竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

文字の大きさ
上 下
8 / 50

8・「竜」というもの 前

しおりを挟む
「噂、とは?」

 ギュンター子爵は表情も変えなかった。アメリアは言ってはならないことを言ったかと一瞬怯んだものの、何でも尋ねるよう言われたのだからと思い直した。

「間違っていたらお許し下さい。町ではこう言われています。―――この国のどこかに竜がいて、竜が成年になった時、陛下は王家の血を引く娘を生贄に捧げなくてはならない、と」

 子爵は肯定も否定もしない。ただ黙ってアメリアを見つめている。

「それは……本当なのですか?」

「あなたはどう思いますか」

 落ち着いた声音で聞き返され、アメリアは言葉に詰まった。

「……分かりません、これだけでは。調べてみましたが、建国の神話に出てくる竜の話しか見つけられませんでした。……それに」

「それに?」

「『竜の花嫁』という言葉も」


 ギュンター子爵はしばらくじっと、アメリアを眺めていたが、やがて立ち上がって近くの書棚から、古めかしい革装の本を持ってきた。

「おそらく、貴女の知りたい答えはここにあります。ですが、残念ながらこれはお見せすることが出来ません」

 アメリアの目はその本に引き付けられた。子爵が膝の上で開いたページには、年代を感じさせる色あせたインクの、かすれ気味の書体が並んでいる。おそらく手書きの、相当古い本だと思われた。

「なぜですか」

「王家には王家の事情があります。すべてを知らせることは出来ないのです。不満でしょうが、私が抜粋してお教えします」

「……はい」

 下を向いたアメリアの表情を、子爵は見逃さなかった。

「構いません。思うことがあれば言いなさい」

「はい。……実際に拝見出来ないのでは、私には嘘でも分かりません」

 思い切って言うと、子爵は満足そうに笑った。

「そうですね。では、仮にこの本を差し上げたとして、そもそも書かれていることは、すべて真実と言えるのでしょうか?」

「……え」

 さすがにアメリアは虚をつかれた。

「……そこまで考えたことは、ありませんでした」


 そこへノックの音がして、お茶が運ばれた。優雅な所作でお茶を配って女官が出て行くのを、アメリアはぼんやりと眺めていた。
 子爵は一口喉を潤し、さらに続ける。

「疑えばきりがない。信じる、信じないは貴女次第。これからお話するのは、まさにそのような内容です。すべては貴女が、いずれ自分で判断なさい」

 そして子爵は話し始めた。


「建国神話を読まれたのなら話は早い。この本の記述も、そこから始まっています。初代ゲオルグ王が竜に加護を願った際、自らの妹を差し出したということはご存じですね」

「はい、神話で読みました」

「その先は関係者以外には知られていません。それ以来、王家には『竜の特徴しるし』をもつ者が生まれるようになりました」

 ―――竜の、特徴しるし

 首を傾げるアメリアに、子爵は頷いて続けた。

「身体のどこかに、竜の一部、たいていは鱗ですが……それをもって生まれてくるのです。他に外見も、髪の色素が薄く、瞳も完全な黄金きん色。普通の人間ひとより、少しだけ寿命も長い」

 アメリアは息を呑んだ。そんな話、聞いたこともない。


「現在この国に、神話のような本物の『竜』はいません」

 その時初めて、ギュンター子爵の母だという女性が口を開いた。

「ですが、その血を引いたと言われる、ほんの少しだけ人と違うものが、この国にはいます。この国の『竜』とはそれを言います」

アメリアの喉に、冷たい塊が引っかかるようだった。苦しいのに、息を飲むことができない。

「そしてもう一つ、竜の性質を受け継いでいるとされる部分がある」

 子爵はアメリアの目を覗き込むように言い、アメリアはひどく心が騒ぐのを感じた。

「竜はつがいを求めるのです」


つがい……ですか?」

「そうです。人が伴侶を求めるよりも、さらに一途に純粋に、生涯ひとりの相手を」

「そんなことが……」

 初めて聞く話に引き込まれかけ、アメリアはそこで気がついた。

「―――まさか」


「そうです、アメリア殿。貴女はまさに『竜の花嫁』となるのです」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される

吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

【R18】抱いてくださらないのなら、今宵、私から襲うまでです

みちょこ
恋愛
グレンデール帝国の皇帝であるレイバードと夫婦となってから二年。シルヴァナは愛する夫に一度も抱かれたことは無かった。 遠回しに結ばれたいと伝えてみても、まだ早いと断られるばかり。心だけでなく身体も愛して欲しい、日々そう願っていたシルヴァナは、十五歳になった誕生日に──  ※この作品はムーンライトノベル様でも公開中です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...