54 / 87
53-少年人魚の友達ルシナ
しおりを挟む
「え、ルシナ?」
船の縁に駆け寄った僕は、舞いあがったイルカが沈んでいった海を覗き込んで、友人の名前を呼んだ。
すぐに海面から顔を出したイルカは、やっぱり僕の友人、ルシナだった。
「ルシナ、どうしたの?」
「キュイキュイ」と僕に向かってなにかを訴えているが、ルシナが慌てていることしかわからない。
海底でなにか起こったんだろうか?
「ルシナ、落ち着いて……いったいなにが」
「ベリル。このイルカと知り合いなのか?」
僕の背後からルシナを覗き込んだキングが聞いてきた。
「うん、僕の友達なんだ……どうしたんだろう」
いつもなら、ルシナが伝えようとしてることは自然とわかるんだけど、いまはどうしてだか、言ってる意味がわからない。
「海の中じゃないからかな……それとも……」
僕が人間になっちゃったから……?
もしそうだったらちょっと寂しい。
僕が考え込んでいるあいだも、船の周りを飛び跳ねながらルシナはなにかを訴えている。
わかってあげられないことをもどかしく思っていると、そのルシナの訴えに応える意外な者がいた。
「え、ジャック?」
ジャックが「バウバウ」と、ルシナに向かって吠えている。
でも、いつもの危機を知らせたり、人に呼びかけたりするときとは様子が違った。まるでルシナの話に『ふむふむ』と相槌を打っているみたいだ。
ルシナはルシナで、僕があてにならないと思ったのか、ジャックが見えやすい船尾に回ってきて、さらに「ウーウー」と鳴きだした。
ルシナとジャックは、向かい合って明らかに会話している。二人とも、互いの言葉がわかっているとしか思えない様子だった。
「ジャック、ルシナの言葉がわかるの?」
ジャックのそばにしゃがんで問いかけてみると、彼はなにを思ったのか、僕の背後に回り込んで、いきなり鼻先を押しつけはじめた。
「やだ、ジャックやめて。海に落ちちゃうよ!」
海に落ちれば人魚になってしまう。
キングはすでに僕が人魚だと確信してるみたいだけど、できれば人魚の姿は見られたくなかった。
オスの人魚だなんて、いかにも役立たずでみっともない。
里のみんなから不用者と蔑まれ続けた姿を、大好きなキングに見られるのは嫌だった。
「こら、ジャック。ベリルが困ってるだろ?」
キングもジャックをとめに入ってくれたけど、今度はルシナがブシャブシャと口に含んだ海水をかけてきた。
「え、ちょっと、待って、やだ!」
ルシナの様子をしっかり見たくて、船尾に回ってきてたのが災いした。
その一辺すべてが、海へおりるためのステップになっているせいで、ルシナの水攻撃を避けるものがなにもない。
咄嗟に立ちあがってメインデッキの奥に逃れようと後ろへ足を引いたら、いきなりグラリと視界が揺れた。
見れば、僕の足元にはジャックが知らん顔で伏せている。
ジャックの身体に後ろ向きで躓いた僕は、見事にバランスを崩し、身体を変に捻った勢いもあって、腰の丈しかない手すりを越えてしまった。
「ズルいよっ! 二人で連携だなん……」
「ベリルッ!」
ルシナとジャックに文句を言いつつ海へと落下した僕は、着水する直前に、僕を追って海へ飛び込むキングの姿を目にした。
……こんなことを考えてる場合じゃないってわかってる。
わかってるけど、つい…………必死な顔で僕を求めてくれるキングを、カッコイイと思ってしまった。
でも、そんなことを考えていられたのなんて、ほんの一瞬で……僕はあっという間に海に呑み込まれた。
ぼこぼこと泡が千切れる音に、ぱちぱちと海の底で小石の鳴る音……。懐かしくも心地よい圧迫感の中で、僕は、足が尻尾になるのを感じていた。
ああ、また服をダメにしてしまった。せっかくキングに買ってもらった服なのに。
海中での落下感が消える頃、ルシナがそばへ滑り込んできた。
《魔女がキケン》
ルシナの言いたいことがはっきりとわかる。やっぱり海の中じゃないと、もしくは僕が人魚になっていないとダメなんだ。
「おばあさまが? キケンってどういうこと?」
もっと詳しく話を聞こうとしたら、ルシナの少し先に、目を見開いて驚いているキングが見えた。
そうだった。いまの僕は、人魚の姿をしてるんだ。
とうとうキングに見られてしまった。
キングは僕の人魚姿をどう思っただろう……。
海に入って解けてしまった金髪を思わず握りしめたけど、いつもみたいにホッとすることはできない。
そうこうしているうちに、キングがゴボリと大きな空気の塊を噴き出した。どうやら驚きすぎて呼吸の限界を忘れていたらしい。
慌ててキングを抱き寄せて、海面へと引きあげた。
咽て咳き込むキングを助けながら、船尾のステップから船の上へとあがる。
人魚の尻尾のままではデッキを移動できないから、ステップに尾びれを残したまま人の足に戻るのを待った。
