お猫様の言うとおり

椎野ワタリ

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生田キリオ

既刊誌とオムライス

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「昨日はハヤシ食べたから……」
「今日は麺にするか」
「あっ」
「ん?」

 まるで心を読まれているみたいだと、音無は少し嬉しくなった。今朝熱が下がったばかりなのに、また上がりそうな気がしてしまう。紙袋を持った桐生と横に並び、駅を出て坂を昇る。音無の住んでいるアパート近くにある、ちいさな商店街に向かった。惣菜の匂いが漂う肉屋、焼きたてパンの店、敷居の高そうな寿司屋、手頃な価格で人気のカレーライスチェーン店まで。比較的何でも揃うこの通りは、美容室、スーパー、飲食店と古くから続く沢山の店がひしめき合った、賑やかな場所だ。
 オフィスビルが並ぶからなのか、平日のランチタイムは昼休みの会社員たちでひしめきあう場所だった。
 割引券に書いてある件のファミレスは、この商店街に入っている。
「…近くにあるのは知っていたけど…初めて来たな」
「そうなんですか?」
「大体職場と自宅の往復だから…買い物は自宅近くのスーパーだし、今は通販で何でも買えるだろ」
「そっか…桐生さんも一人暮らしですよね」
「ああ。大学の頃から住んでるマンションでな」
 少しずつ分かっていく桐生の素顔に、音無は心做しか浮き足立つ。同じ職場の中にいるだけでは全然知らなかったことが解けていって、最後に残るのは…などと、不埒な考えが浮かんでしまい慌てて隅に追いやった。
 まだ、付き合ってすらいないのだと自分に言い聞かせる。
 平常心を取り戻して会話を続けながら店先を歩いていると、美味しそうな食品サンプルが軒先に並んでいる店が見えた。ここだ、と割引券に書かれている店の名前を見つけ、足を止める。
 テレビや電車の広告でよく見かける看板を見上げ、自動ドアのスイッチを押す。いらっしゃいませ、の掛け声と共に、少々お待ちくださいと電子音声のアナウンスが流れる。入口のすぐ側には待合席と来店予約を確認する電子機器が置いてあって、音無が慣れた手つきでタッチパネルを操作する。桐生はその間、膝上に荷物を置いて待合席の椅子に座っていた。
「…ここにはよく来るのか?」
「まぁ、近所なんで…前はしょっちゅう通ってました。おねこがうちに来てからは、あまり外出しなくなりましたけど…」
「そうか…」
 来店予約機から吐き出された、予約番号の感熱紙をヒラヒラさせながら音無が言う。すると間もなくして、忙しそうな店員が2人を出迎えた。
「いらっしゃいませー!801番でお待ちの2名様!」
「はぁい」
 音無が返事すると、桐生が荷物を持ち上げ音無の隣に並んだ。窓際の席に案内されて、桐生と向かい合わせの座席に座る。冷たい水とメニュー表が運ばれ、店員に小さく頷く桐生の横顔を見つめた。音無は何だか急に緊張してしまうようで、ぎこちなく両手を膝の上に乗せる。ちら、と目線を動かしても、大体向かいに座った上司が視界に入って来てしまう。瞬きを繰り返しそわそわと視線が泳ぐと、まっすぐにこちらを見てくる桐生と目が合った。
「…どうした?」 
「いや、だって、桐生さんかっこ良すぎます…」
「はぁ?……そんなことはないだろ…」
 明らかに狼狽えてるのを見て、何てことを言ってしまったのだろうと音無は少し後悔した。天井を仰いで、頭を空にする。平常心を忘れないように、生田キリオ短編集の冒頭に書かれていた目次を脳内で呟いて、自分を必死に落ち着かせた。
「す…すいません…なんか今日の俺、変ですね」
「いや…多分、おれも変だから」
「えっ?」
「そ、そんなことより…早く頼もう」
「あっ…ハイ」
 メニュー表を手に取ろうとした瞬間、桐生の指先に手が触れて思わず音無は腕を引っ込めた。先程まで平気で握ったり揉んだりしていたのに、何故か急に恥ずかしくなる。こんな状態でスイーツバイキングに行けるのか、少し不安になってしまった。
「…とりあえず、そっちは音無が先に見ればいい」
「はい」
 桐生はメニュー表とは別に添えられている、ラミネート加工された季節メニューを手にした。それに記載されている、季節限定のパスタをじっと見ている。通常メニューをパラパラと見た音無も、それとオムライスのハーフサイズセットにすることにした。呼び出しブザーのボタンを押して、店員が来るのを待つ。冷グラスに入った氷が溶け、カランと涼やかな音を鳴らした。

