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第三十一章 時として人と人の心を繋ぐ存在となり得ますから
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「はあ、一四日!? ……急やなあ……。あたしなー思うとってんけど。うちらおんなじクラスやったやん? ずーっといっしょおったやん? ほやのになして、寄り道とかせんかってんろ。数えるくらいしかしたことないやん? ……あんた、小澤と結構寄ったりしてったんよね。みずもととか。あぁあ……なぁなー向こう行く前に出かける時間ない? ぱぁーっと買い物でもしようよーせっかく二人とも合格してんし、お祝いでさぁ」
三月八日。
誘いに応じて畑中市に来ている。
「四階も見てってい?」
「いーよ」
訪れているのは畑中市で最大級のデパート。……といっても、新宿タカシマヤや横浜そごうに比べれば半分以下の規模の。郊外型のショッピングセンターや決して城下町畑中を彷彿する雰囲気でもなく、ワンフロアがそこそこの広さで、平均的な店構えに思う。二階三階が若い女性向けフロアなのも他と共通だが、地下二三階が駐車場というのに土地柄を感じる。
遠方から車で買い物に訪れるひとも多いんだとか。
車ではないが私たちもその一人だ。
畑中市と一口に言っても相当広く、駅からやや離れたこちらの周縁に二つ三つデパートが、それと若者向けの店が集中している。109が存在するのには驚かされた……紗優は一番に立ち寄った。そこの攻略に結構なスタミナを消費した。激しい音楽の渦とちかちかするライトの感じが。
エスカレーターをのぼり現在立ち寄るのは先ほどより上品な、しかし聞いたことのない名前で、三越や高島屋に近い雰囲気の、一見すると高年齢層向けのデパートだが、床が白で家電量販店並みに明るいフロアの感じにそこそこ慣れていたはずがちょっと抵抗を感じる……どうやら私も、二年足らずの緑川住まいのあいだに感覚が変わってしまったようだ。
次の階に突入すると、歩き回る言動がご無沙汰だった私はとうとう休憩を取った。友達に見てきてていいよ、て言うだなんてこれじゃあ休日の子連れのお父さんと同じだ。お母さんと子どもたちのテンションに置いてきぼりを食らう――
自分の子どもの頃はしゃいだりなんか、したんだろうか、
父もこんな感じで家族サービスなんてしてたのだろうか。
家族なのに『サービス』なんて単語を用いることが不意に、奇妙に思えた。
家族を養うこと自体が、サービスだ。
ともあれ、
買い物をする際の女の子は、戦士のごとく勇敢だ。片想いに立ち向かうときよりも強く、そしてたくましい。
飲まず食わずの二時間を終えた成果として、紗優は肩から大きなショッピングバッグを三つ下げていた。
出入り口にて紗優は重たいガラス戸を押さえながらこちらを窺い見る。「真咲はなんも買わんで良かったん?」
「ううん」手ぶらの自分、……我ながら白けるノリだと思う。ごめん紗優。
実を言うとギャルな店員さんとのハイテンションなトークに腰が引けた。
「あ。入学式用にスーツが居るの。INEDがあるなら、見てきたいな」
「したら、姉妹ブランドの路面店があんの、そこ行こか。仕立てはいいんに、INEDよりかちょっと安いんよ」
「うん」今後も出費がかさむだろうから助かる提案だった。
喋り続けなのに声も枯らさず紗優は率先して歩き出す。
かさばるショッピングバッグをそのままと思いきや、デパートを出て壁沿いの百円ロッカーに迷わず入れた。小銭無しであたふたすることもなく。……ファストフード店の店員のように、スピーディーにこなす。
「よく、買い物に来るんだ?」私は苦笑いしつつ尋ねた。
「そやねえ。やーってショッピングつったらここまで来んとなんも無いもん。通販やと生地の感じとかよう分からんやろ? 季節の変わり目には必ず行くようにしとる」
季節の変わり目といえば、風邪の流行、が思い浮かぶのだが、私の感覚はやっぱり周りの子とはずれている。
