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62-彼の人魚の安定剤
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お客の顔ぶれを見たベリルが、慌てて俺をデッキに引っ張りあげた。
人魚の里であったことを考えれば無理もない。
リーダーに体当たりを食らい、あんなに深い海底で気を失った俺は、ベリルがいなければ確実に死んでいた。
頭ではそのことを理解しているんだが……意識がなかったせいか、それともベリルのことの方が重要だと思っているせいか、俺自身は人魚たちにあまり警戒心が湧かなかった。
でも、瀕死の俺を目の当たりにしたベリルは違う。
俺をデッキの中央まで引き摺った姿勢のままで座り込み、俺の背中に隠れるようにして抱きつき離れなくなった。
さがった体温がなかなか戻ってこない俺としては、背中のぬくもりは非常にありがたい。
「海の上は眩しくてダメねぇ。さっさと話をつけましょう、ベリル」
ゆったりとした口調でベリルに話しかけているのは、たぶんベリルに話があると言っていた大婆様だ。
と言っても、『大婆』などという表現は似合わないほどに若々しい。人間で言えば、五十代くらいにしか見えない。
そういう意味で言うなら、おばあさまも同じだ。せいぜい四十代といったところだ。
この二人……見た目も雰囲気もそっくりだな。もしかして姉妹だろうか。
俺がそんなことを考えていると、俺の背後でベリルがふるふると首を振った。
大婆様の言葉に応えたつもりだろうが……。
そんなところで意思表示したって、誰にも見えないぞ、ベリル。
「ちょっとベリルっ! 顔くらい見せたらどうなのよっ!」
リーダーがベリルに対してやけに攻撃的だ。里へ戻る前はもう少し穏やかだった気がするが、もはや歩み寄る余地もないんだろうか。
そのリーダーの手元に、金色に輝く光の束を見つけてしまった。
嘘だろ、おい……まさか、あれは……ベリルの髪じゃないだろうな!?
だるい身体は一向に俺の言うことを聞きたがらなかったが、どうしても気になって無理やり振り向いた。
そうして、俺にしがみついてるベリルの肩先に、不揃いに切られた髪の先を見つけてしまう。
血の気がさらに引いていくのが自分でもわかった。
いつだ? 誰にやられた?
ベリルの髪は、ベリルの精神安定剤だったはずだ。不安になってはしがみつき、泣きたくなっては顔を埋めていた。
それを……それなのに、いったい誰が?
「ベリル……その髪、どうしたんだ?」
震えそうになる声をなんとか押さえつけて、ベリルにやさしく問いかけた。
「……切った。自分で」
自分でっ!?
「いいんだ。髪の毛くらい、どうってことない」
そんなこと言って……まだ情緒不安定なんだろう。話し方も、いつもよりぶっきら棒になってるじゃないか。
「どうってことないって言ったって……」
いまだって、あの長い髪があれば、もう少し落ち着けるんじゃないのか?
「本当にいいんだ。キングがいるから……髪はもういい」
……どういう意味だ?
俺がベリルの言葉の意味を掴みあぐねていると、俺の背中にくっついていたベリルの頭がさらにぐりぐりと押しつけられる。
「ちょっと、そこ! いちゃついてんじゃないわよ!」
リーダーが苛立たしげに怒鳴った。
いちゃついてるつもりはまったくないんだが……まあ、傍目にはそう見えるんだろうな。
目を吊り上げてるリーダーには悪いが……これはちょっと気分がいい。
「ほら、ベリル。みんなで相談しよう。きっといい方法が見つかるから」
「嫌だ」
「嫌だじゃないよ。ベリルは半分人魚だろ? ベリルの仲間がまったくいなくなったら、俺も困る」
「なんで? 僕はキングがいればそれでいいよ……」
う……なんてことを……そういうことは、ふたりきりのときに言ってくれ。いま言われたって、キスの一つもできないじゃないか。
「ベリルにもしものことがあったとき、相談できる相手が誰もいないんじゃ俺も不安だ。俺は人魚のことをなにも知らないから……」
半分人魚で半分人間のベリルに、この先どんなことが起こるのかは、誰にもわからない。
ベリルの味方は少しでも多い方がいいに決まってるんだ。
「……このままでも、いい?」
細く頼りない声だった。
ほらやっぱり……いつも抱きしめてた髪がないから……。
「顔くらい見せなさいよね!」
「キングとくっついてないとムリっ!!」
リーダーからの再三の怒声に、ベリルが怒鳴り返した。
やばい。顔がニヤけそうだ。
なにに対しても無欲だったベリルが、俺を求めてくれている。こんなに嬉しいことはない。
「わかったよ、ベリル。こっちにおいで」
背中にくっついていたベリルを、俺の脚のあいだに誘導する。
具合よく納まったベリルを背中から抱きしめてやると、彼は俺が回した腕を抱きかかえて顔を擦り寄せてきた。
ん? これって、もしや……。
「……やっぱり、落ち着く……」
「……落ち着くんだ?」
「うん……キングが一番落ち着く」
さっきベリルが言っていた『キングがいるから髪はもういい』の意味がやっとわかった!