「……あの」
「あのな」
 
 同時に口を開き、互いに顔を見合わせて口を噤む。音無が両手で顔を覆って肩を震わせ、先に声を出した。
「……桐生さん」
「ん」
「2人だけの時はキリオさん、って呼んでいいですか?生田先生だと、緊張して息が止まりそうで…」
「それは困る。まぁ…好きに呼んでくれ」
「へへ、やったぁ」
 グラスに口付け、水を数口飲む桐生の唇を食い入るように見つめる。心臓がトクトクと音を鳴らし、こんな思いになるのは本当に久しいように思った。
「……そうだ、渡したいものって…」
「それは」
「お待たせしました、ご注文をどうぞ」
「っ…」
 肝心なところを聞く前に、店員の来訪で変な空気の流れが変わった。もどかしいような、助かったような妙に燻ってしまう感情を押し殺し、桐生は季節メニューを指さした。
「…しめじと鮭のクリームパスタ、ドリンクセットひとつ。食後にホットコーヒーでお願いします」
「あっ、えっと…パスタグラタンの、ハーフオムライスセットひとつ!」
 店員がにこやかに笑い、復唱すると音無はちらりと桐生の顔を見た。言葉にしてはいないが、よく食べる奴だなと顔に書いてある。
「…飲み物はいいのか?」
「あ、えっと…オレンジジュース、追加で。俺のも食後に…」
「かしこまりました」
 店員がメニューを手に下がる瞬間、桐生が笑いを堪えるように俯く。
「……わかってるんですよー。自分の味覚がお子様だって」
 不貞腐れて唇を尖らせる音無の表情に、桐生はとうとう我慢できずくすくすと笑みを零す。そして顔を赤く染める、音無の髪をそっと撫でた。
「いや…すまん。オムライス、美味しいよな。つい…可愛いから…」
「は…えっ!?」
「…そう言えば、音無も季節メニューにしたんだな」
「あっ、そうなんですよ!パスタとグラタンが同時に食べれるって最高じゃないですか」
「ついでにオムライスも、だろ?」
「へへ…よくお分かりで」
 他愛のない言葉を交わし、音無が冷水を飲み干してグラスが空になると、水を追加しに来た店員と同時に桐生の注文したメニューを持ってきた。
 すぐに音無のパスタグラタンセットもやってきて、チーズの焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。空きっ腹が悲鳴を上げている。
「音無」
「ん?」
「一口ずつ、交換するか」
「いいんですか?!」
 音無は手をつける前で良かったと、自分で自分を褒めたくなる。オムライスを1口分、スプーンに乗せて桐生の皿の傍らに置く。桐生もスパゲティにソースを絡め、鮭の切り身を乗せてから音無の皿に添えた。思わず顔を見合わせ、両手を合わせる。

