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12・結婚披露
しおりを挟む「いかがでございますか、奥様」
ダウンズ夫人が満面の笑みで言った。急がせると言っただけあって、三日目の朝には仮縫いのドレスを持ってきて、一週間で縫い上げてしまった。試着の手伝いに来たマリアも、目を見はって私を見ている。
「やはり私の思った通り。流行の細身のシルエットがよくお似合いですわ、奥様」
「ありがとう」
「旦那様もお喜びになるでしょうね」
私は何も言わずに微笑んだ。毎日ベッドを整えてくれるマリアには、私達はさぞや仲の良い夫婦だと思われているに違いない。なにしろこの一週間、ジルが私を抱かない夜はなかった。毎夜ベッドのシーツはくしゃくしゃで、恥ずかしいのでなるべく直してはおくけれど、その痕跡は明らかだ。
でも、それは夜だけ。朝夕顔を合わせても、ジルはまるで他人のようだ。
朝食時には、今日の予定を事務的に伝え、夕食時には「何か変わったことは?」と確認するだけ。私がそれに答えても、短く素っ気ない返事がくればいいほうで、下手をすると頷くだけのこともある。
―――やっぱり借金のかたに買われた妻なのかしら? いいえ、ちゃんとお披露目もしてくれるし、必要以上のものも与えてもらっている。そんなことを考えては……。
「……奥様、どうかなさいました?」
ダウンズ夫人の声に、私は我にかえった。
「あ、ごめんなさい。何でもないの。―――どこにも問題ないわ、綺麗に仕立てて下さってありがとう」
「こちらこそ、急がせた甲斐がありましたわ」
ダウンズ夫人は満足そうに帰って行った。
私は残されたドレスを膝の上に広げ、一人いつまでも見つめていた……。
これまであまり使われることのなかった、クラウディ家の大きな客間とホール。広く開け放たれ、美しい花で飾られたその部屋で、私はジルにエスコートされ、招待客に挨拶をして回っていた。
「やあジル、花嫁を紹介してくれよ」
「ジル、どこでこんな美しい女性を見つけたんだい?」
招待客はジルの会社、クラウディ商会の取引相手や顧客たちで、業種もさまざまならお客様の年齢もばらばらだ。それでもみな親しげにジルに声をかけ、驚くことにジルもまた、実に気さくに対応している。私はお客様の前で呆気にとられた顔をしないように、気を付けなくてはならないくらいだった。
仕事上のお付き合いだからなのか、たいていの方はご夫人連れで、一人で来ている人は多くない。何人か若い男性が混じっていたが、ジルに紹介されたところではジルの知り合いのご子息のようだった。
「奥方はクラウディ商会の船を見たかい? 立派なものだろう?」
「はい、ジルに見せてもらいました」
いつかの晩に私は「ジルの仕事について教えてほしい」と頼んだ。するとジルは、早速次の日に私を連れて港へ行き、ちょうど航海を終えて戻って来ていたクラウディ商会の船を見せてくれたのだ。
実は船どころか間近で海を見るのも初めてだった私だけれど、ジルの船は素晴らしかった。大きくて立派で、沢山の人が働いていた。係留してあっても少し揺れるのが慣れなかったけれど、ジルは船に乗せてくれ、まだ下ろしていない様々な荷物を見せてくれた。
遠くの国々で買い求めてきた織物、装飾品、見たこともない模様の描かれた食器。そして不思議な香りのスパイスに、私には何やら分からない、さらに沢山の品々。
「これをこの国で売り、その利益でさらに品を買い集め、売りにゆくのです」
おそらく私にも分かるよう、ごく簡単に説明してくれたのだと思う。その説明に頷き、初めて見る品物に目を輝かせる私に、ジルが聞いた。
「何か、欲しいものはありますか?」
私は慌てて顔をあげて、すぐに答えた。
「いいえ、これはジルの会社のものですから」
するとジルはちょっと意外そうに私を見たけれど、すぐに頷いた。気のせいか、ほんの少し口元が緩んだようにも見えた。
それから甲板に上がり、ジルは私を乗組員に紹介してくれた。ジルは彼らからも慕われているようで、大きな歓声とお祝いの言葉をかけられた。
今日の結婚のお披露目には、そのクラウディ商会からも役員が来ている。そして若い人たちが何人か、こちらは今日の手伝いのために来てくれているらしい。
「社長、おめでとうございます」
時々会場の端から声がかかるのは、その若い社員たちだ。その度にジルは笑顔を向けて、彼らを労っていた。
お客様への挨拶もひととおり終わり、談笑するジルの横で話を聞いていると、横から女性の声がした。
「クラウディ社長、少し奥様をお借りしてもよろしいかしら?」
私の横で親しげな笑顔を向けているのは、確かペンバートン夫人。大きな織物工場を経営する方の奥様だ。その横に若い女性も二人並んでいる。
ジルが私に頷いたので、私はジルの手を放し、ペンバートン夫人達を椅子の並べてあるほうへ案内した。
ペンバートン夫人はジルより更に歳上の、華やかで威厳のある女性だ。隣に座ったのは夫人の娘のジュリア様で、歳は私より2つ下、お母様譲りの華やかさと、人懐こい笑顔が可愛らしい方。ご結婚が決まったばかりだという。
「歳も近いし、仲良くして下さいね」
そう言って笑って下さって、何のお話かと緊張していた私は少しほっとした。
もうお一人は、ハウエルズ銀行の一人娘、ポーリーン様。私と同い年だけれど、もう二人のお子様に恵まれている。
「リゼット様、お話と言いますのはね。この街では、夫のお仕事でつながりのある女性達で集まって、さまざまなことをしていますのよ」
ペンバートン夫人がにっこり笑って話し始めた。
このような社交の場で知り合った実業家の妻たちが、貴族の婦人達のようなお茶会をしたのが始まりだったとか。
「今でもお茶会はしますけどね。今はそれ以外にも、孤児院を支援したり、バザーを開いたり……」
もともと慈善家としても有名だったペンバートン氏の援助もあって、夫人の主催する集まりは、今やちょっとした慈善団体のような活動をしているらしい。
「クラウディ社長にも、今までかなりのご寄付をいただいていますのよ。ですから、奥様とはぜひご一緒したいの。いかがかしら?」
「歳の近い方がご一緒してくださると、私達も嬉しいわ」
ポーリーン様も微笑んだ。
私はその誘いに惹き込まれた。今までほとんど伯爵家の外へ出ることもなく、お父様と家を支えることしか知らなかった。そんな私が、他の方の役に立つことが出来るのなら。
「素敵なお話をありがとうございます。ぜひお仲間に入れて下さいませ」
そこまで言って、私ははっと気がついた。
「あ、でも……ジルに聞いてみなければ」
「クラウディ社長なら、反対などなさらないと思うけれど。ご心配なら、これから一緒に聞いてみましょうか」
そう言ってペンバートン夫人はさっと立ち上がり、私の手をとって歩いて行った。
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