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お絵描き令嬢と舞踏会
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天幕を隔てた空間には思ってもいない光景が広がっていた。
「え?」
ネリーは、床を這い辺りに満ちようとしている黒い靄もやに驚き、びくりと肩を震わせた。靄の中心には先に確認に来ていたであろう第一王子、モーリスの姿が見える。
「殿下!」
神官達の悲鳴にも似た声。苦悶の声をあげながら胸を押さえるモーリスを囲み、彼らは必死に聖句を唱えている。
だが靄の勢いは衰えるどころか増していくように見え、いよいよモーリスの姿がとぷんと頭まで飲み込まれた時、ネリーは思わず駆け寄ろうとした。
「待て! 様子がおかしい。今は近づくよりも、一度離れて助けを呼ぶ」
制止の声と共にイアンに抱き寄せられる。
「わ、わかりました」
片手にネリーを抱いたまま、じりじりとイアンは背後の扉へと近づいていく。その目の前で魔力を使い果たしたのか次々と倒れていく神官達。すでに天幕裏にはイアンとネリー以外に立っている者はいなくなった。
あと少しもう少しでイアンの手が扉に届く、そう思ったその時、靄は一気に広がった。
「君だけでもあちらへ!」
扉の方へネリーを押し出そうとするイアン。未知の恐怖にネリーの足は竦む。それでも必死に右手を振るった。
すると靄がその動きに合わせて、するするとネリーの手元に引き寄せられて行く。
「しゅ……『収集』!」
ネリーが恐怖で詰まりながらもなんとか叫ぶ。
「パレット?」
イアンが見つめるその先、ネリーの手にはいつの間にか木製のパレットに見える物が握られていた。
ネリーの声に合わせて靄はパレットの上で渦を巻き、様々な色に分解されていく。しばらく続けていると徐々に靄は薄れて……。
「モーリス!」
顔を歪め駆け寄るイアン。ネリーは徐々に見えてきたモーリスの顔を見て、はっと息を飲む。その顔は血の気を失い一気に老いたかのように見えた。
「呪いか……」
傍に膝をついたイアンがモーリスをそっと抱き起こす。そこに届く穏やかな声。
「……『描画』」
イアンが声に振り向くと、今度はネリーの逆の手に絵筆が現れていた。迷いなく彼女の手が動き、それに合わせて空中に何かが描かれて行く。
「これは……」
浮かび上がった絵は、モーリスの姿だった。生き写しのようなその絵にイアンは息を飲む。
「……僕は、一体?」
「気がついたのか!」
モーリスの声に視線を落とすと、イアンの手の中には先ほどまでの苦しげな様子から一転、元のままの彼がいた。
「よかった……」
ネリーの安堵の言葉と共に、宙に描かれた絵が『絵画』という形を得て床に落ちる。そこで力尽きたのか彼女は膝を着いた。
ネリーの胸にはやり遂げたという満足感と、とうとうやってしまったという焦燥感でいっぱいだった。
「え?」
ネリーは、床を這い辺りに満ちようとしている黒い靄もやに驚き、びくりと肩を震わせた。靄の中心には先に確認に来ていたであろう第一王子、モーリスの姿が見える。
「殿下!」
神官達の悲鳴にも似た声。苦悶の声をあげながら胸を押さえるモーリスを囲み、彼らは必死に聖句を唱えている。
だが靄の勢いは衰えるどころか増していくように見え、いよいよモーリスの姿がとぷんと頭まで飲み込まれた時、ネリーは思わず駆け寄ろうとした。
「待て! 様子がおかしい。今は近づくよりも、一度離れて助けを呼ぶ」
制止の声と共にイアンに抱き寄せられる。
「わ、わかりました」
片手にネリーを抱いたまま、じりじりとイアンは背後の扉へと近づいていく。その目の前で魔力を使い果たしたのか次々と倒れていく神官達。すでに天幕裏にはイアンとネリー以外に立っている者はいなくなった。
あと少しもう少しでイアンの手が扉に届く、そう思ったその時、靄は一気に広がった。
「君だけでもあちらへ!」
扉の方へネリーを押し出そうとするイアン。未知の恐怖にネリーの足は竦む。それでも必死に右手を振るった。
すると靄がその動きに合わせて、するするとネリーの手元に引き寄せられて行く。
「しゅ……『収集』!」
ネリーが恐怖で詰まりながらもなんとか叫ぶ。
「パレット?」
イアンが見つめるその先、ネリーの手にはいつの間にか木製のパレットに見える物が握られていた。
ネリーの声に合わせて靄はパレットの上で渦を巻き、様々な色に分解されていく。しばらく続けていると徐々に靄は薄れて……。
「モーリス!」
顔を歪め駆け寄るイアン。ネリーは徐々に見えてきたモーリスの顔を見て、はっと息を飲む。その顔は血の気を失い一気に老いたかのように見えた。
「呪いか……」
傍に膝をついたイアンがモーリスをそっと抱き起こす。そこに届く穏やかな声。
「……『描画』」
イアンが声に振り向くと、今度はネリーの逆の手に絵筆が現れていた。迷いなく彼女の手が動き、それに合わせて空中に何かが描かれて行く。
「これは……」
浮かび上がった絵は、モーリスの姿だった。生き写しのようなその絵にイアンは息を飲む。
「……僕は、一体?」
「気がついたのか!」
モーリスの声に視線を落とすと、イアンの手の中には先ほどまでの苦しげな様子から一転、元のままの彼がいた。
「よかった……」
ネリーの安堵の言葉と共に、宙に描かれた絵が『絵画』という形を得て床に落ちる。そこで力尽きたのか彼女は膝を着いた。
ネリーの胸にはやり遂げたという満足感と、とうとうやってしまったという焦燥感でいっぱいだった。
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