「「いただきます」」

× × × 

 ころころ変化していく仕草と表情に翻弄されている、と気づいた頃には既に遅かった。同じ居室に立っている印象と違う、素のあいつを垣間見ることができるなんて思いもせずに誘った外出。
 ここまで来れたのは本当に偶然なのだろう。出来過ぎたシチュエーションに、思わず笑ってしまう自分がいる。
「…うまい。卵がふわっふわですよ」
「ん…オムライス、楽しみにしてる」
 無性にパスタが食べたくなって、注文したメニュー。フォークで巻き取り、1口頬張る。鮭とクリームの仄かに甘い匂いが食欲をそそり、パスタは硬すぎず柔らかすぎず丁度いい。うまい、と考える前に口にしていた。
「はぁ~…久しぶりだけどうまいな…この店」
「ああ、格安なファミレスも伊達じゃないってことがよく分かる」
 グラタンを掬ったスプーンを口に運び、ニコニコとしている顔は幸せそうに見えた。昨日の昼もだが、音無は美味そうによく食べて、よく笑いそしてよく喋る。それはもう、うるさいくらいに。
「どうしたんですか、キリオさん」
 いつの間にか彼の顔をじっと見ていた視線を外し、目の前の皿に集中する。
「…いや、何でもない」
「そうですか?メシは熱いうちに食ってこそですよ。は~っ…このグラタン、ソースうまいなぁ…あ、この後、どうします?」
 口に入れたばかりのしめじが口から出そうになる。渡したいものを渡すことだけを考えていたおれは、もしかしたらと予想できたのはここまでで…昼を食べた後のことなど、何も考えてはいなかった。
「どう、って…今日はもう、他に予定がないけど…」
「そ、そうですよね…!すいません、」
「いや……、」
 …どれだけ引き留めてしまおうとしているんだ、おれは。
 叶うことなら…と思っていたが、食事に誘ったのもこの機会を逃したら、後が無さそうで少し不安だったから。  
 ただの口実に過ぎない事は、自分でも分かっている。もしこの後行ける場所があるとすれば、散策がてら喫茶店でお茶して、彼の自宅におねこを見せてもらうため向かうことくらいだろう……そんな不埒な考えが頭に過ぎって、慌てて鮭の切り身と一緒に噛み砕き飲み込んだ。口が空になったところで、ようやく自分の要望を声に出す。
「お前が良ければ天気もいいし、飲み物飲んだら店を出て…少しぶらつくか?」
「えっ!いいんですか?」
 驚く声は、それ自体を期待していたように見えてしまう。…そんな気がするだけだけど。
 彼から貰ったオムライスは、やさしい味がした。

× × × 

 キリオさんの表情が一瞬、翳ったような気がした。でも、変わらずフォークは動いていたからきっと気のせいだ。
 オムライスはふわふわで、デミグラスソースに絡めると極上の味わいが口の中に広がる。パスタグラタンも初めて食べたけど、クリームソースがパスタに絡んでカリカリに焼けたチーズとの相性は抜群だった。またこの店に来れて、キリオさんに昼メシを誘って貰えて良かったと心から思う。 
 キリオさんとこの店に感謝して、手を合わせごちそうさまでした、と挨拶する。当然ながら皿の上には何も残っていない。差し出されたものを残さず平らげるのは、子供の頃から身に染みている音無家の家訓だ。
 キリオさんのパスタ皿も、綺麗に空っぽになっている。
「はぁ、満足…!」
「それじゃ、飲み物頼もうか」
「はい!」
 行く宛てもなくブラブラするのが好きだったから、キリオさんの提案はとてもありがたかった。腹ごなしの運動にもなるし、最近の休日はずっと籠りきりで、軽く動いた方が良さそうだったから。そろそろ腹回りが気になってくるし…。
 近くにいた店員を呼んで飲み物を頼むと、空いた皿が片付けられてテーブルの上が綺麗になる。
「……そうだ、これ」
「へ?」
 綺麗に拭かれたテーブルの上に、気づけばキリオさんが持っていた紙袋が置かれている。そう言えば、渡したいものって何だったのだろうと首を傾げた。
「…開けたらわかる」
「え、いいんすか…?」
 恐る恐る、閉じられた紙袋を手にする。開けたらそこには恐怖と絶望が…なんてパンドラの箱じゃないのに、指先が少し震えた。
「……あっ………」
「多分、持ってないだろうと思ってな…この間、部屋の掃除をしたら出てきたから」

