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30-自分の気持ちも忘れずに伝えましょう。

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 深く咬み合わせた角度で、口内を嬲られる。
 上顎の薄い粘膜を、大悟の舌がぞろりと撫でていった。口いっぱいに広がるざわっとした快感に、顎がひとりでに開いてしまう。そのなかを、厚めの舌が好き勝手に動きまわっている。

 口を大悟でいっぱいに塞がれる感覚が気持ちいい。自分のなか全部が大悟で埋め尽くされたみたいだ。

 舌の横側を根元から舐められて、背筋まで震えるような快感から逃げたがった俺の舌が浮きあがる。その隙間に大悟の舌が入り込んで、舌下の窪みと舌裏を同時に舌先で擽られた。
 途端にじわりと唾液が溢れてくる。それを俺が飲みくだす前に、大悟の舌がそれをぐしゅぐしゅと掻き混ぜた。頭のなかまで掻き混ぜられるようなその感覚に、思考がぼんやりと蕩けていく。

 唇の隙間から唾液が零れそうになるのも構えないほど、口のなかを大きく大悟へと明け渡す。そこを、じゅるりと音を立てて啜られた。その音にも振動にも感じ入って、また身体のどこかから力が抜けていく。
 もはや逃げることも忘れた舌をちゅるりと吸われた。深く咬み合わせたそのあいだで、大悟の舌に支えられたままの俺の舌に、硬い前歯が甘く食い込んだ。

 二日前にはもっと深いところで繋がったはずなのに、互いの一部が互いのなかにあると思うと、それだけで例の焦燥感がせつないほど胸いっぱいに広がった。
 いまならもうわかる。すでに馴染みとなったこの焦燥感は、『好き』って気持ちだ。
 俺、本当に大悟が好きなんだ。

 大悟に伝えたい。この、いまにも喉を突き破って溢れ出ようとしている想いを。
 大悟に知っていてほしい。俺の身体を支配し占領しているこの気持ちを。


「ん、ああッ」
 ボトムの前立てをそっと撫でられた。ズキリと走った快感の衝撃に思わず顎を引くと、口づけが解けて素直な喘ぎが口を突いて出る。

 いつの間にか抱擁は解かれていた。大悟のキスを受けながら、大悟へと向かう心地いい感情に身を浸すことに夢中になって、壁に押さえつけられていたのも気づかなかった。
 大悟の左手は俺のうなじへ、右手は俺の股間へ、どちらもいたずらに余念がない。そんな些細な動きにも感じてしまって、背を壁に着いていなければしゃがみ込んでいるところだった。

「ゆきなり、キスだけで勃ったんだ。やらしいな」
 甘い雰囲気を纏った声でそんな風に言われたら、キスする前からすでに半勃ちだったとは言いづらい。
「ゆきなりのやらしい身体、好きだよ」
 ふたたび唇を寄せながら、大悟が俺の口のなかへと囁く。すぐさま熱い口づけが俺を襲った。


 でも、先ほどのようにはキスに酔えなかった。まだ身体は熱いままなのに、まるで快感の受け取りを拒否するように、どんどん感度が鈍くなっていく。その一方で、胸のなかだけは頻りにざわざわとして忙しなかった。

 ああ、大悟が欲しいのはやっぱり……。
 胸中を満たしていた大悟への想いが、行き場を見失って暴れだす。さっきまで、あんなにも澄んでて、真っ直ぐで、気持ちのよかった想いが、いまではどろりと濁って、重くて痛い。

 もしこの気持ちを打ち明けたら、大悟も重たいと感じてしまうだろうか。欲しいのは身体だけで、気持ちまで押しつけられたら迷惑だと思うだろうか。
 親友として、セフレとしての関係は受け入れられても、恋人としてまではと……。


「うあッ、やッ」
 ボトムの上から少しキツめにペニスを握られて、声とともに顎があがった。どろりと重い感情を胸に抱えたまま、身体だけが鋭い刺激に反応する。

「幸成、なに考えてる?」
 低くて硬い、それでいて少し怖い声が降ってきた。後頭部を大きな手で固定され、目を真っ直ぐに覗き込まれる。さっきまで纏わりついていた甘い雰囲気は、もうどこにもない。

