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20・貴方に抱かれて
しおりを挟む「お帰りなさいませ」
玄関を入ると、マリアが出迎えてくれた。もの問いたげな視線に、ジルが頷く。
「間違いなかった。これからもよろしく頼みますよ、マリア」
「まあ、やっぱり。おめでとうございます、旦那様、奥様」
マリアが満面の笑みで祝ってくれたが、私は頬を赤らめて俯いていた。マリアには単にはにかんでいるように見えたかもしれない。
ジルが私の腰を抱いて言った。
「疲れたようだから、少し休ませる。ああ、馬車はもう返してやってください」
「かしこまりました。あ、旦那様。お食事は」
既に私をつれて階段を昇りかけていたジルは、途中で振り返って言った。
「もうこの時間だし、昼食は要らない。夕食を少し早めてもらいましょうか」
「かしこまりました」
そして後は振り返らず、まっすぐに寝室へ向かった。
ドアを閉めると、ジルはその場で私を抱き上げた。
「きゃっ、ジル!」
「……黙って」
無言で部屋を横切っていくと、私をベッドにそっと降ろした。そしてそのまま物も言わずにスカートを捲り上げ、下着をするりと抜き取ってしまった。
「ああ、だめ」
恥ずかしさに顔を覆う私の脚を、有無を言わさずに割り開いた。空気にふれてひくりと震える私を、ジルが笑う。
「こんなに濡らして……。あんなに嫌だと言っていたのに、どうしたというのです」
そう言いながらそっと手を伸ばした。
「ああっ……、だってジルが……っ!」
「私がいけないのですか? 貴女がこんなにはしたなく、ここを濡らしているのは……私のせいだと?」
「や、言っちゃいやあっ!」
顔を覆ったまま、私は首を振って身を捩った。ジルはそんな私をしっかり押さえつけ、花びらを指先で広げる。……中から溢れたものが、とろりと滴るのを感じた。
「あ……!」
「ほら、こんなにして……。馬車のなかで、感じてしまったのでしょう?」
くちゅり、ジルの指がゆっくりと入り込んできた。
ジルの言う通りだった。馬車の中で、膝の上で下着ごしに触れられ、耳元で恥ずかしいことを囁かれた。ジルにそんなことをされたのは初めてで、私は羞恥に混乱しながらも、拒むことができなかった。
そして馬車を降りて自分の状態に気が付いてからは、マリアの顔など見ることが出来なかったのだ。
「いや、ジル……言わないで」
「何故ですか」
何故、なんて。そんなこと、言えるわけがない。
「今日の、ジル……、意地悪です」
「意地悪、ですか?」
思いのほか楽しそうな声に、顔を覆っていた手の隙間からジルを見た。本当にジルは笑っていた―――昔、幼い私を見ていたような、想い出の中そのままの微笑みで。
「もう貴女を求めることを、何も躊躇しなくて良いのですから。……少し、浮かれてしまったかもしれません」
そんなふうに言われると嬉しさがこみ上げて、さっきまでの羞恥を忘れてしまいそうになる。そんなに私を、求めてくれていたなんて。
「ジル……」
「ですから、もう遠慮しませんよ?」
「……え?」
悠々と上着を脱いで襟元を緩めるジルから、私は目が離せなかった。改めてわたしに覆い被さり、ブラウスのリボンをするりと解かれる。
「大丈夫、お腹の子にさわるようなことはしません。ドクターによく確認してきましたから」
「えっ」
私は驚いてジルをまじまじと見上げた。まさか、さっきの「忘れた」っていうのは……? そんな、この次に病院へ行ったとき、どんな顔してドクターに会えばいいのだろう?
「もう、ジル……」
「リゼ、愛しています」
優しく熱い口づけに、私はそれ以上何も言えなかった。
幼い時から兄とも慕ってきたジル。一度は愛のない結婚かと覚悟したのに、こんなに愛してくれていたなんて……、もうそれだけで幸せだ。
「ジルのお嫁さんになれて、幸せ……」
「リゼ……」
ジルだけのその呼び方で、私の名が囁かれる。
「あ、あ……ジル……!」
ジルの腕に抱かれ、私は身をわななかせた。
「旦那様、おめでとうございます。それはお可愛らしいお嬢様ですよ」
初産のせいか思ったよりも時間がかかり、ジルは心配そうに部屋へ入ってきた。疲れ果てた私はベッドにぐったりと横たわっていたけれど、ジルを見上げて何とか笑ってみせる。
「ありがとう、リゼット。―――大丈夫ですか」
そう言って私の頬に口づけ、マリアから赤子を受け取って腕に抱く。
「貴女にそっくりだ……。これは美人になりそうですね」
にっこり笑って娘の頬をつつくジルに、マリアが目を丸くした。
「失礼ですが旦那様、すごく慣れておいでで……まるで初めてのお子様じゃないみたいです」
「それはそうだ」
ジルは私に向けて、懐かしそうに微笑んだ。
「私はリゼットを、こうしてこの腕に抱いたことがあるんですからね」
マリアは何と言ったものか困ったように私を見たけれど、私も笑っていたのでほっとしたようだった。
「旦那様と奥様は、不思議なご縁のあるご夫婦でいらっしゃるんですねぇ」
マリアが辺りを片付け、改めて祝いを言って部屋を下がっても、ジルはまだ私の枕元に座っていた。今は私の横で眠る娘を幸せそうに眺めている。
「ああ、伯爵様の気持ちが分かってしまった」
突然何を言い出すのかと思ったら、ジルは大まじめに言った。
「今からもう、この子を嫁になんて出せない、どんな男にも渡せない。……そう思ってしまいましたよ」
「もう、ジルったら」
私が笑うと、ジルは身を屈めて私に、それから娘にそっと口づけた。
「何としても、幸せにしてやらなくては」
「大丈夫。この子も私と同じように、あなたに抱かれて育つのですもの。幸せになるに決まってます」
「リゼ」
「……愛しています、ジル」
ちょうど目が覚めて泣き出した娘に乳房を含ませる私を、ジルが後ろからそっと抱いた。
懸命にお乳を飲む赤子を見守っていた私達は、ふと視線を合わせて、そっと口づけた。
fin.
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