 紙袋の中には、生田キリオがかつて発行した既刊の同人誌が沢山入っていた。子供の頃に読んだものから、画面の中で表紙しか見たことの無いもの。一次創作が殆どだけど、中には二次創作の小説まである。俺が中学の頃、追いかけていた作品だ。それ自体は2冊ほどしかなかった。
「えっ、あ、あの、これ」
「……いらなくなったら、燃えるゴミに捨ててくれ」
「何言ってるんですか!一生大切にしますよ!」
 思わずテーブルを叩く。そんなことするわけが無いのに。
「……いや…注意事項としてだ…念の為に…」
「あっ……すいません……」
 周りにいる客たちからも視線を浴びて、恥ずかしくなる。キリオさんも耳まで真っ赤になっていた。そんなタイミングで店員が来るなどと思わなくて、慌てて紙袋を持ち上げテーブルの上から俺の膝上に乗せた。
「お待たせしました、ホットコーヒーとオレンジジュースです」
「…ありがとう」
「どうも」
 オレンジジュースのグラスにストローを刺しながら、ちらっとキリオさんの表情を伺う。コーヒーにミルクと角砂糖を2つ入れてスプーンでかき混ぜていた。確かに、プレミア価格がついてる同人誌が山のように入ってるから…もしかしたら、って考えるのは当然なことなのだろう。でも俺にとって、この一冊一冊が本当の意味で宝物だ。大金を積まれても売り払うわけが無い。
「…そんなに喜んでくれるとは思わなかった…持ってきて正解だな」
「むしろ…いいんですか?」
「ああ。既に通販もしていないし、自分の手元にあるよりも…喜んでくれる人の元に行って欲しいから」
「……ありがとうございます」

 まさか自分が追いかけてた作家から、直接本を貰うなんて思わなかった。なんていい日なんだ。
 喉がカラカラに乾いていたのでオレンジジュースをすぐに飲み干すと、ちょうどキリオさんもカップを空にしたところだった。
「そろそろ行くか」
「…あの、先に会計してきますから!…桐生さんは、ゆっくりでいいですよ」
 紙袋を抱えて席から立ち上がり、割引券を使って先に会計を済ませる。もし、ここに俺以外の生田キリオファンがいるとしたら、その名前では呼んではいけないと咄嗟に思った。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま」
「はい、ありがとうございました~」
 店員さんに声掛けて、扉を開いて店外へ。少し火照った顔に、外の風が気持ちいい。少し歩いて、また何処かに寄れたら…なんて、贅沢すぎる願いを抱きながら歩き出す。
「そうだ桐生さん、あの」
「ん?」

「あらァ!!ヒカルくん!」
「………」
 何処からか聞こえてきた声に、桐生さんが小さく舌打ちしたのが聞こえた。顔も少しばかり険しくなっている。もしかして知っている人なのかと思い、声のした方を見た。少し派手めな、一見すると美人なひとだ。
「こんにちは。随分と久しいですが、お疲れ様です」
「っ……あ、お疲れ様です!」
 慌てて頭を下げると、桐生さんの知り合いらしき人はニコニコと俺の方を向いてから直ぐに桐生さんを見る。
「よしてよ、同じ職場だったでしょ?あの頃みたいに名前で呼んで~?」
「いえ、昔の話なので。申し訳ないのですが先を急いでいまして
「あら、もしかして…!お邪魔だったかしら?」
「ええ。これから、予定がありますので。失礼します」
 話を聞こうとしないその人(やたらと声が低くて不気味だった)を無視して、桐生さんが俺の手を握り早歩きでその場から去ろうとする。ちら、と顔を見上げると、桐生さんは怖い顔をしていた。
「桐生さん……?」
「音無、悪い。…嫌な思いさせたな」
「いやいや!綺麗なひとでしたね…?」
 本当は…少しだけ怖かった。あの人はこっちを見ているようで、空気か何かを見つめているようだった。会話中、ずっと桐生さんだけを見ていたのもある。もしかして…と思うけれど、詮索するのはもっと嫌だった。
 あの日の夜に電話で言っていた、桐生さんのすきな人は…どんな人なんだろう。
「…前の職場で一緒だっただけだ。気にするな」
「へぇ、そうなんですか…って、なんで俺が気にするんです?そんな必要無いでしょう」
「音無」
「俺が好きって言ったのは、人としてだからで…べつに、付き合いたいとか…そういうのじゃ……」
 腹と心は重苦しいのに、気がついたら早歩きになっていた。作り笑いしてるつもりじゃないし、何か気にしている訳でもない。俺たちはただの上司と部下であり、同人作家とただのファンだ。やきもきしている自分が醜く思えてしまう。桐生さんと俺は、ただの…同じ職場で働いているだけの間柄。そろそろ、割り切らなきゃいけない。
 足は自然と、商店街から離れていく。無意識のうちに、俺の住んでいるアパートへと少しずつ近づいていた。桐生さんが前の職場でどんな人間関係を築いていたって、俺には何も関係がない。だって…赤の他人なんだから。
「……音無、顔色が悪いぞ」
「ホントに、大丈夫ですって」
「おい、」
「そうだ、そろそろ帰っておねこの機嫌を──」

