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8・「竜」というもの 前
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「噂、とは?」
ギュンター子爵は表情も変えなかった。アメリアは言ってはならないことを言ったかと一瞬怯んだものの、何でも尋ねるよう言われたのだからと思い直した。
「間違っていたらお許し下さい。町ではこう言われています。―――この国のどこかに竜がいて、竜が成年になった時、陛下は王家の血を引く娘を生贄に捧げなくてはならない、と」
子爵は肯定も否定もしない。ただ黙ってアメリアを見つめている。
「それは……本当なのですか?」
「あなたはどう思いますか」
落ち着いた声音で聞き返され、アメリアは言葉に詰まった。
「……分かりません、これだけでは。調べてみましたが、建国の神話に出てくる竜の話しか見つけられませんでした。……それに」
「それに?」
「『竜の花嫁』という言葉も」
ギュンター子爵はしばらくじっと、アメリアを眺めていたが、やがて立ち上がって近くの書棚から、古めかしい革装の本を持ってきた。
「おそらく、貴女の知りたい答えはここにあります。ですが、残念ながらこれはお見せすることが出来ません」
アメリアの目はその本に引き付けられた。子爵が膝の上で開いたページには、年代を感じさせる色あせたインクの、かすれ気味の書体が並んでいる。おそらく手書きの、相当古い本だと思われた。
「なぜですか」
「王家には王家の事情があります。すべてを知らせることは出来ないのです。不満でしょうが、私が抜粋してお教えします」
「……はい」
下を向いたアメリアの表情を、子爵は見逃さなかった。
「構いません。思うことがあれば言いなさい」
「はい。……実際に拝見出来ないのでは、私には嘘でも分かりません」
思い切って言うと、子爵は満足そうに笑った。
「そうですね。では、仮にこの本を差し上げたとして、そもそも書かれていることは、すべて真実と言えるのでしょうか?」
「……え」
さすがにアメリアは虚をつかれた。
「……そこまで考えたことは、ありませんでした」
そこへノックの音がして、お茶が運ばれた。優雅な所作でお茶を配って女官が出て行くのを、アメリアはぼんやりと眺めていた。
子爵は一口喉を潤し、さらに続ける。
「疑えばきりがない。信じる、信じないは貴女次第。これからお話するのは、まさにそのような内容です。すべては貴女が、いずれ自分で判断なさい」
そして子爵は話し始めた。
「建国神話を読まれたのなら話は早い。この本の記述も、そこから始まっています。初代ゲオルグ王が竜に加護を願った際、自らの妹を差し出したということはご存じですね」
「はい、神話で読みました」
「その先は関係者以外には知られていません。それ以来、王家には『竜の特徴』をもつ者が生まれるようになりました」
―――竜の、特徴?
首を傾げるアメリアに、子爵は頷いて続けた。
「身体のどこかに、竜の一部、たいていは鱗ですが……それをもって生まれてくるのです。他に外見も、髪の色素が薄く、瞳も完全な黄金色。普通の人間より、少しだけ寿命も長い」
アメリアは息を呑んだ。そんな話、聞いたこともない。
「現在この国に、神話のような本物の『竜』はいません」
その時初めて、ギュンター子爵の母だという女性が口を開いた。
「ですが、その血を引いたと言われる、ほんの少しだけ人と違うものが、この国にはいます。この国の『竜』とはそれを言います」
アメリアの喉に、冷たい塊が引っかかるようだった。苦しいのに、息を飲むことができない。
「そしてもう一つ、竜の性質を受け継いでいるとされる部分がある」
子爵はアメリアの目を覗き込むように言い、アメリアはひどく心が騒ぐのを感じた。
「竜は番を求めるのです」
「番……ですか?」
「そうです。人が伴侶を求めるよりも、さらに一途に純粋に、生涯ひとりの相手を」
「そんなことが……」
初めて聞く話に引き込まれかけ、アメリアはそこで気がついた。
