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20-【ダメ見本】嫉妬はほどほどに。
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聞き覚えのある名前に、まさかと思いつつ意識を奪われる。
「え、西原って、西原大悟? 経済学部一年の、あのデッカイ?」
「そうそう、あのチョー寡黙な壁みたいな人!」
「え~、確かに見た目はいいけど……」
「だよねえ~ぜんぜん喋んないんだよ~カンペキ壁だよ~? 壁に告白とかする~?」
まさに大悟の噂話だった。けどなんか、どう反応していいのやら。
大悟のよさを理解してもらえないのは、いつものことだ。『壁みたい』という表現は初めて聞いたが、それにもまあ異論はない。
加えて、大悟の見た目のよさにつられて告白してくる女がいるのも承知していた。髪が伸びてからだから、この半年ほどの話だけど。
大悟に髪を伸ばすように言ったのは、やっぱり失敗だったかなぁ。でも、あのままじゃ……。
バスケ部にいた頃の大悟は、ずっと坊主刈りだった。かといって、坊主刈りにこだわりがあるわけでもなく、小さい頃から通っていた理髪店なら髪型の注文をしないで済むというのがその理由だ。
身体に厚みがなくて、ヒョロリとした印象の中学時代はそれでよかった。だけど、高校に入って長身に見合った厚みを手に入れた大悟は、ちょっと問題だったんだ。
いや、俺がひとりで問題にしてただけだけど。
元々の顔がいいせいか、アンバランスな違和感が抜けた途端、坊主刈りの大悟は妙な色気を醸し出すようになった。
修行中の美形僧侶というか、訓練済みの美形帝国軍人というか。
寡黙なところも相まって、大悟を見るたびにストイックで倒錯的な妄想が広がりそうになった俺は、ひとりで頭を抱えるようになったんだ。
それであえなく部活引退後には髪を伸ばすよう進言するはめになったんだけど、髪が伸びていまどきの髪型になった大悟は、俺の妄想を刺激しなくなった代わりに、女子の視線を誘うようになってしまった。
卒業までの短いあいだだったけど、何度呼びだされたことか。
「それがね、西原くん、バイトで家庭教師してるのよ。そのうちのひとりが私の従妹でさ」
「ええっ! 西原くんにカテキョなんてできるのっ!?」
俺が、果敢にも大悟へアタックしていた女子たちを思い出しているあいだにも、大悟の噂話は続いていた。
無口な大悟が家庭教師。信じられないのも無理はないけど、できるんだな、これが。
極度に無口な大悟は、勉強で躓いても先生に質問することはない。いつもじっくり考え、自力で乗り越えてしまう。
そのせいか、人が迷っている箇所の見当がズバ抜けて鋭いんだ。しかも、テキストの一部を丸で囲むだけで、相手のレベルに見合ったヒントを与える。
ヒント以上の解説がない分、自分で考える力がつくらしく、大悟の手を離れた生徒たちは、群を抜いて伸びがいいらしい。じつは俺もその一人だったりする。
「それが、スゴイ人気なんだって。なのに、母親経由でしか引き受けないらしくて、その従妹もコネ使いまくったって言ってた」
「へぇ~意外ぃ~」
四人ほどのお喋りグループのなかで、大悟の『ただの壁』という認識がしだいに崩れていく。
なんなんだ、この女。情報がやけに正確だ。もしかして大悟の父親についても、情報を掴んでいるかもしれない。
