」
ヴィルフリートの声は腹から絞り出すように重かった。アメリアは思わず座り直し、目の前の人の顔を窺う。
「今の君には、まだ荷が勝ちすぎる。読むことで、かえって辛くなるかもしれない。ここで私と暮らすうちに、少しずつ理解してくることもあると思うから、知りたいことは、その都度聞いてくれればいい。それでも読みたいなら、そのときはもう止めない」
「はい、ヴィルフリート様。おっしゃる通りにします」
迷いのないアメリアの返事に、ヴィルフリートは驚いたようだったが、すぐにその意味を察したようでふわりと微笑んだ。
「ありがとう、アメリア。私の言うことを信じてくれて嬉しいよ」
「ヴィルフリート様こそ。私を心配して下さって、ありがとうございます」
―――まだ、出会って一週間も経ってはいないけれど。ヴィルフリート様は、本当に私のことを思い、大切にしてくれている。会う前にあんなに不安だったのが嘘みたいに、ヴィルフリート様といると、何故か安心できる……。
アメリアはそう思い、ヴィルフリートに微笑んだ。
時々は笑顔も浮かぶようになったアメリアだが、今の微笑みはこれまでと違う、と思った。
初めて自分に、いくらかでも好意を示してくれた笑みのように感じて、ヴィルフリートは久しく封じ込めていた「番」を求める衝動が、身体に溢れるのを感じた。
「アメリア……」
抑えきれない思慕が込められて、愛しい女の名前が口から零れる。アメリアの瞳が、大きく見開かれた。気づけばヴィルフリートの手が知らずに伸ばされて、アメリアの頬に触れている。アメリアの頬が、見る間に赤く染まった。
「ヴィルフリート、様……」
いつの間にか両手で頬を包まれ、ヴィルフリートに口づけられていた。アメリアの艶やかな唇を啄むように、わずかに離れてはまた口づけて、やわらかく何度も食んでゆく。
「ん、ふ……」
初めての晩のように怖くはない。でも、あの時以上に、何も考えられない。
「あ……」
ヴィルフリートが顔を上げると、アメリアは彼の上衣の裾を握りしめていた。アメリアが慌てて手を放すと、ヴィルフリートはゆっくり立ち上がる。それからもう一度微笑んでアメリアの髪を撫で、先に図書室を出て行った。
一人残った長椅子の上で、アメリアは両手で顔を覆った。
―――ああ、どうしよう、私……?
そもそも何がどうしようなのか、アメリア自身でも分かっていないのだが。―――今の自分の気持ちさえも。
ヴィルフリートのことは、信頼できるし、一緒にいて安心できる。さっきの急な口づけも、嫌ではなかった。
―――でも、好きとか愛しているとか……、まだ、そういうのではないと……。でもヴィルフリート様は……ああ!
アメリアが嫌がっていないことに、ヴィルフリートは気づいただろうか? だとしたら、この後の夕食で、どんな顔をしていたらいい?
なかなか顔を上げられないまま、アメリアはレオノーラが探しに来るまで、一人図書室で座っていた。
夕食を告げられて、アメリアは緊張を押し隠して食堂へ入って行った。ところがヴィルフリートは、アメリアが拍子抜けするほどいつも通りだった。
ひょっとして、あれは自分の気のせいだったのかと思うくらいだ。何でもない様子で料理について話し、アメリアの食欲を気遣う。
―――私、気にしすぎなのかしら?
ヴィルフリートとどうにか会話をしながら、アメリアは未だ落ち着かない自分を持て余していた。
そして、その夜。
最初の晩以外、アメリアはレオノーラに寝支度を手伝ってもらうことはない。部屋へ下がって湯を使い、髪を梳いて、ヴィルフリートより先に夫婦の寝室で待っている。少しするとヴィルフリートが入ってくるので、この四日間はそのまま、子供のように並んで眠っていた。
でも、今夜は違うかもしれない。あの時のヴィルフリートからは、最初の晩のような、抑えきれない何かを感じた。
―――ひょっとしたら、いよいよ今夜は私を抱くつもりかも知れない。あの口づけが、ヴィルフリート様なりの確認なのだとしたら……。
「アメリア」
ドアが開いて呼びかけられた声に、アメリアはどきっとして身体を震わせた。どうにかいつものように隣に座ると、ヴィルフリートは手を伸ばして、アメリアの頬に口づけた。
「あっ」
いままでこんなことはしなかった。やっぱり、そうなの……?
