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19・愛妻家ジル
しおりを挟む翌朝、ジルは仕事を休んだ。
朝一番で連絡を取って秘書を呼びつけると、あれこれ指示したらしい。
「ジル、病院なら私一人でも行かれますから」
慌てて飛び出して行った秘書を気の毒に思って私が言うと、ジルが真顔で言った。
「とんでもない。妻の一大事なのです、私が行かなくてどうするのです」
「……一大事って、まだ……」
「仕事のことなら心配いりません。彼なら大丈夫ですから」
結局ジルは譲らなかった。もちろん私も嬉しくないわけはなかったので、ジルがそこまで言うならと従うことにする。
そこへマリアが銀のトレイを運んできた。コーヒーを置いて下がろうとするマリアを、ジルが呼び止める。
「マリア、たぶんリゼットは身ごもっています。いろいろ気を配ってやってほしい」
「まあ、おめでとうございます。そうではないかと思っておりました。―――はい、旦那様。かしこまりました」
やはりベテラン家政婦のマリアには分かっていたらしい。それでも彼女が喜んでくれるのは、母のいない私には心強かった。
「おめでとうございます、二ヵ月目くらいでしょう。今のところ、何の問題もありませんよ」
診察室にジルを呼び入れてから、ドクターはにこやかに言った。
「ありがとうございます、ドクター」
私がほっとしてお礼を言うと、ジルは何故か眉をひそめた。
「しかしドクター、妻は昨日転んでいるのですよ。もう一度よく調べては……」
「ジル……」
転んだと言っても躓いて膝から転んだのだし、大した傷もなかったくらいだ。もちろんお腹など打ってもいない。
焦る私に片手をあげて、ドクターは笑った。
「ご心配いりません、クラウディ社長。なるほど、聞きしにまさる愛妻家ぶりですな」
「愛妻家?」
私は目をまるくした。そんなふうに言われているの? ジルが?
「おや、奥方はご存じなかったのですか? ランベリーでは有名なのですよ。仕事一筋で女性には目もくれなかったクラウディ社長が、若い奥方に夢中になっている、と」
「ドクター。そんなことはどうでもいいでしょう」
機嫌よく喋るドクターを、ジルが決まり悪げに遮った。
「とにかく妻は昨夜、ひどい目にあったのです。薬でも手当てでも……」
「ジル、大げさです。―――酔った男性に絡まれただけですから、ドクター」
ドクターは診察室に響くような声で笑い、それから表情を改めて、ジルを見て言った。
「いいですかな、社長。いくら奥方が大切でも、あまり心配しすぎるのは宜しくない。とくに体調が悪くない限り、普段通りの生活をされるほうが良いのです。過保護はいけません。よろしいですね、奥方も」
「はい、ありがとうございます」
いったん診察室を出た後、ジルは何か忘れたと言って戻って行った。近くのベンチで待っていたけれど、忘れ物にしては帰りが遅い。どうしたのかと思い始めたころ、ようやく廊下の向こうからジルが速足で戻ってきた。でもやはり、忘れるようなものは手にしていないようだ。
「忘れ物はあったのですか?」
馬車に乗って少ししてから、私はジルに聞いてみた。妊娠している私のために、ジルは上等の馬車を手配してくれた。クッションも効いているし、馬もよく躾けられていて揺れが少ない。
するとジルはまた、決まり悪そうな顔をした。
「ええ、大丈夫でした」
私は少し不思議に思ったけれど、ジルがそれ以上言わないので黙っていた。昨日まではジルと馬車に乗っても黙って座っているのが普通だったから、沈黙に慣れてしまっていたのだ。
ところがしばらくして、ジルは急に聞いた。
「今まで貴女が出ていた、ペンバートン夫人の慈善活動ですが」
「はい」
「どうしたいですか? ドクターはああ言いましたが、私としては少し心配ですね」
私は少し考えた。