それで緑川に来た当初も、そもそも向こうでも周囲に馴染めなかったのだし、……先行きが不安だ。
キャンパスライフをうまく過ごせるのかどうか。
といっても、快適で楽しい大学生活を送るのが私の目的ではなく。
もっと、別のところにある。
「ちゃんと、ついて来とる? 真咲」
ひとのごった返す繁華街を通りざま私に声をかけた。紗優は町で見かける、子どもを先導するお母さんみたいだ。
「うん」
紗優は私の肘を掴んだ。喫煙者の煙草臭さ、女の子の香水臭さ、どこかしらおじさんのドーランぽい臭い……雑多な匂いの入り交じるなかで紗優の薔薇の香りをひときわ強く感じる。
吉野家、マック、ABCマート……あの手の店がいい場所を陣取るのはどこも同じだ。ファストフード店は二階席もひとで埋まっている。渋谷のセンター街を彷彿させたが、あれほど路面が汚くもない。先入観もあってか、全体にファッションが田舎っぽい、春休み中のせいだろうひとのいやに多かった繁華街を抜けると、紗優は私を離し、髪を後ろに流した。「あー、えっらいひとやったねえ」
「紗優でもそう思うんだ」
「ひとの多いとこ苦手。汗かくし」と舌を出すけど。
いい匂いがするのに。薔薇の。
そして信号を渡り、路地を一本裏に入れば閑散とした道が続く。左右見回してもひとがぽつぽついる程度で道沿いの店はほとんどが一般住宅。看板の古いクリーニング屋で老人が店番をしている。
こちらの胸中察したらしく、紗優が私の顔を見て笑った。「そぉんな心配せんでも大丈夫やて。あたしが何回畑中に来とると思うとるん」
「なんか、……すごいね」私は道筋を全然記憶していない。「私一人じゃこんなとこ来れないよ」
「東京のほうが道分かりづらいんじゃないの」
「私が行くのは駅周辺だけだから……」
町田周辺ならどうにか。行っても小田急線で一本の新宿駅、それも紀伊國屋書店くらい。JRの改札を抜けて東口や南口に抜けられるのも暫くの間、知らなかった。
「ほんなら、あたしが東京行ったとしても、案内頼むの無理そ?」
「ううん、来て来て。渋谷なら行くの丸井と109でしょ。新宿ならどっち口も分かるし……紗優ならマイシティと伊勢丹には行くだろうね」
「いっぱいあんねな、買い物できるとこ」
「新宿だけで丸一日過ごせると思うよ」
「楽しみになってきた。したら夏くらいに行きたいなあ」
「うん、おいでおいで」
「あこの右曲がったとこ。こっから一本道に入んねや」
私は紗優との会話に夢中になっていて、周りを見ていなかったのだが、
既視感を覚えた。
細い路地裏沿いの、住宅街のなかに、所々路面店が入っている。
暇そうなパワーストーンかなんかを売っている店。
どこの国旗だか分からないのを掲げる、でも東京で見かけるたぐいの、オープンカフェ。あれは、
和貴と入った店だ。
「あお腹空いたん? お店すぐそこやし、空いとんねやったら先食べても」
入口近くの黒板のメニュー書き。ピンストライプのシャツを着た店員さん、丈の短いエプロン、ケーキ屋さんみたいなショーウィンドウに並ぶ料理……
間違いない。
このカフェの隣にインド風の雑貨屋さん、直進し角のカメラ屋さんの手前で右折し、更に直進、道なりに進んだ突き当たりには、
「あった……!」
隠れ家のような佇まいにて白亜の建物がそびえる。
一見、白、といった印象、だがよく見れば壁のかなりがガラス張りでなかの様子がよく見える。紺色のスーツに身を包む、品のある雰囲気の店員が接客している。
店の規模に比べれば客は少ない、がこの繁華街からやや離れた場所にしては、入っているほう。
「『Cross Heart』やん。こんなところに店出しとんねや……」
紗優の声を聞いて、私は彼女を置いてきぼりにしかけたことに気づいた。
彼女の息がちょっと切れている。
準備運動もなしで突然に走りだした私はもっとひどい。
「知らんかった。デパートだけやと思うとったわ」
「正確には、……デパートの取り扱いが無くなったの。一年、ちょっと前に、……この路面店がオープンした、から……」