ところがヴィルフリートはすぐに身体を離し、さっさといつものように横たわって、目を閉じてしまう。
「お休み、アメリア。良い夢を」
「……お、お休みなさいませ……」
アメリアはあっけにとられ、しばらくヴィルフリートの横顔を見つめてしまった。
―――やだ、私……! これじゃ、まるで……。
突然自分が恥ずかしくなって、ヴィルフリートに背を向ける。それでも背後からヴィルフリートの規則正しい呼吸が聞こえて、どうしてもヴィルフリートを意識してしまい、顔が熱くなるのを止められなかった。
その晩、アメリアはなかなか眠れなかった。
「何故、そう思われるのですか……? ヴィルフリート様」
「君が思っている以上に、王家の……この件の闇は深い」
ヴィルフリートの声は腹から絞り出すように重かった。アメリアは思わず座り直し、目の前の人の顔を窺う。
「今の君には、まだ荷が勝ちすぎる。読むことで、かえって辛くなるかもしれない。ここで私と暮らすうちに、少しずつ理解してくることもあると思うから、知りたいことは、その都度聞いてくれればいい。それでも読みたいなら、そのときはもう止めない」
「はい、ヴィルフリート様。おっしゃる通りにします」
迷いのないアメリアの返事に、ヴィルフリートは驚いたようだったが、すぐにその意味を察したようでふわりと微笑んだ。
「ありがとう、アメリア。私の言うことを信じてくれて嬉しいよ」
「ヴィルフリート様こそ。私を心配して下さって、ありがとうございます」
―――まだ、出会って一週間も経ってはいないけれど。ヴィルフリート様は、本当に私のことを思い、大切にしてくれている。会う前にあんなに不安だったのが嘘みたいに、ヴィルフリート様といると、何故か安心できる……。
アメリアはそう思い、ヴィルフリートに微笑んだ。
時々は笑顔も浮かぶようになったアメリアだが、今の微笑みはこれまでと違う、と思った。
初めて自分に、いくらかでも好意を示してくれた笑みのように感じて、ヴィルフリートは久しく封じ込めていた「番」を求める衝動が、身体に溢れるのを感じた。
「アメリア……」
抑えきれない思慕が込められて、愛しい女の名前が口から零れる。アメリアの瞳が、大きく見開かれた。気づけばヴィルフリートの手が知らずに伸ばされて、アメリアの頬に触れている。アメリアの頬が、見る間に赤く染まった。
「ヴィルフリート、様……」
いつの間にか両手で頬を包まれ、ヴィルフリートに口づけられていた。アメリアの艶やかな唇を啄むように、わずかに離れてはまた口づけて、やわらかく何度も食んでゆく。
「ん、ふ……」
初めての晩のように怖くはない。でも、あの時以上に、何も考えられない。
「あ……」
ヴィルフリートが顔を上げると、アメリアは彼の上衣の裾を握りしめていた。アメリアが慌てて手を放すと、ヴィルフリートはゆっくり立ち上がる。それからもう一度微笑んでアメリアの髪を撫で、先に図書室を出て行った。
一人残った長椅子の上で、アメリアは両手で顔を覆った。
―――ああ、どうしよう、私……?
そもそも何がどうしようなのか、アメリア自身でも分かっていないのだが。―――今の自分の気持ちさえも。
ヴィルフリートのことは、信頼できるし、一緒にいて安心できる。さっきの急な口づけも、嫌ではなかった。
―――でも、好きとか愛しているとか……、まだ、そういうのではないと……。でもヴィルフリート様は……ああ!
アメリアが嫌がっていないことに、ヴィルフリートは気づいただろうか? だとしたら、この後の夕食で、どんな顔をしていたらいい?
なかなか顔を上げられないまま、アメリアはレオノーラが探しに来るまで、一人図書室で座っていた。
夕食を告げられて、アメリアは緊張を押し隠して食堂へ入って行った。ところがヴィルフリートは、アメリアが拍子抜けするほどいつも通りだった。
ひょっとして、あれは自分の気のせいだったのかと思うくらいだ。何でもない様子で料理について話し、アメリアの食欲を気遣う。
―――私、気にしすぎなのかしら?
ヴィルフリートとどうにか会話をしながら、アメリアは未だ落ち着かない自分を持て余していた。
そして、その夜。
最初の晩以外、アメリアはレオノーラに寝支度を手伝ってもらうことはない。部屋へ下がって湯を使い、髪を梳いて、ヴィルフリートより先に夫婦の寝室で待っている。少しするとヴィルフリートが入ってくるので、この四日間はそのまま、子供のように並んで眠っていた。
でも、今夜は違うかもしれない。あの時のヴィルフリートからは、最初の晩のような、抑えきれない何かを感じた。
―――ひょっとしたら、いよいよ今夜は私を抱くつもりかも知れない。あの口づけが、ヴィルフリート様なりの確認なのだとしたら……。
「アメリア」
ドアが開いて呼びかけられた声に、アメリアはどきっとして身体を震わせた。どうにかいつものように隣に座ると、ヴィルフリートは手を伸ばして、アメリアの頬に口づけた。
「あっ」
いままでこんなことはしなかった。やっぱり、そうなの……?
ところがヴィルフリートはすぐに身体を離し、さっさといつものように横たわって、目を閉じてしまう。
「お休み、アメリア。良い夢を」
「……お、お休みなさいませ……」
アメリアはあっけにとられ、しばらくヴィルフリートの横顔を見つめてしまった。
―――やだ、私……! これじゃ、まるで……。
突然自分が恥ずかしくなって、ヴィルフリートに背を向ける。それでも背後からヴィルフリートの規則正しい呼吸が聞こえて、どうしてもヴィルフリートを意識してしまい、顔が熱くなるのを止められなかった。
その晩、アメリアはなかなか眠れなかった。
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