「ジルが許してくださるなら、続けたいと思います。ただ、病院や孤児院の慰問は……、時間も、体力的な負担もかかるので減らします。主に夫人のお宅で集まるほうを、お手伝いしようかと」
「そうしてくれれば、私も安心ですね」
ジルも頷いて賛成してくれた。他にも相談して、夜会は体調と相談しながらお腹が目立ってくるまで、もちろんダンスは控えるということにした。
昨日までと違って、ジルがこうして私の意見を聞いて、話し合って決めていける。とにかくそれが嬉しくて、私は知らないうちに微笑んでいたらしい。
「どうしました?」
ジルが不思議そうに私を見ている。
「嬉しいんです」
それだけの言葉で、私の言いたいことが全部伝わったとは思わない。それでもジルはにっこりと微笑んで、私の腰を引き寄せた。
「私もですよ」
軽く唇を触れ合わせた後も、ジルは私を離そうとはしなかった。私もそのまま寄りかかって、ジルのぬくもりを味わっていた。
「きゃっ」
ジルが急に、私を膝の上に抱き上げた。驚いて振り返った私の顎を掴んで、ジルが口づける。
会話の合間に挟むような、軽い口づけではなかった。
「ん……あっ」
唇を割って舌が入り込み、私の舌を絡めとって吸い上げる。
昼間、しかも寝室以外のところで、ジルがこんな口づけをするのは初めてだった。
「んん、ジル……、や……」
「誰も見ていませんよ」
ジルはそう言って再び口づけるけれど、ランベリーの新市街を走っているのだ。そんなはずはない。恥ずかし過ぎて、顔から火が出そうだった。
「だめ、ジル……恥ずかしい……お願い」
ところがそんな私を見て、ジルの表情が変わった。さっと手を伸ばして、馬車のカーテンを引く。
「え、ジル、なぜ……ん!」
きつく抱きしめて噛みつくように口づけられ、それ以上言うことが出来なかった。激しすぎる口づけに、上着にしがみついて夢中になっていると、いつの間にかジルが、スカートの裾から手を入れて、さわさわと脚を撫であげている。
「や、ジル何を!?」
「そんな可愛らしい顔をするから」
言いながらも止まることがない。私が戸惑っている間に、ジルの手は脚の間にたどり着いてしまった。
「ジ、ジル……いや、こんな……」
「今度こそ、誰にも見えないでしょう」
ジルは微笑んでいて、楽しそうにさえ見える。そんな、いくら見えないからって、まさかこんなところで……。それなのにジルは、耳元に唇を寄せて囁いた。
「恥ずかしがる顔も可愛いですよ」
「ああっ!」
耳朶を舌で転がされ、思わず声が漏れてしまった。
「誰にも見られないからと言って、あまり大きな声を出すと……馭者には聞こえてしまうかもしれませんよ?」
「そんな、ジル……!」
あまりの恥ずかしさに、全身がかっと燃え上がった。ジルが、こんなことをするなんて……。
「ジル……いや」
「駄目です。もう、我慢しませんよ」
「あっ」
下着の上から、ジルの指がそっと秘所をなぞる。
「やっ……」
「声を出してはいけませんよ」
やめてくれる気はないらしい。何度も何度も、触れるか触れないかくらいの強さで、そっと。
「んん、あっ……!」
「ほら、聞こえてしまいますよ?」
耳元で笑い含みにまた囁かれ、私は両手で口元を覆った。ジルの手は布の上からでも器用に花芯を探し出し、きゅっと指を押し付けた。
「ん――――――っ!」
必死に声を抑え、私は俯いて震えた。指を押し付けられているだけのなのに、馬車の振動のせいなの? 耐えがたいくらいに感じてしまう。
「やだ、やだジル……っ! ふぅ……んん……っ!」
ジルがまた割れ目をなぞり、指先が私の浅いところへ入り込んだ。布越しにも関わらず、私のそこはぬるりとジルの指を迎え入れてしまう。
「おや、もう濡れているのですか?」
「ああっ、いやっ!」
ああ、どうしたらいいの。私は両手で顔を覆った。
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