竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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11・出発 後

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 するとアメリアの身体からふうっと力が抜けるのが分かった。それほど緊張していたか。子爵はそれを見て少し気の毒に思った。泣きどおしの娘には逆に同情しづらいのだが、この娘のように健気に耐えている様子をみると、何とか楽にしてやりたいと思ってしまうのは男のさがというものか。

「この前お話したように、髪と目の色は違います。詳しくはお話し出来ませんが、それ以外は普通の人間と違って見えるところなどありません」

「でも、あの……。特徴しるし、というのは」

 子爵は頷いた。詳しいことは言ってやれないが、嘘で胡麻化す気もない。

「お会いするまで、具体的に教えてはあげられません。確かに特徴しるしはあります。ですが、見るからにというようなものではない。―――正直に言えば、昔は驚くような特徴しるしをもつ者もあったと聞きます。ですが、今代の『竜の特徴しるし』は、一見ほとんど分からない。あとは、ご自分で確かめることです」


 子爵は今代の「竜」の、外見も為人ひととなりも知っている。それを伝えてやれれば、彼女もかなり安心するだろう。
 だが、彼女がつがいとなるかはまだ分からないのだ。可哀想だが、アメリアの心の平安よりも、王家の秘密を守ることの方が優先されなければならない。


「申し訳ないが、これ以上は言えません。ですが、女性から見て決して恐ろしい方ではない。私はそう思います」

 アメリアは深く息を吐いた。

「はい……。それだけでも、かなり気が楽になりました……」

「それは良かった」


 その後は時折会話を交わしながら進み、川の近くで休憩を取った。馭者が馬に水を飲ませに行っている間、アメリアは馬車を降りて辺りを眺めた。
 草原には早春の可憐な花が咲き始め、遠くには山々が霞んで見える。どこからか鳥のさえずりが聞こえ、風は緑の薫りを運んでくる。

 ―――こんな素晴らしい景色、初めてだわ。

 初めて見る広々とした景色に目を奪われ、アメリアは心中の憂鬱をいったん忘れた。

「竜の城」はどこか山の中にあるのだと聞いた。山の景色というのは、これとまた違うのだろうか? もしこんなふうに心が洗われるような風景を見られるなら、それも慰めになるかもしれない。
 そしてまた、馬車は連なる山々の方へ向けて進んで行った。


 三日目、いよいよ山道にはいり、馬車のスピードが少し落ちた。

 アメリアは山へ入ってからは、窓に貼りつくように外を眺めていた。森の中の木々も、時折視界が開けて遠くまで見える景色も、すべて初めてで美しい。出来る限り目に焼き付けておきたかった。
 それに、そうでもしていないと、いよいよ到着する……その先のことを考えてしまうから。


 半日進んでようやく馬車が止まり、山道に揺られてくたくたになったアメリアは、使用人の手を借りて馬車を降りた。すると目の前に、山の中腹にわずかに開けた土地を利用して建てたらしい、小さな館が建っていた。
 馬の声で分かったのだろう、中から扉が開いて、一人の女性が顔をのぞかせる。

「ギュンター子爵、お待ちしておりました」

「レオノーラ殿、お世話をかける」

 子爵は簡単に挨拶をして、アメリアを振り返る。

「あの方が」

「ああ、なかなか聡明な女性です。……今年こそ、決まると良いのですが」

 女性も真剣な瞳で頷いた。





 春の祭が済んだばかりだ。山へ入れば、まだ肌寒い。館の中は暖炉に火が入れられ、心地よく温められていた。

「お嬢様、私はレオノーラと申します。この先は私がご一緒させていただきますので」

 母より少し年上くらいだろうか。その女性は温かいお茶を淹れ、優しい笑みを浮かべた。その様子にはどことなく品があり、ただの使用人ではなさそうだった。

 お茶を飲み終えたところで、レオノーラがドレスを持ってきた。ここで着替えて出発するのだという。

 到着したらすぐに挨拶をするのだろう、アメリアはそう思い、素直に用意されたドレスに着替えた。真っ白な薄絹を重ね、細い銀糸で控えめな装飾が施された、月の光のような上品なドレスだった。

「よくお似合いですよ」

 レオノーラが目を細めたが、早春の気候に薄地のドレスは少し肌寒い。すると肩に柔らかい毛織のストールをかけてくれ、アメリアはほっとしてそれに包(くる)まる。
 それからレオノーラはアメリアを長椅子に座らせ、編み込んでいた髪をほどいて梳(くしけず)りはじめた。

 心地よい手の動きのせいか、アメリアは急に眠気におそわれた。

―――いけない、昨夜も眠れなかったから……。

 しっかりしなくては……、と思ったところで、アメリアの意識は沈んでいった。


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