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第四章 真っ暗聖女、王子の約束
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「ルル様! もうやめてください!」
気がついたら、私はルルタの腕に縋り付いていた。
「訓練なのはわかっています、でもこれ以上は……」
「メイ、どうしてここに……」
ルルタは動きを止め、信じられないといったような表情で私を見た。その間に私は地に臥したままの相手に治癒の力を流し込む。
「聖女……様?」
「いきなり立ち上がらないで、そっと動いてみてください。痛い所がまだありますか?」
「……だ、大丈夫です。ありがとうございます」
私は兜部分を跳ね上げる。すると壮年男性の顔が現れた。打撲は癒やしたはずなのにまだ顔色が悪い。なんとか返事はしてくれたものの、震えながらガチガチと歯を鳴らしている。
「どこかまだ痛みが……?」
「メイ、彼はもう大丈夫だから。ね、そうだろう?」
「はいっ!」
ルルタの言葉に、彼は全身鎧の重量を感じさせない勢いで立ち上がると、その場から走り去る。一緒に、遠巻きにみていた他の騎士も姿を消していた。
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
「……それは、そのようですが……」
「それよりも、どうしてこんな所に? 今日は聖堂へ行くはずじゃなかった?」
そう問うルルタの手はそっと私の腰に回り、優しく訓練場から外へと促される。
「君がここに連れてきたの、レイリ?」
優しく穏やかな、けれど冷たいルルタの声。
「わ、私が、訓練の様子を見たいって言ったんです! 騎士様って見た事がなかったから……」
ルルタの様子に、とにかくレイリがここに導いたと気づかれてはいけないと思い、私は大きな声を出す。
レイリはただただ頭を垂れ動かない。
「僕が聖堂へ付き添うから、レイリはもう退がっていいよ」
「は、はい。申し訳ございません……」
微かに震える声で答えたレイリは、見えない手に押さえつけられているかのように、私たちが去るまで顔を上げず固まったままだった。
腰に手を添えられたままルルタと並んで歩く。しばらくはお互い言葉もなく黙々と足を進めるばかりで、沈黙が重い……。
私はそれを破る様に、思い切って口を開いた。
「先ほどは邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
私の謝罪の言葉に、ルルタは首を振る。
「メイが邪魔なんてことは絶対にないけど、危険だから急に飛び込んできては駄目だよ?」
「はい、次は気をつけます」
ゆっくりと頷いてみせると、ルルタは少し迷う様に目線を揺らし、それからそっと口を開く。
「……メイは……僕が怖くなった?」
小さな声。そこには、しゅんと項垂れているルルタがいて……。
その姿がまるで叱られた子供みたいで、思わず私は彼の手をぎゅっと握った。
「全然怖くなんかありません。さっきの訓練も何かちゃんと理由があるんでしょう?」
顔を覗き込んでそう言うとルルタは嬉しそうに、今度こそ心からだとわかる笑みを浮かべる。
「ありがとう」
手を強く握り返されて私の頬に熱が集まる。この瞬間は、顔が見えてなくて本当に良かったと思った。
熱を振り払う様に、でも手を握ったままで先に立って歩き出すと、ぽつりぽつりとルルタが話をしてくれた。
「騎士団の皆を統率しようとすると、当然強くなくては誰も言うことを聞いてくれない。統率が取れていない集団なんて、格好の魔物の餌だからね……だから、ああやって恐怖で率いてるんだ」
そう自嘲気味に言っているが、私は騎士達がそれだけでルルタに従っているわけではないように思えた。
「誰も失わない。そう、約束したんだ」
はっとする様な、真剣な声色に私は振り返る。ルルタは握った私の手を、何よりも大事な物の様に胸に抱いて、真っ直ぐに私を見つめていた。
まるで私の瞳が見えているかの様に、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。
私は何故か目を逸らせず、見つめ返すことしかできなくて。