「―――まさか」
「そうです、アメリア殿。貴女はまさに『竜の花嫁』となるのです」
ギュンター子爵は表情も変えなかった。アメリアは言ってはならないことを言ったかと一瞬怯んだものの、何でも尋ねるよう言われたのだからと思い直した。
「間違っていたらお許し下さい。町ではこう言われています。―――この国のどこかに竜がいて、竜が成年になった時、陛下は王家の血を引く娘を生贄に捧げなくてはならない、と」
子爵は肯定も否定もしない。ただ黙ってアメリアを見つめている。
「それは……本当なのですか?」
「あなたはどう思いますか」
落ち着いた声音で聞き返され、アメリアは言葉に詰まった。
「……分かりません、これだけでは。調べてみましたが、建国の神話に出てくる竜の話しか見つけられませんでした。……それに」
「それに?」
「『竜の花嫁』という言葉も」
ギュンター子爵はしばらくじっと、アメリアを眺めていたが、やがて立ち上がって近くの書棚から、古めかしい革装の本を持ってきた。
「おそらく、貴女の知りたい答えはここにあります。ですが、残念ながらこれはお見せすることが出来ません」
アメリアの目はその本に引き付けられた。子爵が膝の上で開いたページには、年代を感じさせる色あせたインクの、かすれ気味の書体が並んでいる。おそらく手書きの、相当古い本だと思われた。
「なぜですか」
「王家には王家の事情があります。すべてを知らせることは出来ないのです。不満でしょうが、私が抜粋してお教えします」
「……はい」
下を向いたアメリアの表情を、子爵は見逃さなかった。
「構いません。思うことがあれば言いなさい」
「はい。……実際に拝見出来ないのでは、私には嘘でも分かりません」
思い切って言うと、子爵は満足そうに笑った。
「そうですね。では、仮にこの本を差し上げたとして、そもそも書かれていることは、すべて真実と言えるのでしょうか?」
「……え」
さすがにアメリアは虚をつかれた。
「……そこまで考えたことは、ありませんでした」
そこへノックの音がして、お茶が運ばれた。優雅な所作でお茶を配って女官が出て行くのを、アメリアはぼんやりと眺めていた。
子爵は一口喉を潤し、さらに続ける。
「疑えばきりがない。信じる、信じないは貴女次第。これからお話するのは、まさにそのような内容です。すべては貴女が、いずれ自分で判断なさい」
そして子爵は話し始めた。
「建国神話を読まれたのなら話は早い。この本の記述も、そこから始まっています。初代ゲオルグ王が竜に加護を願った際、自らの妹を差し出したということはご存じですね」
「はい、神話で読みました」
「その先は関係者以外には知られていません。それ以来、王家には『竜の特徴』をもつ者が生まれるようになりました」
―――竜の、特徴?
首を傾げるアメリアに、子爵は頷いて続けた。
「身体のどこかに、竜の一部、たいていは鱗ですが……それをもって生まれてくるのです。他に外見も、髪の色素が薄く、瞳も完全な黄金色。普通の人間より、少しだけ寿命も長い」
アメリアは息を呑んだ。そんな話、聞いたこともない。
「現在この国に、神話のような本物の『竜』はいません」
その時初めて、ギュンター子爵の母だという女性が口を開いた。
「ですが、その血を引いたと言われる、ほんの少しだけ人と違うものが、この国にはいます。この国の『竜』とはそれを言います」
アメリアの喉に、冷たい塊が引っかかるようだった。苦しいのに、息を飲むことができない。
「そしてもう一つ、竜の性質を受け継いでいるとされる部分がある」
子爵はアメリアの目を覗き込むように言い、アメリアはひどく心が騒ぐのを感じた。
「竜は番を求めるのです」
「番……ですか?」
「そうです。人が伴侶を求めるよりも、さらに一途に純粋に、生涯ひとりの相手を」
「そんなことが……」
初めて聞く話に引き込まれかけ、アメリアはそこで気がついた。
「―――まさか」
「そうです、アメリア殿。貴女はまさに『竜の花嫁』となるのです」
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