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4・夜の外出

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 お父様が入院となった以上、日が暮れる前に泊まるところを探さなくてはいけない。女性ひとりでも安心して泊まれる宿があるだろうか。そんなことを考えながら病院の玄関ホールへ出てくると、待合室の椅子から立ち上がる、背の高い人影が見えた。

「ジル? どうしてここへ……」
「ちょうどこちらに仕事がありましたのでね。私がお部屋に伺っても、伯爵様は喜ばれないでしょうから。状態は院長から聞きました。最低三日は入院が必要だそうですね。当然貴女も付き添われますよね?」

 私は呆然として頷いた、まさかジルが来てくれるなんて……。

「この近くに宿を手配しました。女性一人でも安心なところです。ああ、その前に食事ですね。行きましょう」


「クラウディ様、ようこそ。お待ちしておりました」

 連れられて行ったレストランは、落ち着いた居心地の良い店だった。ジルは何度も来ているようで、給仕が親しげに名前を呼び、奥まった、静かな席に案内された。

「お疲れになったでしょう。何を召し上がりますか」

 ジルはこの前家に来た時よりも、いくらかくだけた調子で私に訊ねた。でも私はこのような店に来るのは初めてで、何をどうして良いか全く分からなかった。

「ジルにお任せします。……分からないので」

 ジルは何か言いたげに私を見たけれど、頷いて給仕を呼び、注文を済ませた。まずはワインを運ばせ、私を見て眉を上げる。

「ワインは飲めますか」
「はい、少しなら」

 給仕に合図して、二つのグラスにワインが注がれた。給仕が去っていくと、ジルは自分のグラスを持ち上げながら聞いた。

「このような店に来るのは、初めてですか?」
「はい、初めてです」
「まさか、ほとんど外出もしないのですか?」

 ジルの目が驚きに見開かれた。

「ええ、日常の用を足しに行く以外には、特に」

 一つ溜息をついて、ジルは私を見た。

「ではこれからは、外へも出てもらいましょう」

 そしてジルがグラスを傾けたのを見て、私も一口、ワインを口に含んだ。お酒を嗜むことなど滅多にないけれど、そんな私にも極上のワインであることが分かった。


 運ばれてきたお料理はどれも美味しかった。そしてメインの皿が下げられたとき、ジルが言った。

「リゼット」

 あの日、圧倒的優位にたって、金銭的支援のかわりに私を妻にと言ったときから、私は『お嬢様』ではなく『リゼット』と呼ばれるようになった。

「はい、ジル」
「少し、話しておきたいことがあります。いいですか」
「どうぞ」

 向かい合って顔を見ているのに、以前のジルとはあまりに違う事務的な態度で、私は少し悲しくなる。
 もし、あの日訪ねてきたのが、昔のままのジルだったら。私は思わず子供にかえって、飛びついていたかもしれないのに。
 どうして、こんなふうに冷たい雰囲気を纏うようになってしまったの?

「お父君の状態は考慮しますが、貴女には出来るだけ早く、私の家に来ていただきたい」

 ジルの言葉に、私ははっと我に返った。

「ジル、それは……?」

「もちろん、結婚式は正式に挙げますし、いずれ私の仕事関係者向けに披露の夜会も開きます。そちらの手配がつき次第ということでいいですね」

 有無を言わせない調子に、私は何も言えない。既にお父様の件で、こんなに世話になっているのに。

「分かりました」
「では、宿へ送りましょう」

 ジルはすっと立ち上がった。あの日と同じそっけなさに、心の中にもやもやとした何かが広がった。

 店を出ると、外はもう真っ暗になっていた。街角のランプには明かりが灯されている。
 思えばこんな時間に……日が暮れてから外出したことなど一度もなかったので、少し怖い。

「リゼット」

 声がして顔を上げると、ジルが腕を差し出していた。

「夜道は危険です。手を」
「あ、―――はい」

 肘にそっと手を絡めると、ジルが歩幅を緩めてくれた。それだけで別に会話もなかったけれど、心の中のもやもやしたものが、ほんの少しだけ……消えた気がした。

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