「さあ、聖堂に行こうか」
ルルタがそう切り出してくれるまで、私はしばらくそのまま動けずにいた。
気がついたら、私はルルタの腕に縋り付いていた。
「訓練なのはわかっています、でもこれ以上は……」
「メイ、どうしてここに……」
ルルタは動きを止め、信じられないといったような表情で私を見た。その間に私は地に臥したままの相手に治癒の力を流し込む。
「聖女……様?」
「いきなり立ち上がらないで、そっと動いてみてください。痛い所がまだありますか?」
「……だ、大丈夫です。ありがとうございます」
私は兜部分を跳ね上げる。すると壮年男性の顔が現れた。打撲は癒やしたはずなのにまだ顔色が悪い。なんとか返事はしてくれたものの、震えながらガチガチと歯を鳴らしている。
「どこかまだ痛みが……?」
「メイ、彼はもう大丈夫だから。ね、そうだろう?」
「はいっ!」
ルルタの言葉に、彼は全身鎧の重量を感じさせない勢いで立ち上がると、その場から走り去る。一緒に、遠巻きにみていた他の騎士も姿を消していた。
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
「……それは、そのようですが……」
「それよりも、どうしてこんな所に? 今日は聖堂へ行くはずじゃなかった?」
そう問うルルタの手はそっと私の腰に回り、優しく訓練場から外へと促される。
「君がここに連れてきたの、レイリ?」
優しく穏やかな、けれど冷たいルルタの声。
「わ、私が、訓練の様子を見たいって言ったんです! 騎士様って見た事がなかったから……」
ルルタの様子に、とにかくレイリがここに導いたと気づかれてはいけないと思い、私は大きな声を出す。
レイリはただただ頭を垂れ動かない。
「僕が聖堂へ付き添うから、レイリはもう退がっていいよ」
「は、はい。申し訳ございません……」
微かに震える声で答えたレイリは、見えない手に押さえつけられているかのように、私たちが去るまで顔を上げず固まったままだった。
腰に手を添えられたままルルタと並んで歩く。しばらくはお互い言葉もなく黙々と足を進めるばかりで、沈黙が重い……。
私はそれを破る様に、思い切って口を開いた。
「先ほどは邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
私の謝罪の言葉に、ルルタは首を振る。
「メイが邪魔なんてことは絶対にないけど、危険だから急に飛び込んできては駄目だよ?」
「はい、次は気をつけます」
ゆっくりと頷いてみせると、ルルタは少し迷う様に目線を揺らし、それからそっと口を開く。
「……メイは……僕が怖くなった?」
小さな声。そこには、しゅんと項垂れているルルタがいて……。
その姿がまるで叱られた子供みたいで、思わず私は彼の手をぎゅっと握った。
「全然怖くなんかありません。さっきの訓練も何かちゃんと理由があるんでしょう?」
顔を覗き込んでそう言うとルルタは嬉しそうに、今度こそ心からだとわかる笑みを浮かべる。
「ありがとう」
手を強く握り返されて私の頬に熱が集まる。この瞬間は、顔が見えてなくて本当に良かったと思った。
熱を振り払う様に、でも手を握ったままで先に立って歩き出すと、ぽつりぽつりとルルタが話をしてくれた。
「騎士団の皆を統率しようとすると、当然強くなくては誰も言うことを聞いてくれない。統率が取れていない集団なんて、格好の魔物の餌だからね……だから、ああやって恐怖で率いてるんだ」
そう自嘲気味に言っているが、私は騎士達がそれだけでルルタに従っているわけではないように思えた。
「誰も失わない。そう、約束したんだ」
はっとする様な、真剣な声色に私は振り返る。ルルタは握った私の手を、何よりも大事な物の様に胸に抱いて、真っ直ぐに私を見つめていた。
まるで私の瞳が見えているかの様に、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。
私は何故か目を逸らせず、見つめ返すことしかできなくて。
「さあ、聖堂に行こうか」
ルルタがそう切り出してくれるまで、私はしばらくそのまま動けずにいた。
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