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第十章 真っ暗聖女、二人の王子
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「え?」
私はイウリスの言葉を頭で何度か反芻する。
「隣国に私をですか?」
「そうだ」
「殿下は、今何が起きているのかを知らないわけではないですよね?」
イウリスは顔を逸らした。私は必死に言い募る。
「神殿へ侵入した偽聖女が起こしたという女神様の不調、そこから発生した魔力の巡りの乱れ、その影響を受け今にも魔物が溢れるというのに、それに対応できるかもしれれない私を隣国へ引き渡すと言うんですか?」
「それでもだ、それでもやらなくてはならない!」
強い声でそう言うと、イウリスは隣国の神官をちらりと見た。隣国の神官……黒い神官服なので黒神官と呼ぼう……はまったく感情の篭っていない表面上だけの笑顔を浮かべ、頷く。
「ああ、説明してくださってかまいませんよ」
なんて癇に障る笑い方をするんだろう。私は見えていないことをいいことに、一層強く黒神官を睨む。服どころか、腹の中まで真っ黒に違いない。
「……何が起こっているか知らないわけではない。この選択が何を導くのかもわかっているつもりだ」
イウリスはきつく拳を握り、低い声で続ける。
「隣国への視察を終えて船でこの大陸へと戻る所で、海の上で賊に襲われた。騎士たちの抵抗虚しく、我が妃を捕らえられ……取引を持ちかけられた」
「なっ」
同行していたはずの王太子妃の姿がないのはそういう事だったのか。私はただ、言葉を失う。
「今、我が妃は騎士と共に港にある船の中に居る。俺だけがお前を捕らえるために解放された。万が一ルルタを相手取った場合、どれだけ騎士を揃えても仕方がない。アレに敵うのは俺くらいだからな」
「大人しくついて来てくださって感謝しておりますよ、殿下」
「ついてこなければ、船ごと海の底だと脅されれば、大人しくもなる」
悔しそうな顔のイウリスと、笑顔の黒神官。……その顔、引っ掻いてやりたい。
「聖女、お前の言いたい事くらいわかる。ゆくゆくは一国を背負うのだ、国を優先しろとそう言いたいんだろう、だがどれだけ愚かだと言われても良い! 俺は王になることより、民を守ることより、ただ一人、妃だけをとる!」
イウリスの言葉は、事が国の危機でなければ、まるでお芝居の台詞のようだった。
「安心していただきたい。これから起こるのは戦争ではないのです。イウリス殿下は視察に来た際に、我が国の考え方に強く感銘を受け、未だに女神の力に頼り切りのシウナクシア王国を変えようと動いてくださっているのですよ」
「イウリス殿下に強引に王位を継承させ、国を操ろうというんですか」
私は思いっきり声に怒りを乗せて黒神官にぶつけた。が、どこ吹く風とそれを躱す。
「人聞きの悪い、我が国と貴国はこれから大きな一つの共同体となるのですよ」
そこで、黒神官は始めて胡散臭い笑顔を止め、にやりと笑った。
「まあ、その為にも適度な魔物溢れで一度国力を削いでおくんですけどね」
ぞっとする笑みだった。
「というわけで聖女様、もうすぐ魔法士が転移門の準備を終えますから、そうしたら港に向かいましょう。そこで王太子妃様と交代です。この大陸に影響を及ぼせない様にすぐに出港し、我が国へと向かいますよ」
「嫌だと言ったら」
「言えると思いますか?」
前には、イウリス、横にはいつの間にか距離を詰めて来ていた黒神官。
私はじりじりと後ずさる。が、すぐに壁に背中がぶつかった。
「意識が無い状態では転移門は使えませんから手加減はしますが、意識だけ残しても、色んな事ができるものですよ? ご経験なさりたいですか?」
物騒な言葉に私はぎゅっと唇を噛む。怖い……。
「そう脅すな。聖女、着いて来てくれるか?」
黒神官との間にイウリスが割り込み、私の手を取った。
祈る様なイウリスの目。私は、ただ頷くしかなかった。
私はイウリスの言葉を頭で何度か反芻する。
「隣国に私をですか?」
「そうだ」
「殿下は、今何が起きているのかを知らないわけではないですよね?」
イウリスは顔を逸らした。私は必死に言い募る。
「神殿へ侵入した偽聖女が起こしたという女神様の不調、そこから発生した魔力の巡りの乱れ、その影響を受け今にも魔物が溢れるというのに、それに対応できるかもしれれない私を隣国へ引き渡すと言うんですか?」
「それでもだ、それでもやらなくてはならない!」
強い声でそう言うと、イウリスは隣国の神官をちらりと見た。隣国の神官……黒い神官服なので黒神官と呼ぼう……はまったく感情の篭っていない表面上だけの笑顔を浮かべ、頷く。
「ああ、説明してくださってかまいませんよ」
なんて癇に障る笑い方をするんだろう。私は見えていないことをいいことに、一層強く黒神官を睨む。服どころか、腹の中まで真っ黒に違いない。
「……何が起こっているか知らないわけではない。この選択が何を導くのかもわかっているつもりだ」
イウリスはきつく拳を握り、低い声で続ける。
「隣国への視察を終えて船でこの大陸へと戻る所で、海の上で賊に襲われた。騎士たちの抵抗虚しく、我が妃を捕らえられ……取引を持ちかけられた」
「なっ」
同行していたはずの王太子妃の姿がないのはそういう事だったのか。私はただ、言葉を失う。
「今、我が妃は騎士と共に港にある船の中に居る。俺だけがお前を捕らえるために解放された。万が一ルルタを相手取った場合、どれだけ騎士を揃えても仕方がない。アレに敵うのは俺くらいだからな」
「大人しくついて来てくださって感謝しておりますよ、殿下」
「ついてこなければ、船ごと海の底だと脅されれば、大人しくもなる」
悔しそうな顔のイウリスと、笑顔の黒神官。……その顔、引っ掻いてやりたい。
「聖女、お前の言いたい事くらいわかる。ゆくゆくは一国を背負うのだ、国を優先しろとそう言いたいんだろう、だがどれだけ愚かだと言われても良い! 俺は王になることより、民を守ることより、ただ一人、妃だけをとる!」
イウリスの言葉は、事が国の危機でなければ、まるでお芝居の台詞のようだった。
「安心していただきたい。これから起こるのは戦争ではないのです。イウリス殿下は視察に来た際に、我が国の考え方に強く感銘を受け、未だに女神の力に頼り切りのシウナクシア王国を変えようと動いてくださっているのですよ」
「イウリス殿下に強引に王位を継承させ、国を操ろうというんですか」
私は思いっきり声に怒りを乗せて黒神官にぶつけた。が、どこ吹く風とそれを躱す。
「人聞きの悪い、我が国と貴国はこれから大きな一つの共同体となるのですよ」
そこで、黒神官は始めて胡散臭い笑顔を止め、にやりと笑った。
「まあ、その為にも適度な魔物溢れで一度国力を削いでおくんですけどね」
ぞっとする笑みだった。
「というわけで聖女様、もうすぐ魔法士が転移門の準備を終えますから、そうしたら港に向かいましょう。そこで王太子妃様と交代です。この大陸に影響を及ぼせない様にすぐに出港し、我が国へと向かいますよ」
「嫌だと言ったら」
「言えると思いますか?」
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「意識が無い状態では転移門は使えませんから手加減はしますが、意識だけ残しても、色んな事ができるものですよ? ご経験なさりたいですか?」
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「そう脅すな。聖女、着いて来てくれるか?」
黒神官との間にイウリスが割り込み、私の手を取った。
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