銀色の鱗が薄くなり、白い素肌が現れ、二本の足がゆっくりと形を現していく。
その様子を、そばでキングが凝視していた。
「……ベリル、やっぱりきみは……」
「……うん。僕……人魚なんだ」
呆然と呟くキングに、ついに自分の正体を明かしてしまった。
こんなことになるってわかってたら、クルージングデートは断ればよかったかな……。
以前から遠目に眺めるだけだった船に、一度でいいから乗ってみたかっただけなのに。
いや、これでよかったんだ。
すでに僕が人魚だということはバレてるんだし、たとえバレていなくても、キングには話さなきゃいけないと思っていた。
キングは、僕を人魚かもしれないと疑いながら、『いなくなったらだめだ』と言ってくれた。
それが、どれだけうれしかったか……。
言われたそのときはニーナたちの歓声に驚いて実感できなかったけど、あの言葉は思い出すたびに、僕を幸せにしてくれる。
実際とは違うけど、まるでキングが、『人魚でもいいよ』って……不用品でも、出来損ないでも……『そのままのベリルでいいんだよ』って言ってくれたような気がして、すごくすごくうれしくなってしまうんだ。
恋しい人からの『ここに居てもいい』という許可は、僕の宝物になった。
僕の居場所は、キングのそばにしかない。
正体を隠し通すことなんて、できっこないんだから。
「黙ってて、ごめんね」
僕が小さく謝ると、キングが急に僕の手首を掴んだ。なぜか、焦ったような顔をしている。
「ベリルにはベリルの事情があったんだよな。だから謝らなくていいんだ。それよりも、もう一度、」
キングが真剣な顔をして、なにかを言いかけたときだった。
海面に頭を出していたルシナの周りに、クリスたちが現れたのは。
船の縁に駆け寄った僕は、舞いあがったイルカが沈んでいった海を覗き込んで、友人の名前を呼んだ。
すぐに海面から顔を出したイルカは、やっぱり僕の友人、ルシナだった。
「ルシナ、どうしたの?」
「キュイキュイ」と僕に向かってなにかを訴えているが、ルシナが慌てていることしかわからない。
海底でなにか起こったんだろうか?
「ルシナ、落ち着いて……いったいなにが」
「ベリル。このイルカと知り合いなのか?」
僕の背後からルシナを覗き込んだキングが聞いてきた。
「うん、僕の友達なんだ……どうしたんだろう」
いつもなら、ルシナが伝えようとしてることは自然とわかるんだけど、いまはどうしてだか、言ってる意味がわからない。
「海の中じゃないからかな……それとも……」
僕が人間になっちゃったから……?
もしそうだったらちょっと寂しい。
僕が考え込んでいるあいだも、船の周りを飛び跳ねながらルシナはなにかを訴えている。
わかってあげられないことをもどかしく思っていると、そのルシナの訴えに応える意外な者がいた。
「え、ジャック?」
ジャックが「バウバウ」と、ルシナに向かって吠えている。
でも、いつもの危機を知らせたり、人に呼びかけたりするときとは様子が違った。まるでルシナの話に『ふむふむ』と相槌を打っているみたいだ。
ルシナはルシナで、僕があてにならないと思ったのか、ジャックが見えやすい船尾に回ってきて、さらに「ウーウー」と鳴きだした。
ルシナとジャックは、向かい合って明らかに会話している。二人とも、互いの言葉がわかっているとしか思えない様子だった。
「ジャック、ルシナの言葉がわかるの?」
ジャックのそばにしゃがんで問いかけてみると、彼はなにを思ったのか、僕の背後に回り込んで、いきなり鼻先を押しつけはじめた。
「やだ、ジャックやめて。海に落ちちゃうよ!」
海に落ちれば人魚になってしまう。
キングはすでに僕が人魚だと確信してるみたいだけど、できれば人魚の姿は見られたくなかった。
オスの人魚だなんて、いかにも役立たずでみっともない。
里のみんなから不用者と蔑まれ続けた姿を、大好きなキングに見られるのは嫌だった。
「こら、ジャック。ベリルが困ってるだろ?」
キングもジャックをとめに入ってくれたけど、今度はルシナがブシャブシャと口に含んだ海水をかけてきた。
「え、ちょっと、待って、やだ!」
ルシナの様子をしっかり見たくて、船尾に回ってきてたのが災いした。
その一辺すべてが、海へおりるためのステップになっているせいで、ルシナの水攻撃を避けるものがなにもない。
咄嗟に立ちあがってメインデッキの奥に逃れようと後ろへ足を引いたら、いきなりグラリと視界が揺れた。
見れば、僕の足元にはジャックが知らん顔で伏せている。
ジャックの身体に後ろ向きで躓いた僕は、見事にバランスを崩し、身体を変に捻った勢いもあって、腰の丈しかない手すりを越えてしまった。
「ズルいよっ! 二人で連携だなん……」
「ベリルッ!」
ルシナとジャックに文句を言いつつ海へと落下した僕は、着水する直前に、僕を追って海へ飛び込むキングの姿を目にした。