 唐突な不穏に驚きながら見つめ返した大悟の瞳は、何かを一途に追い求めているような強い輝きを放っていた。その光に引きずられるようにして、俺の気持ちもまた大悟へと向かいはじめる。

 いやだ。やっぱりセフレじゃ嫌だよ。
 身体だけじゃなくて、俺の気持ちも心も、全部を欲しがってほしい。
 俺は、大悟の丸ごと全部が欲しいのに。

「集中できない?」
 大悟が少し声を和らげて、ペニスを握る力も緩めてくれた。そのままそこを撫で回されたけど、やっぱり感触はあっても快感は湧いてこない。こんなこと、初めてだ。

「ベッドでしたほうがいいか?」
 違う。そんな問題じゃない。このままベッドへ行ったって、俺の欲しいものがそこにないことはわかっていた。
 欲しがってもいいだろうか。大悟の望む形じゃないものを。もっと濃くて深い関係を。


 そこまで考えて、そういえばこの前の夜にも予感めいたものを感じていたなと思い出す。確か、服を脱がされそうになったときのことだ。
 あのとき俺は、シャツを脱いで大悟と素肌を触れ合わせることで、何もかもを晒し明け渡してしまう気がすると、二人の関係が変わってしまうことに怖気づいてんだ。

 そうか。俺、また怖気づいてるんだ。
 あのときは、自分で自分がわからなくて怖かった。でもいまは、親友よりも濃密で、セフレよりもずっと深い関係になりたいと、はっきり自覚して望んでる。

 怖気づくな。明け渡してしまえ。
 最悪セフレを解消されても、親友としてのポジションは残るじゃないか。大悟を口説くって、決めただろ。怖がってばかりじゃ、望むものは手にできないんだから。


 そうやって自分で自分を鼓舞していたら、いきなり大悟に脚を掬われ抱きあげられた。

「え、ちょ、待って、大悟っ」
 何を焦っているのか、顔を強張らせた大悟は、俺の制止の声も無視して急いで部屋へとあがり込む。まだ脱いですらいなかったスニーカーが、抱えられた足先でぶらぶら揺れた。

 いやだ。このままベッドへ行きたくない。
「大悟、ほんとに待ってっ」
 寝室へと向かう大悟を引き留めたくて、太いその首にしがみつく。「おねがい」と小さくねだってやっと、とまってもらうことができた。

 でも、
「やっぱり俺じゃダメなのか? 他の奴らより経験が少ないから?」
 なんて思いもよらないことを大悟が言いだした。それは、押し込めたものを無理やり引き摺り出したような声だった。

「違っ、そんなの関係ないよっ」
 反射的に否定したけど、正直驚いた。大悟がそんなことを気にしてたなんて。
 苦しげな声に表情を確認したかったけど、強い力で肩を抱かれて、大悟に抱きついた身体を捻ることは叶わなかった。

「じゃあ何が嫌なんだ? なんで急に」
 大悟にはバレてたんだ。大悟のキスに蕩けてた俺が、急に気持ちが着いてこれなくなっていたことに。でも、その理由がわからなくて不安になってる。見当違いな答えを導いてしまうほどに。

 そうさせてるのは、俺だ。ちゃんとしなくちゃ。
「このままじゃ嫌なんだ。このまま、セフレとして抱かれるのが」
「……どういうことだ?」
 俺の言葉に、大悟が不思議そうに問い返す。当然だ。セフレになると承諾したばかりで、こんなことを言い出されたんじゃ、混乱したって仕方がない。


 ごめんな。大悟の気持ちを掻き乱すような真似をして。
 言うから。ちゃんと。自分の気持ちを素直に伝える。

 ああ、めちゃくちゃ緊張する。
 考えてみたら、口説くだけじゃなく、告白するのも初めてだ。いや、恋自体が初めてなんだ。いつ生まれたのかわからない、ゆっくり育った恋だけど、俺にとってはこれが初恋なんだ。

 鼓動が強すぎて、心臓が痛い。あまりの緊張に涙腺までがじわりと緩んできた。少しは落ち着けよと、腕のなかの愛しい匂いを大きく吸い込む。

「セフレじゃイヤだ。恋人がいい。大悟、俺の身体だけじゃなくて、心も全部欲しがって」
 抱きつく腕を強くして、ひと息にそう言った。
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