大悟に家庭教師の話を持ってきたのは、確かに母親だ。大悟の母親は、大悟がまだ幼い頃に家を出て独立し、いまは学習塾の経営をしているんだ。塾が忙しくなってからは母親のほうから会いに来ることは減ったが、大悟が大きくなってからは、ときどき呼びつけられる形でいまでも会っているようだった。
以前、大悟に聞いた話では、『押しが強くて面倒くさい人』だという評価だった。家庭教師のバイトを回してくるときも、『少しは社会を知りなさい』という建前を振りかざすんだとか。
でも、たとえ息子を、落ちこぼれたちの受け皿として利用していても、気にかけ信頼してくれる分だけ、父親よりはマシだと俺は思ってる。
「その関係からの情報でね。じつは西原くん。ニシハラ不動産の御曹司なんだって」
「えええッ! マジでー?!」
ああ、やっぱり。漏れるところには漏れちゃうんだな。
俺が、大悟の父親がデカい会社の社長さんだと知ったのは、中学のときだった。
初めはその規模に驚いたけど、大悟の実家がどうだろうと俺には関係ないし、大悟は相も変わらず大悟だし、昔もいまも、そのことについてはどうとも思っていない。
ただ、通いの家政婦さんともすれ違いで、父親もほとんど帰らないような大きな家に、大悟がひとりで過ごしてるのかと思うと、どうにもせつなくなるだけだ。
本人は小さな頃からずっとそんな感じだったからか、俺が大悟の家の話を聞いてせつなくなる理由を理解できないみたいだったけどな。
「あ! そう言われてみれば、前に西原くんがバイクに乗ってるの見たことある! 大型の、すっごいカッコいいヤツ!」
それはきっと、大悟の母親が大学の合格祝いにと買い与えたものだ。バイトにも便利だからといきなり送りつけられて、大悟は仕方なく大型二輪免許を取りに教習所へ通っていた。
確かに、あのバイクはカッコいい。二人乗りもできる黒の大型スクーターは、シャープなボディラインがスクーターっぽさを打ち消してワイルドな印象だった。
最初はそのデカさに威嚇されて尻込みしていたが、同じくデカい大悟が乗ってしまうとそれもない。たぶん標準体型の男が乗ってたら、女子たちだって引いだだろうに。
「すごーい! ハイスペックじゃん! 佳奈だけズルい~私もアタックする~」
「壁に?」
「壁でもいい~大型バイク乗りこなす金の壁~後ろに乗って抱きついてあげる~」
出た女の武器だ~というツッコミに、ドッと笑い声が沸く。
それ以上はとても聞いていられなくて、俺は静かに席を立った。背後で続けられる「でもさ、でもさ、西原くんていつも一緒にいるよね、ほらあの」という、やや潜めた声に続いた騒がしい歓声を振りきって、足早にキャンパスを歩く。彼女たちが見えなくなったところで足を踏み鳴らしてみたけど、そんなことじゃこの腹立ちを散らすことはできそうもなかった。
幸い中学高校時代には、大悟の家庭についての噂が立ったことは一度もなかった。変わり者の大悟に近づこうとする輩自体が少なかったせいだ。
でも、大学ではそうもいかないらしい。
あんな、大悟の本当の姿を見もしないブランド志向の女たちに、頭のいい大悟が騙されるわけがない。そうは思いつつも、母親の押しには弱い大悟のことだ。万が一、ってことがあるかも……。
大悟が万が一……あの女たちに押し倒されたり、跨られたりなんかしたら。
そ、そんなのっ、許せるかッ!
大悟に跨り、見事に押し流した俺に、そんなこと言う資格がないのはわかってる。
わかってるけど、嫌なものは嫌だっ!