「美影!」

 桐生さんが珍しく大きな声を出して、俺の手首を掴み身体を引き寄せた。すぐ目と鼻の先に、桐生さんの整った顔がある。眼鏡のレンズ越し、じっと強い視線に見つめられて、思わず呼吸するのを忘れた。
「おれは……」
「…なんですか…?」
「おれは、お前を…ずっと大切にしたい。だからあんなの、気にするな」

 ?

「いま、なんて…?」
「だから、…美影を…その、恋愛対象としてす……、から」
 真っ赤な顔で俺を見る、桐生さんの言葉が上手く飲み込めない。途中で途切れた言葉、桐生さんは…何て言ったんだ…?
「音無は、おれを生田キリオとして好いているのだろうけど…おれはそうじゃないと、気づいたから」
「……俺は…」
 俺は、桐生さんとどうなりたかったのだろう。
 失恋したばかりで傷心だった俺に、容赦なく仕事を振る上司。差し入れのチョコにニコニコ笑う桐生光。風邪をひいて心配してくれた桐生係長。俺に幸せな時間を沢山くれた……生田キリオ。
 その全てを独り占めできるなら…悪魔と契約したっていいとすら思うのに。自分で思うような言葉が出てこない。
 だって、

「俺も」

 好きです、と言いかけて、我慢していた想いと、不安が込み上げて涙が後から後から零れてる。息が苦しくて、何も言えなくなった。慌てる桐生さんの声が、ひたすらに優しく聞こえる。いや…実際、優しいのだけど。
「あっ、な、どうした…?その…やっぱり、嫌か…?」
「ちが、ちがいます、だって…」
「……なんだっていい。無理するな。お前には、ずっと笑っていて欲しい。じゃないと、おねこ様が悲しむ」
 公衆の前で、人の目なんか何も気にもしていないかのように桐生さんが俺の身体を抱きしめた。ひゅっ、て自分が息する音が聞こえて、すぐ傍に桐生さんの鼓動を感じる。
「返事、遅くなって…ごめんな」
「え…?あ…もしかしてまだ、憶えて…?」
「当たり前だ。嬉しかったんだぞ…かなり…。最初は上司としてなのだろうと、自分に言い聞かせていたけど」
 つい先日、仕事の帰りに駅で爆弾発言した後、怖くて一目散に逃げ帰った。長い間燻っていた気持ちの名前を吐き出して、時期尚早だと落ち込むくらいには後悔していたのに。
 目元が涙で滲んだまま、笑いが出てしまう。少しずつ落ち着いてきて、桐生さんの腕の力が緩んだ。涙で濡れた俺の頬を、桐生さんが温かい手のひらでぬぐってくれる。

「……大好き、ひかるさん」
「うん。…おれも、おまえが好きだ。美影」

 この時間が永遠に続けばいいのにと、心から思った。
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