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第三章 真っ暗聖女、聖女のお役目
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「大丈夫ですよ、気にしないでください」
この姿で、悪いことばかりではなかったし。本当に自分を大事にしてくれる人が誰なのかも良くわかったから。
『ごめんなさい! 魔力の巡りが整えば、役目も終わりその加護も消えるわ。期間としては、大体一年位になると思うのだけど』
「それでは、その役目が終わったら村に帰れますか?」
『帰りたいの? 今までの皆は、聖女の称号と王族との婚姻を喜んでいたのだけど』
女神様はきょとんとした顔でそう言う。
「役目が終わったら、もう私は聖女とは言えないでしょうから。それに私は王城より、今まで通り村で治癒術士として暮らすのが向いています」
加護がなくなり顔が見えるようになったら、きっとルルタはがっかりするだろう。軽口を叩ける相手には『美貌』だなんて嘯いていたけれど、記憶の中の自分の顔は10人並みのこれといって特徴のない顔。
あんな美しく優しく身分も高い人、本来なら相手はよりどりみどりだろうに、私という『聖女』が現れたがばっかりに望んでもいない結婚をする事になってしまった。
彼は私が聖女であればこそ尊重し、大事にしてくれているだけ。それなのに役目が終わってまで優しさに甘え続けるのは、許されない事だと思う。
『白い結婚』が証明できれば、婚姻の解消も簡単に行くだろうし。
『そうなの? その辺りは貴方の希望が通る様に神官達にそれとなく伝えておくわね。元々、王族と聖女の結婚は、私がちょっとしたお礼になればと始めた慣習だから、なんとかできると思うわ』
「ありがとうございます」
女神は礼を言う私を通り越し、その向こうに目をやってから口を開く。
『今日はここまでのようね。また呼ぶわ、私の聖女』
「はい、お待ちしています」
女神の姿が薄れて行く。それを見送りながら私は、目覚めの気配に身じろいで。
「メイ、メイ!」
肩を揺すられて、私はゆっくりと目を開いた。至近距離に琥珀の瞳があって驚く。
「ルル様」
私の声を聞いて、ルルタはほっと息をついた。
「メイナ、良かった……」
「え?」
私は状況がわからず、辺りを見回す。右手にも左手にも本の山。私は聖女の記録を調べながら、机の上に突っ伏して眠っていた様で。
「ラウミが、貴方が声をかけても起きないと、真っ青な顔で僕を呼びに来たんだよ」
ルルタの後方にラウミの姿も見える。白い頬が血の気を失っていて、私は申し訳ない気持ちで一杯になる。
「あの、実は今、女神様からの神託がございまして」
隠す事でもないので私が素直にそう告げると、ルルタは一瞬表情を消し、すぐに微笑みを浮かべた。
私はその一瞬に見たまるで別人のように冷たい顔に何度も目を瞬く。でもそこには優しい笑顔のルルタが居るばかり。
……見間違い、よね。
「それは良かった! すぐに陛下にもお伝えしなくてはね」
「はい! すぐに」
ラウミが扉を開けて外に控えている衛兵に言付けている様子を眺めていると、ルルタが私の手を取り顔を寄せて来た。
「歴代の聖女は皆、神託の内容を秘匿していたけど、メイもやっぱり言えないの?」
「……それは……」
私はそれだけしか言えなくて、顔を伏せる。
『聖女としての在り方を尊重する』そんな風に言ってくれた人に、まさかあの内容を伝えるなんて、とてもできなくて。
「危険なことではないんだよね?」
「はい! それは大丈夫です!」
強く言い切ると、ようやくルルタは納得したように私から離れた。
「それなら、いいんだけど。無理はしないでね」
柔らかな微笑みをたたえてそう言うルルタに、本当のことを言えない自分が申し訳なくて、私はちくりと痛む胸をそっと押さえた。
この姿で、悪いことばかりではなかったし。本当に自分を大事にしてくれる人が誰なのかも良くわかったから。
『ごめんなさい! 魔力の巡りが整えば、役目も終わりその加護も消えるわ。期間としては、大体一年位になると思うのだけど』
「それでは、その役目が終わったら村に帰れますか?」
『帰りたいの? 今までの皆は、聖女の称号と王族との婚姻を喜んでいたのだけど』
女神様はきょとんとした顔でそう言う。
「役目が終わったら、もう私は聖女とは言えないでしょうから。それに私は王城より、今まで通り村で治癒術士として暮らすのが向いています」
加護がなくなり顔が見えるようになったら、きっとルルタはがっかりするだろう。軽口を叩ける相手には『美貌』だなんて嘯いていたけれど、記憶の中の自分の顔は10人並みのこれといって特徴のない顔。
あんな美しく優しく身分も高い人、本来なら相手はよりどりみどりだろうに、私という『聖女』が現れたがばっかりに望んでもいない結婚をする事になってしまった。
彼は私が聖女であればこそ尊重し、大事にしてくれているだけ。それなのに役目が終わってまで優しさに甘え続けるのは、許されない事だと思う。
『白い結婚』が証明できれば、婚姻の解消も簡単に行くだろうし。
『そうなの? その辺りは貴方の希望が通る様に神官達にそれとなく伝えておくわね。元々、王族と聖女の結婚は、私がちょっとしたお礼になればと始めた慣習だから、なんとかできると思うわ』
「ありがとうございます」
女神は礼を言う私を通り越し、その向こうに目をやってから口を開く。
『今日はここまでのようね。また呼ぶわ、私の聖女』
「はい、お待ちしています」
女神の姿が薄れて行く。それを見送りながら私は、目覚めの気配に身じろいで。
「メイ、メイ!」
肩を揺すられて、私はゆっくりと目を開いた。至近距離に琥珀の瞳があって驚く。
「ルル様」
私の声を聞いて、ルルタはほっと息をついた。
「メイナ、良かった……」
「え?」
私は状況がわからず、辺りを見回す。右手にも左手にも本の山。私は聖女の記録を調べながら、机の上に突っ伏して眠っていた様で。
「ラウミが、貴方が声をかけても起きないと、真っ青な顔で僕を呼びに来たんだよ」
ルルタの後方にラウミの姿も見える。白い頬が血の気を失っていて、私は申し訳ない気持ちで一杯になる。
「あの、実は今、女神様からの神託がございまして」
隠す事でもないので私が素直にそう告げると、ルルタは一瞬表情を消し、すぐに微笑みを浮かべた。
私はその一瞬に見たまるで別人のように冷たい顔に何度も目を瞬く。でもそこには優しい笑顔のルルタが居るばかり。
……見間違い、よね。
「それは良かった! すぐに陛下にもお伝えしなくてはね」
「はい! すぐに」
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「……それは……」
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「危険なことではないんだよね?」
「はい! それは大丈夫です!」
強く言い切ると、ようやくルルタは納得したように私から離れた。
「それなら、いいんだけど。無理はしないでね」
柔らかな微笑みをたたえてそう言うルルタに、本当のことを言えない自分が申し訳なくて、私はちくりと痛む胸をそっと押さえた。
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