自分が実践した分だけ、大悟へ迫る女たちの映像がリアルに脳内で再現されてしまう。怒りと嫌悪に沸騰した頭は血流がよくなっているせいか、見たくもない嫌なシーンが次々と入れ替わり、否定しても拒否しても再生がとまらない。
自分の想像に胸が焼けて、吐き気まで催した。
「ああっ、もうっ!」
思わず苛立ちを大声に込めて吐きだすと、擦れ違った学生が驚いた顔をして避けて通った。
落ち着け、俺。大悟はまだ女たちの毒牙にかかった訳じゃない。
でも、この噂話がさらに広がれば、大悟を狙う女たちも増えるだろう。危険性は増すばかりだ。
万が一なんて、あってたまるか。あんな女たちにくれてやるくらいなら、大悟は俺がもらう。
もう恋人だの、セフレだのの、線引きなんてどうでもいい。
大悟は俺のだ。俺が落とす。
そんな決意をキャンパスのど真ん中でするのもどうなんだろう。
自分本意な決意に満足したのか、いくらかスッキリした頭で自分にツッコミを入れていると、手のなかのスマホが『ヴヴッ』と音を立てて震え出した。
「え、西原って、西原大悟? 経済学部一年の、あのデッカイ?」
「そうそう、あのチョー寡黙な壁みたいな人!」
「え~、確かに見た目はいいけど……」
「だよねえ~ぜんぜん喋んないんだよ~カンペキ壁だよ~? 壁に告白とかする~?」
まさに大悟の噂話だった。けどなんか、どう反応していいのやら。
大悟のよさを理解してもらえないのは、いつものことだ。『壁みたい』という表現は初めて聞いたが、それにもまあ異論はない。
加えて、大悟の見た目のよさにつられて告白してくる女がいるのも承知していた。髪が伸びてからだから、この半年ほどの話だけど。
大悟に髪を伸ばすように言ったのは、やっぱり失敗だったかなぁ。でも、あのままじゃ……。
バスケ部にいた頃の大悟は、ずっと坊主刈りだった。かといって、坊主刈りにこだわりがあるわけでもなく、小さい頃から通っていた理髪店なら髪型の注文をしないで済むというのがその理由だ。
身体に厚みがなくて、ヒョロリとした印象の中学時代はそれでよかった。だけど、高校に入って長身に見合った厚みを手に入れた大悟は、ちょっと問題だったんだ。
いや、俺がひとりで問題にしてただけだけど。
元々の顔がいいせいか、アンバランスな違和感が抜けた途端、坊主刈りの大悟は妙な色気を醸し出すようになった。
修行中の美形僧侶というか、訓練済みの美形帝国軍人というか。
寡黙なところも相まって、大悟を見るたびにストイックで倒錯的な妄想が広がりそうになった俺は、ひとりで頭を抱えるようになったんだ。
それであえなく部活引退後には髪を伸ばすよう進言するはめになったんだけど、髪が伸びていまどきの髪型になった大悟は、俺の妄想を刺激しなくなった代わりに、女子の視線を誘うようになってしまった。
卒業までの短いあいだだったけど、何度呼びだされたことか。
「それがね、西原くん、バイトで家庭教師してるのよ。そのうちのひとりが私の従妹でさ」
「ええっ! 西原くんにカテキョなんてできるのっ!?」
俺が、果敢にも大悟へアタックしていた女子たちを思い出しているあいだにも、大悟の噂話は続いていた。
無口な大悟が家庭教師。信じられないのも無理はないけど、できるんだな、これが。
極度に無口な大悟は、勉強で躓いても先生に質問することはない。いつもじっくり考え、自力で乗り越えてしまう。
そのせいか、人が迷っている箇所の見当がズバ抜けて鋭いんだ。しかも、テキストの一部を丸で囲むだけで、相手のレベルに見合ったヒントを与える。
ヒント以上の解説がない分、自分で考える力がつくらしく、大悟の手を離れた生徒たちは、群を抜いて伸びがいいらしい。じつは俺もその一人だったりする。
「それが、スゴイ人気なんだって。なのに、母親経由でしか引き受けないらしくて、その従妹もコネ使いまくったって言ってた」
「へぇ~意外ぃ~」
四人ほどのお喋りグループのなかで、大悟の『ただの壁』という認識がしだいに崩れていく。
なんなんだ、この女。情報がやけに正確だ。もしかして大悟の父親についても、情報を掴んでいるかもしれない。
大悟に家庭教師の話を持ってきたのは、確かに母親だ。大悟の母親は、大悟がまだ幼い頃に家を出て独立し、いまは学習塾の経営をしているんだ。塾が忙しくなってからは母親のほうから会いに来ることは減ったが、大悟が大きくなってからは、ときどき呼びつけられる形でいまでも会っているようだった。