「どーゆーこと?」
畑中にうとい私が語るのが意外だったのだろう、
紗優が無意識に胸元に手を添える。
私はその動きを見、続いて、こちらに気づいたろう入り口の店員を見据えながら、彼女に教えた。
「この店に一年前、来たの。紗優のそのペンダントを買いに、和貴と」
三月八日。
誘いに応じて畑中市に来ている。
「四階も見てってい?」
「いーよ」
訪れているのは畑中市で最大級のデパート。……といっても、新宿タカシマヤや横浜そごうに比べれば半分以下の規模の。郊外型のショッピングセンターや決して城下町畑中を彷彿する雰囲気でもなく、ワンフロアがそこそこの広さで、平均的な店構えに思う。二階三階が若い女性向けフロアなのも他と共通だが、地下二三階が駐車場というのに土地柄を感じる。
遠方から車で買い物に訪れるひとも多いんだとか。
車ではないが私たちもその一人だ。
畑中市と一口に言っても相当広く、駅からやや離れたこちらの周縁に二つ三つデパートが、それと若者向けの店が集中している。109が存在するのには驚かされた……紗優は一番に立ち寄った。そこの攻略に結構なスタミナを消費した。激しい音楽の渦とちかちかするライトの感じが。
エスカレーターをのぼり現在立ち寄るのは先ほどより上品な、しかし聞いたことのない名前で、三越や高島屋に近い雰囲気の、一見すると高年齢層向けのデパートだが、床が白で家電量販店並みに明るいフロアの感じにそこそこ慣れていたはずがちょっと抵抗を感じる……どうやら私も、二年足らずの緑川住まいのあいだに感覚が変わってしまったようだ。
次の階に突入すると、歩き回る言動がご無沙汰だった私はとうとう休憩を取った。友達に見てきてていいよ、て言うだなんてこれじゃあ休日の子連れのお父さんと同じだ。お母さんと子どもたちのテンションに置いてきぼりを食らう――
自分の子どもの頃はしゃいだりなんか、したんだろうか、
父もこんな感じで家族サービスなんてしてたのだろうか。
家族なのに『サービス』なんて単語を用いることが不意に、奇妙に思えた。
家族を養うこと自体が、サービスだ。
ともあれ、
買い物をする際の女の子は、戦士のごとく勇敢だ。片想いに立ち向かうときよりも強く、そしてたくましい。
飲まず食わずの二時間を終えた成果として、紗優は肩から大きなショッピングバッグを三つ下げていた。
出入り口にて紗優は重たいガラス戸を押さえながらこちらを窺い見る。「真咲はなんも買わんで良かったん?」
「ううん」手ぶらの自分、……我ながら白けるノリだと思う。ごめん紗優。
実を言うとギャルな店員さんとのハイテンションなトークに腰が引けた。
「あ。入学式用にスーツが居るの。INEDがあるなら、見てきたいな」
「したら、姉妹ブランドの路面店があんの、そこ行こか。仕立てはいいんに、INEDよりかちょっと安いんよ」
「うん」今後も出費がかさむだろうから助かる提案だった。
喋り続けなのに声も枯らさず紗優は率先して歩き出す。
かさばるショッピングバッグをそのままと思いきや、デパートを出て壁沿いの百円ロッカーに迷わず入れた。小銭無しであたふたすることもなく。……ファストフード店の店員のように、スピーディーにこなす。
「よく、買い物に来るんだ?」私は苦笑いしつつ尋ねた。
「そやねえ。やーってショッピングつったらここまで来んとなんも無いもん。通販やと生地の感じとかよう分からんやろ? 季節の変わり目には必ず行くようにしとる」
季節の変わり目といえば、風邪の流行、が思い浮かぶのだが、私の感覚はやっぱり周りの子とはずれている。
それで緑川に来た当初も、そもそも向こうでも周囲に馴染めなかったのだし、……先行きが不安だ。
キャンパスライフをうまく過ごせるのかどうか。
といっても、快適で楽しい大学生活を送るのが私の目的ではなく。
もっと、別のところにある。
「ちゃんと、ついて来とる? 真咲」
ひとのごった返す繁華街を通りざま私に声をかけた。紗優は町で見かける、子どもを先導するお母さんみたいだ。