いまのベリルの安定剤は、俺なんだ。しかも俺が『一番』らしい。
込みあげてくる愛しさには、とてもじゃないが抗えなかった。思わず腕の中の細い身体をぎゅっと抱きしめ、かなり短くなってしまった髪にキスを贈る。
「だからソコッ! イチイチいちゃつくなよッ!」
「まあまあ。これでやっと話が進むんだもの。勘弁しておやりよ~」
腹立たしくて仕方ないらしいリーダーを大婆様が宥めた。
「話をする前に……僕も聞きたいことがある」
俺の腕から顔をあげたベリルが、大婆様と、それまで静かに見守っていたおばあさまを見ながら言った。
「さっき、大婆様が言ってた『あんたのときは』ってなに? おばあさまも人間になったことがあるってこと?」
人魚の里であったことを考えれば無理もない。
リーダーに体当たりを食らい、あんなに深い海底で気を失った俺は、ベリルがいなければ確実に死んでいた。
頭ではそのことを理解しているんだが……意識がなかったせいか、それともベリルのことの方が重要だと思っているせいか、俺自身は人魚たちにあまり警戒心が湧かなかった。
でも、瀕死の俺を目の当たりにしたベリルは違う。
俺をデッキの中央まで引き摺った姿勢のままで座り込み、俺の背中に隠れるようにして抱きつき離れなくなった。
さがった体温がなかなか戻ってこない俺としては、背中のぬくもりは非常にありがたい。
「海の上は眩しくてダメねぇ。さっさと話をつけましょう、ベリル」
ゆったりとした口調でベリルに話しかけているのは、たぶんベリルに話があると言っていた大婆様だ。
と言っても、『大婆』などという表現は似合わないほどに若々しい。人間で言えば、五十代くらいにしか見えない。
そういう意味で言うなら、おばあさまも同じだ。せいぜい四十代といったところだ。
この二人……見た目も雰囲気もそっくりだな。もしかして姉妹だろうか。
俺がそんなことを考えていると、俺の背後でベリルがふるふると首を振った。
大婆様の言葉に応えたつもりだろうが……。
そんなところで意思表示したって、誰にも見えないぞ、ベリル。
「ちょっとベリルっ! 顔くらい見せたらどうなのよっ!」
リーダーがベリルに対してやけに攻撃的だ。里へ戻る前はもう少し穏やかだった気がするが、もはや歩み寄る余地もないんだろうか。
そのリーダーの手元に、金色に輝く光の束を見つけてしまった。
嘘だろ、おい……まさか、あれは……ベリルの髪じゃないだろうな!?
だるい身体は一向に俺の言うことを聞きたがらなかったが、どうしても気になって無理やり振り向いた。
そうして、俺にしがみついてるベリルの肩先に、不揃いに切られた髪の先を見つけてしまう。
血の気がさらに引いていくのが自分でもわかった。
いつだ? 誰にやられた?
ベリルの髪は、ベリルの精神安定剤だったはずだ。不安になってはしがみつき、泣きたくなっては顔を埋めていた。
それを……それなのに、いったい誰が?
「ベリル……その髪、どうしたんだ?」
震えそうになる声をなんとか押さえつけて、ベリルにやさしく問いかけた。
「……切った。自分で」
自分でっ!?
「いいんだ。髪の毛くらい、どうってことない」
そんなこと言って……まだ情緒不安定なんだろう。話し方も、いつもよりぶっきら棒になってるじゃないか。
「どうってことないって言ったって……」
いまだって、あの長い髪があれば、もう少し落ち着けるんじゃないのか?
「本当にいいんだ。キングがいるから……髪はもういい」
……どういう意味だ?
俺がベリルの言葉の意味を掴みあぐねていると、俺の背中にくっついていたベリルの頭がさらにぐりぐりと押しつけられる。
「ちょっと、そこ! いちゃついてんじゃないわよ!」
リーダーが苛立たしげに怒鳴った。
いちゃついてるつもりはまったくないんだが……まあ、傍目にはそう見えるんだろうな。
目を吊り上げてるリーダーには悪いが……これはちょっと気分がいい。
「ほら、ベリル。みんなで相談しよう。きっといい方法が見つかるから」
「嫌だ」
「嫌だじゃないよ。ベリルは半分人魚だろ? ベリルの仲間がまったくいなくなったら、俺も困る」
「なんで? 僕はキングがいればそれでいいよ……」
う……なんてことを……そういうことは、ふたりきりのときに言ってくれ。いま言われたって、キスの一つもできないじゃないか。
「ベリルにもしものことがあったとき、相談できる相手が誰もいないんじゃ俺も不安だ。俺は人魚のことをなにも知らないから……」
半分人魚で半分人間のベリルに、この先どんなことが起こるのかは、誰にもわからない。
ベリルの味方は少しでも多い方がいいに決まってるんだ。
「……このままでも、いい?」
細く頼りない声だった。
ほらやっぱり……いつも抱きしめてた髪がないから……。
「顔くらい見せなさいよね!」
「キングとくっついてないとムリっ!!」
リーダーからの再三の怒声に、ベリルが怒鳴り返した。
やばい。顔がニヤけそうだ。
なにに対しても無欲だったベリルが、俺を求めてくれている。こんなに嬉しいことはない。
「わかったよ、ベリル。こっちにおいで」
背中にくっついていたベリルを、俺の脚のあいだに誘導する。
具合よく納まったベリルを背中から抱きしめてやると、彼は俺が回した腕を抱きかかえて顔を擦り寄せてきた。
ん? これって、もしや……。
「……やっぱり、落ち着く……」
「……落ち着くんだ?」
「うん……キングが一番落ち着く」
さっきベリルが言っていた『キングがいるから髪はもういい』の意味がやっとわかった!
いまのベリルの安定剤は、俺なんだ。しかも俺が『一番』らしい。
込みあげてくる愛しさには、とてもじゃないが抗えなかった。思わず腕の中の細い身体をぎゅっと抱きしめ、かなり短くなってしまった髪にキスを贈る。
「だからソコッ! イチイチいちゃつくなよッ!」
「まあまあ。これでやっと話が進むんだもの。勘弁しておやりよ~」
腹立たしくて仕方ないらしいリーダーを大婆様が宥めた。
「話をする前に……僕も聞きたいことがある」
俺の腕から顔をあげたベリルが、大婆様と、それまで静かに見守っていたおばあさまを見ながら言った。
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