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14・ジルの気持ち

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 気が付くと、いつものようにジルが後始末をしてくれていた。そのまま私を抱き寄せて軽く口付ける。そのままの姿勢で目を閉じたジルの胸にそっと寄り添って、私は考えた。

 誰かが今の、この様子だけを見れば、私はジルに愛されていると思うのかもしれない。でも、昼間のジルと今のジルとは違いすぎて、どう考えて良いのか分からなくなる。
 もしかして、男の人はそういうものなの? 私には分からない。社交の場で見られる他のご夫婦は、仲が良いように見えるけれど。……やっぱり違うのかしら?
 昼間は妻として最低限の役割をこなして、夜はいくらでも欲望をぶつけられる若い妻がいれば、それだけでいいの? ジルが私に求めているのは、そういうことなの?


 それ以前に、どうして私はそんなにこれが気になるのだろう。貴族の娘なら、愛情など二の次で政略結婚をするのが当たり前だったはず。
 自分だってジルを愛しているとは言えないのに、どうしてこんなにジルの気持ちを知りたいと思うの?

 ―――相手がジルだからだ。

 子供の頃から信頼して、頼りきって育ったジルだから。あんなにそっけなく、形式だけの妻でいいと……ジルにとって私が、それだけの存在なのだとは思いたくない。
 愛とか恋とか言うものはよく分からないけれど、ジルは私にとって、子供のころからずっと大切な人だということに変わりはない。だからきっと、そういうことなのだ。


「眠れないのですか」

 ジルが私の様子に気づいて声をかけた。

「いいえ、なんでもありません」

 ―――こうして抱いていてくれる手を、私は信じてもいいの?

 一晩では答えの出ないことを考えているうちに、私はジルに抱かれたまま、いつしか眠りに引き込まれていった。





 季節は変わり、短い夏が過ぎたランベリーの街はいつしか秋を迎えていた。
 お父様が死んだと病院から知らせがあったのは、そんなある日のことだった。

 お父様は結局あの日入院したまま、病院から出ることはできなかった。私は慈善活動がない時は必ず病院を訪ねていたけれど、お父様は私と話すこともなく、ここひと月ほどはほとんど眠っているようになっていた。そして夜の間に、そのまま眠るように息を引き取ったのだという。
 知らせを受けてジルは私を連れてすぐに病院へ向かい、そのまま仕事を人に任せて、葬儀一切を取り仕切ってくれた。


 お父様は伯爵家代々の墓地に葬られた。

「ジル、ありがとうございます。こうしてお父様が伯爵家の墓地に葬られたのも、最後まで爵位を失わずにいられたのも、……すべて貴方のおかげです」

 墓標の前でいつまでも泣いていた私がようやく立ち上がって言うと、ジルはいつものように突き放すことはせずに、黙って私の肩を抱いていてくれた。

 最後までジルのことを受け入れず、私と口をきくことさえ拒んで、実体のない伯爵家の誇りだけに拘っていたお父様だった。それしか知らないお父様からすれば、親不孝な娘だったかもしれない。けれど、他にどうにもならなかったのだ。死んだお父様を責める気はないけれど、私を、ましてやジルを拒んだまま逝ってしまったことは悲しかった。
 でも、それ以上は口に出さなかった。私以上にお父様を責める資格があるはずのジルが、何も言わないから。
 幼いころのことを思い出せば、いくらでも泣けてきてしまう。けれど、もうジルの前では、お父様のことで泣かない。ハンカチで涙を押さえながら、私はそっと誓ったのだった。


 葬儀から何日かたったある日、ジルが私を仕事部屋へ呼んで聞いた。

「伯爵邸をどうしたいですか?」

 聞けば、私がジルと結婚した時点で、トウシャール伯爵家の負債はジルが肩代わりしてくれている。だからお父様が亡くなった今、私が返済すべきものは何もないのだという。

「ですから、今はクラウディ商会が管理していますが、貴女が望むならばあの邸を……貴女のものとして残しておくこともできます」
「いいえ、そのようなことは望みません」

 私は即座に首をふった。破産するほどの莫大な負債だったのだ。お父様も亡くなった今、それに拘る必要はないし、これ以上ジルの負担を増やしたくない。

「ジルの良いようになさって下さい。―――もしお願いできるなら、いくつか記念の品を持ち出させていただきたいのと……まだ残ってくれている人の暮らしがたつようにして下されば嬉しいです」

 ジルは頷いてさらに尋ねた。

「では売り払っても構わないと?」

 私も頷く。生まれ育った邸だから確かに淋しいけれど、仕方がない。私はもうジルの妻となった以上は爵位などないし、あの邸に住むことはもうないのだから。

「お任せします」


 ジルは私をじっと見つめ、黙って頷いた。私は部屋へ戻って刺繍の針を手に取ったけれど、ひと刺ししたまま手が止まってしまった。

 ―――私と結婚した時点で、既にあの邸はクラウディ商会のものだった。それでもお父様がもしかして帰れる時のために、ジルはあの邸に手を付けず、管理人に任せたままでいてくれた。
 そしてお父様が亡くなって初めて動き出し……それでも私の意向を聞いてくれる気でいたのだ。お父様と家のことをやっていたから少しは分かる。あの邸をただ保存しておくのに、どれほどの維持費を必要とするか。

 十中八九、お父様がもう退院できる見込みがないことは、ジルだって分かっていたはずだ。それでも、そうしてくれたのは……たぶん私のため。もし早々にあの邸を処分したら、私がお父様に対して自分を責めるだろうと分かっていたから。十三歳まで、ジルに育てられたようなものなのだ。そんなことくらい、ジルには手に取るように想像出来ただろう。


 ―――ジルは私を理解してくれている。たとえ、どんなに無関心に見えても。

 お父様を失くした悲しみは、まだ癒えてはいない。でも、結婚して以来ずっと不安だったジルの気持ちに関しては、もう考え悩むのはやめようと思った。

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