「うん」
紗優は私の肘を掴んだ。喫煙者の煙草臭さ、女の子の香水臭さ、どこかしらおじさんのドーランぽい臭い……雑多な匂いの入り交じるなかで紗優の薔薇の香りをひときわ強く感じる。
吉野家、マック、ABCマート……あの手の店がいい場所を陣取るのはどこも同じだ。ファストフード店は二階席もひとで埋まっている。渋谷のセンター街を彷彿させたが、あれほど路面が汚くもない。先入観もあってか、全体にファッションが田舎っぽい、春休み中のせいだろうひとのいやに多かった繁華街を抜けると、紗優は私を離し、髪を後ろに流した。「あー、えっらいひとやったねえ」
「紗優でもそう思うんだ」
「ひとの多いとこ苦手。汗かくし」と舌を出すけど。
いい匂いがするのに。薔薇の。
そして信号を渡り、路地を一本裏に入れば閑散とした道が続く。左右見回してもひとがぽつぽついる程度で道沿いの店はほとんどが一般住宅。看板の古いクリーニング屋で老人が店番をしている。
こちらの胸中察したらしく、紗優が私の顔を見て笑った。「そぉんな心配せんでも大丈夫やて。あたしが何回畑中に来とると思うとるん」
「なんか、……すごいね」私は道筋を全然記憶していない。「私一人じゃこんなとこ来れないよ」
「東京のほうが道分かりづらいんじゃないの」
「私が行くのは駅周辺だけだから……」
町田周辺ならどうにか。行っても小田急線で一本の新宿駅、それも紀伊國屋書店くらい。JRの改札を抜けて東口や南口に抜けられるのも暫くの間、知らなかった。
「ほんなら、あたしが東京行ったとしても、案内頼むの無理そ?」
「ううん、来て来て。渋谷なら行くの丸井と109でしょ。新宿ならどっち口も分かるし……紗優ならマイシティと伊勢丹には行くだろうね」
「いっぱいあんねな、買い物できるとこ」
「新宿だけで丸一日過ごせると思うよ」
「楽しみになってきた。したら夏くらいに行きたいなあ」
「うん、おいでおいで」
「あこの右曲がったとこ。こっから一本道に入んねや」
私は紗優との会話に夢中になっていて、周りを見ていなかったのだが、
既視感を覚えた。
細い路地裏沿いの、住宅街のなかに、所々路面店が入っている。
暇そうなパワーストーンかなんかを売っている店。
どこの国旗だか分からないのを掲げる、でも東京で見かけるたぐいの、オープンカフェ。あれは、
和貴と入った店だ。
「あお腹空いたん? お店すぐそこやし、空いとんねやったら先食べても」
入口近くの黒板のメニュー書き。ピンストライプのシャツを着た店員さん、丈の短いエプロン、ケーキ屋さんみたいなショーウィンドウに並ぶ料理……
間違いない。
このカフェの隣にインド風の雑貨屋さん、直進し角のカメラ屋さんの手前で右折し、更に直進、道なりに進んだ突き当たりには、
「あった……!」
隠れ家のような佇まいにて白亜の建物がそびえる。
一見、白、といった印象、だがよく見れば壁のかなりがガラス張りでなかの様子がよく見える。紺色のスーツに身を包む、品のある雰囲気の店員が接客している。
店の規模に比べれば客は少ない、がこの繁華街からやや離れた場所にしては、入っているほう。
「『Cross Heart』やん。こんなところに店出しとんねや……」
紗優の声を聞いて、私は彼女を置いてきぼりにしかけたことに気づいた。
彼女の息がちょっと切れている。
準備運動もなしで突然に走りだした私はもっとひどい。
「知らんかった。デパートだけやと思うとったわ」
「正確には、……デパートの取り扱いが無くなったの。一年、ちょっと前に、……この路面店がオープンした、から……」
「どーゆーこと?」
畑中にうとい私が語るのが意外だったのだろう、
紗優が無意識に胸元に手を添える。
私はその動きを見、続いて、こちらに気づいたろう入り口の店員を見据えながら、彼女に教えた。
「この店に一年前、来たの。紗優のそのペンダントを買いに、和貴と」
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