以前、大悟に聞いた話では、『押しが強くて面倒くさい人』だという評価だった。家庭教師のバイトを回してくるときも、『少しは社会を知りなさい』という建前を振りかざすんだとか。
でも、たとえ息子を、落ちこぼれたちの受け皿として利用していても、気にかけ信頼してくれる分だけ、父親よりはマシだと俺は思ってる。
「その関係からの情報でね。じつは西原くん。ニシハラ不動産の御曹司なんだって」
「えええッ! マジでー?!」
ああ、やっぱり。漏れるところには漏れちゃうんだな。
俺が、大悟の父親がデカい会社の社長さんだと知ったのは、中学のときだった。
初めはその規模に驚いたけど、大悟の実家がどうだろうと俺には関係ないし、大悟は相も変わらず大悟だし、昔もいまも、そのことについてはどうとも思っていない。
ただ、通いの家政婦さんともすれ違いで、父親もほとんど帰らないような大きな家に、大悟がひとりで過ごしてるのかと思うと、どうにもせつなくなるだけだ。
本人は小さな頃からずっとそんな感じだったからか、俺が大悟の家の話を聞いてせつなくなる理由を理解できないみたいだったけどな。
「あ! そう言われてみれば、前に西原くんがバイクに乗ってるの見たことある! 大型の、すっごいカッコいいヤツ!」
それはきっと、大悟の母親が大学の合格祝いにと買い与えたものだ。バイトにも便利だからといきなり送りつけられて、大悟は仕方なく大型二輪免許を取りに教習所へ通っていた。
確かに、あのバイクはカッコいい。二人乗りもできる黒の大型スクーターは、シャープなボディラインがスクーターっぽさを打ち消してワイルドな印象だった。
最初はそのデカさに威嚇されて尻込みしていたが、同じくデカい大悟が乗ってしまうとそれもない。たぶん標準体型の男が乗ってたら、女子たちだって引いだだろうに。
「すごーい! ハイスペックじゃん! 佳奈だけズルい~私もアタックする~」
「壁に?」
「壁でもいい~大型バイク乗りこなす金の壁~後ろに乗って抱きついてあげる~」
出た女の武器だ~というツッコミに、ドッと笑い声が沸く。
それ以上はとても聞いていられなくて、俺は静かに席を立った。背後で続けられる「でもさ、でもさ、西原くんていつも一緒にいるよね、ほらあの」という、やや潜めた声に続いた騒がしい歓声を振りきって、足早にキャンパスを歩く。彼女たちが見えなくなったところで足を踏み鳴らしてみたけど、そんなことじゃこの腹立ちを散らすことはできそうもなかった。
幸い中学高校時代には、大悟の家庭についての噂が立ったことは一度もなかった。変わり者の大悟に近づこうとする輩自体が少なかったせいだ。
でも、大学ではそうもいかないらしい。
あんな、大悟の本当の姿を見もしないブランド志向の女たちに、頭のいい大悟が騙されるわけがない。そうは思いつつも、母親の押しには弱い大悟のことだ。万が一、ってことがあるかも……。
大悟が万が一……あの女たちに押し倒されたり、跨られたりなんかしたら。
そ、そんなのっ、許せるかッ!
大悟に跨り、見事に押し流した俺に、そんなこと言う資格がないのはわかってる。
わかってるけど、嫌なものは嫌だっ!
自分が実践した分だけ、大悟へ迫る女たちの映像がリアルに脳内で再現されてしまう。怒りと嫌悪に沸騰した頭は血流がよくなっているせいか、見たくもない嫌なシーンが次々と入れ替わり、否定しても拒否しても再生がとまらない。
自分の想像に胸が焼けて、吐き気まで催した。
「ああっ、もうっ!」
思わず苛立ちを大声に込めて吐きだすと、擦れ違った学生が驚いた顔をして避けて通った。
落ち着け、俺。大悟はまだ女たちの毒牙にかかった訳じゃない。
でも、この噂話がさらに広がれば、大悟を狙う女たちも増えるだろう。危険性は増すばかりだ。
万が一なんて、あってたまるか。あんな女たちにくれてやるくらいなら、大悟は俺がもらう。
もう恋人だの、セフレだのの、線引きなんてどうでもいい。
大悟は俺のだ。俺が落とす。
そんな決意をキャンパスのど真ん中でするのもどうなんだろう。
自分本意な決意に満足したのか、いくらかスッキリした頭で自分にツッコミを入れていると、手のなかのスマホが『ヴヴッ』と音を立てて震え出した。
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