……こんなことを考えてる場合じゃないってわかってる。
わかってるけど、つい…………必死な顔で僕を求めてくれるキングを、カッコイイと思ってしまった。
でも、そんなことを考えていられたのなんて、ほんの一瞬で……僕はあっという間に海に呑み込まれた。
ぼこぼこと泡が千切れる音に、ぱちぱちと海の底で小石の鳴る音……。懐かしくも心地よい圧迫感の中で、僕は、足が尻尾になるのを感じていた。
ああ、また服をダメにしてしまった。せっかくキングに買ってもらった服なのに。
海中での落下感が消える頃、ルシナがそばへ滑り込んできた。
《魔女がキケン》
ルシナの言いたいことがはっきりとわかる。やっぱり海の中じゃないと、もしくは僕が人魚になっていないとダメなんだ。
「おばあさまが? キケンってどういうこと?」
もっと詳しく話を聞こうとしたら、ルシナの少し先に、目を見開いて驚いているキングが見えた。
そうだった。いまの僕は、人魚の姿をしてるんだ。
とうとうキングに見られてしまった。
キングは僕の人魚姿をどう思っただろう……。
海に入って解けてしまった金髪を思わず握りしめたけど、いつもみたいにホッとすることはできない。
そうこうしているうちに、キングがゴボリと大きな空気の塊を噴き出した。どうやら驚きすぎて呼吸の限界を忘れていたらしい。
慌ててキングを抱き寄せて、海面へと引きあげた。
咽て咳き込むキングを助けながら、船尾のステップから船の上へとあがる。
人魚の尻尾のままではデッキを移動できないから、ステップに尾びれを残したまま人の足に戻るのを待った。
銀色の鱗が薄くなり、白い素肌が現れ、二本の足がゆっくりと形を現していく。
その様子を、そばでキングが凝視していた。
「……ベリル、やっぱりきみは……」
「……うん。僕……人魚なんだ」
呆然と呟くキングに、ついに自分の正体を明かしてしまった。
こんなことになるってわかってたら、クルージングデートは断ればよかったかな……。
以前から遠目に眺めるだけだった船に、一度でいいから乗ってみたかっただけなのに。
いや、これでよかったんだ。
すでに僕が人魚だということはバレてるんだし、たとえバレていなくても、キングには話さなきゃいけないと思っていた。
キングは、僕を人魚かもしれないと疑いながら、『いなくなったらだめだ』と言ってくれた。
それが、どれだけうれしかったか……。
言われたそのときはニーナたちの歓声に驚いて実感できなかったけど、あの言葉は思い出すたびに、僕を幸せにしてくれる。
実際とは違うけど、まるでキングが、『人魚でもいいよ』って……不用品でも、出来損ないでも……『そのままのベリルでいいんだよ』って言ってくれたような気がして、すごくすごくうれしくなってしまうんだ。
恋しい人からの『ここに居てもいい』という許可は、僕の宝物になった。
僕の居場所は、キングのそばにしかない。
正体を隠し通すことなんて、できっこないんだから。
「黙ってて、ごめんね」
僕が小さく謝ると、キングが急に僕の手首を掴んだ。なぜか、焦ったような顔をしている。
「ベリルにはベリルの事情があったんだよな。だから謝らなくていいんだ。それよりも、もう一度、」
キングが真剣な顔をして、なにかを言いかけたときだった。
海面に頭を出していたルシナの周りに、クリスたちが現れたのは。
0
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
聖也と千尋の深い事情
フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。
取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…
くんか、くんか Sweet ~甘くて堪らない、君のフェロモン~
天埜鳩愛
BL
爽やかスポーツマンα × 妄想巣作りのキュートΩ☆ お互いのフェロモンをくんかくんかして「甘い❤」ってとろんっとする、可愛い二人のもだきゅんラブコメ王道オメガバースです。
オメガ性を持つ大学生の青葉はアルバイト先のアイスクリームショップの向かいにあるコーヒーショップの店員、小野寺のことが気になっていた。
彼に週末のデートを誘われ浮かれていたが、発情期の予兆で休憩室で眠ってしまう。
目を覚ますと自分にかけられていた小野寺のパーカーから香る彼のフェロモンに我慢できなくなり、発情を促進させてしまった!
他の男に捕まりそうになった時小野寺が駆けつけ、彼の家の保護される。青葉はランドリーバスケットから誘われるように彼の衣服を拾い集めるが……。
ハッピーな気持ちになれる短編Ωバースです
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる