碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第十五章 マキが幸せでいてくれれば

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「部長を務めます三年四組の、長谷川祐です。おそらく殆どの方が初めましてですね。本日はパソコン部の部活紹介にお越し下さり、ありがとうございます。……と、堅苦しい挨拶はここまでとして。部活見学は本日から三日間。三日もあるなーなんて思っていると光陰矢のごとし、すぐ終わってしまいますよ。そして初めのうちに言っておきましょう。うちの部活紹介に関しては出はいりはご自由に。僕の話を聞いていて何か違うな、他の所が見てみたいな、と感じたら欲望のままにどうぞ、席をお立ちください。途中からご覧になられるのも全く構いません。好きに見て回り迷うのはこの時期限定の、貴方がたの特権です。遠慮などしてる場合ではありませんよ? 中には……いったん説明を始めたらば離席を禁止する部活もあるようですが、本来彼らがそのような権限を持たぬことをご承知おきください。彼らが貴方がたのその後の高校生活に責任の一切を負うわけで無いことも。なお。パソコン部については説明が十分の質疑を五分、休憩が五分のサイクルを日に三四回行う予定です。あ、そこの貴女。ええそうです、本当にお好きにされてください。……注目を集めさせて逆効果ですね。申し訳ない」
 途端に笑いが起こる、消えぬうちにすかさず、「そちらの貴女、早くからいらしてたようですしどうぞおかけください。……初めのうちは気がついたらお声がけしますがそのうち勝手にされてくださいね。席があけばとっととお座りなさい。くれぐれもイス取りゲームなどなさらぬように」
 格段に人数を落とし数名が笑った。
 それにしてもなんとまあ、……見学者の多いこと。普段の部活動が五人。なだけに現在非常にせせこましく感じられる。満席のうえに壁沿いに立ち見するひともいるうえに入りきらず廊下から顔を覗き入れる子もいるほどだ。
 このぶんだと広い会議室でも借りるほうがよかった。
「では――本題に入ります。入る前に。現在パソコン部員は僕と僕の後ろにいる彼らの計五名、全員が三年生です。募集は若干名。スクリーンにもある通りで、本当に数名です。五名以下とみなしてください。五名の所に新しく十名を加えては、引き継ぎの意味で問題がありますし、すぐ脱退者が出るどこかのアイドルグループと同じ現象がたちまち巻き起こることでしょう。……ということで。大人数で和気あいあいと楽しみたいなー、と希望をお持ちの方の期待には添えられません、ご了承ください。活動内容も地味です」
 何人かが席を立つ。
 タスクが手招きをし、座ろうかまごついてる子を誘導する。
「部の創設は昨年の九月。方向性がまだまだ固まっておらず、赤ちゃんの歩き始めの段階です。活動は週に三回。以外の日に集まることも多いのですが、……この辺りに関してはこれから入部される方の都合含めて決めていきたい所ですね。この件だけでなく以外の部分でも、おかしな所は変えるなりして頂きたいと思っています。僕もあと一年と在籍しておりませんので。先輩に顎で使われ、パシリに走らされるよりかなにか、新しいことでもしてみたいなあ、学業優先で、そこそこに打ち込める部活が欲しいなあ、という方にうってつけと思います」
 パワポと資料は用意してあるんだけど、……タスクほとんど使っていないや。
 そのぶんみんなが集中して聞き入る。
 一部を除いては。
「さて活動内容。お配りしたプリントの三頁目ですね」ようやく権利を得たかの一同が慌ただしくプリントをめくる。「一言で言いましょう、パソコンを使うことならなんでも、です。大まかに分けると活動は主に三つ。第一が、学校行事に関する資料のデータ化です。去年ですと文化祭に体育祭、行事からやや外れますが吹奏楽部の演奏会のパンフレット原案作成も行いました。……僕ら生徒が扱えるデータは限られています。過去のテストの点数などいくら気になろうとも盗み見ることは出来ません」そのタイミングで席を立つ男子が現われ、どこかからか失笑じみた笑いがさざめく。「第二が、僕たち自身の、パソコン関連の知識の底上げです」タスクの調子に変わりはない。「パソコン検定二級レベルの知識を身につけること。将来的に仕事で使用するであろうソフトの操作に慣れること、ですね。扱うのは主にMicrosoft Office……WordやExcel、それに一太郎も時々。大学に入ればレポートや論文の作成でWordを使いますので、操作に慣れておいて損はないと思います」
 メモを取る子の姿も見られる。
「第三が、不確定要素。つまりは、この部活になにが足りないのかを僕たち自身で考え、動く、ということです。繰り返しになりますが、部員は現在三年生のみ。引退後は残りの貴方がたでこれからの部を動かしていくことになるのです。好きなようにやってみたい、こういうことをしてみたい――そんな、希望や夢をお持ちの方はおられませんかね? なお、活動時間は六時半まで。六時で終わる日もあります。それ以上続けてもいまのところは仕方がありませんので、短時間で集中して行うよう務めています。部を離れれば部員同士で遊びに出かけることもありますね。遊ぶ部分と以外のメリハリをつけること。何事も楽しんで行うというのが僕たちのモットーです。さて。共感された方や興味をお持ちの方、貴方の入部を心よりお待ちしております」
 お辞儀するタスクに拍手が起こる。
「では、質疑応答に入ります。ご質問のある方は挙手を――」
 紗優が席を立ち、電気を点ける。
 真っ暗から室内が一変。この眩しさに瞳孔が収縮するのは全員のはずだ。
 否。
 寝息立ててる例外の彼の椅子を私は蹴った。

 * * *

「大変だったでしょう。タスク、お疲れ様」
 その日だけで五回もプレゼンを行った彼に声をかけた。
「いえ」ノートパソコンの電源を落とし、やんわり微笑む。「僕は喋ってるだけです、大したことはしていません」
 いやいやいや。
 座ってるほうが楽ですよ私なんにもしてませんし。
 部員のくせして熟睡してる人もいたくらいですもん。
「けどですね……すこし、やり方を変えたほうがいいかもしれませんね。二回連続で聞く方もいました。やはり、座って聞くだけでは退屈します。明日辺り人数が許せばパソコンの操作をさせるなどしてイメージを掴んで欲しい所ですが……」
「それなんだけど」持っていた椅子を床に置いた。「気になることがあるんだよね」
「なんなりとどうぞ」
 タスクはノートパソコンを閉じると教卓に寄りかかり、私に向き直る。
「そのね。部活っていうより、違う、……目的の子がいると、思えて。気がかり、なんだよね」
 文化部なんて日の当たらない地味な部活だ。……かなりの女の子がそうみなす。
 通常は。
 教室前方にあんな美男子を二人も並ばすのがいけなかったのか。ひそひそ話をしてる女の子たちや、タスクに見向きせず彼らを鑑賞しにきた子も現われた。
 あんまり態度が露骨な場合には子リススマイルが穏便に教室外に連れだしたけれど。
 紗優によると二年の女子も紛れ込んでいたらしい。

「……つまりは、貴女は冷やかしで入部される方が出てこないかを懸念されているわけですね」

 ずばり要約する、タスクの笑みに別段、意外さや驚きも見当たらず。
 穏やかさ成分百パーセント。
 なので私は。
 自分が変な言いがかりでもつけているようで、急に、恥ずかしく思えてきて、「でもま……そういう目的があっても、いいんだけどね。その、部活をしてみたいって気持ちが大事なんだし」
 私だって当初、ハッキリとした意志など持たなかった。
 流されるなかでこの場所をいつの間に気に入っていた、それだけだったし。
 と自己を顧みると果たして彼ら目当ての子たちを責める権利などあるのか?
 いやない。
 だっていまだ彼らに見惚れることが、あるし……そんなこと言い出したらタスクのエリートっぷりに惚れ惚れすることもあるし不意に紗優の顔の整いっぷりに感動することだって、……

「選別をするつもりです」

「えっ?」
 非情な言い回しとは対照的に、タスクは紳士的に目を細める。「入部に際しては簡単なテストをするか、志望動機を書いて提出させるか、あの人数が殺到するようでしたら先生か僕らで面接をするか……手は色々とあります。具体的にどんな手を打つかはみんなで決めましょう」
「気づいてたんだ……」
「目を見れば分かりますよ」と中指で眼鏡を押し上げる。「僕の話に興味を持てているのか或いは別の何かに心を奪われているのか。例え二人でお喋りなど分かりやすい言動を取らずともね? 僕の見積もりではどうやら前者は一割弱。残りの方々は全員ここにインプット済みです」こめかみを指先でつつく。「……これほどの人数が訪れるとは少々予想外ではありましたが」
 長谷川先生。
 私めの心配は杞憂にございました。
「それよりもですね都倉さん」椅子を持つ。私が別室に運ぼうとした椅子をだ。
「あ、それは」
「先程あの方々の話をされたときにもし、罪悪を感じたのでしたらそれは、……」

 貴女自身がそのような想いを多少なりとも抱いておられるからやもしれませんね。

 含み笑いと共に出ていく。
 余裕が似合いのタスクが。
 私はなんのことだか分からず。
 十秒。
 二十秒。
「あ。……ああっ!」
 三十秒経過した頃にようやくタスクの意図を理解した。
「ちょっとタス、む、」
 ぐぅ、
 と変な感じで声が飲まれる。
 痛い。ポロシャツの固いからだに、
 出会い頭にぶつかった。
 弾け飛んだ。
 いや尻もちはつかなかった。
 以前にもこんなことがあった。
 というより、

 おんなじ、相手だった。

「てんめ……」

 直撃された胸の辺りを押さえている。
 そんな。乙女チックな仕草、
 に見えるはずが、

「前に忠告しただろが。もう少し周り見とけと」

 あるわけがない。

「いったい同じことを何度言わせる……」

 ケ○シロウばりの強面で拳を鳴らし、こっちにやってくる。
 ひでぶー! てやられる悪役が脳内に急速に再生される。
 おがあさんだずげで。

「ごめっ。ごめん」

 てかなんでそんな怒ってんの。

 当たった。
 かかとが教壇の段に。
 逃げ場を無くし。
 水野くんより断然怖い。
 顔面蒼白の、そら恐ろしい彼が目前に。
 すぐそこに――

「ひぎゃあ」

 かばうべきは頭だ。

「――油を売るのも結構ですが、蒔田くん。こちらの部屋の椅子を全て運び終えてからにしてくださいね」

 どうやら、……タスクに救われた。
 頭を抱えていた体勢から戻ると、マキは冷静に「ああ」と頷いていた。
 まとう青っぽいオーラも同時に収束したようだ。
「片付けが終わったらみんなで話し合いの時間を持ちましょう。三十分ほどで。今日の反省会プラス明日の方針固めです。視聴覚室を片付けている桜井くんと宮沢さんには既に伝えてあります。そこで、蒔田くんには議事録をお願いできますか? せっかくですのでWordで新しいフォーマットを作ってみましょう。使い勝手は僕も気になっていましたし。提出期限は木曜の朝イチでお願いしますよ」
「てんめ」
 おそらくマキが怒りの形相でタスクに向かう。
 タスクは頭を抱え込むどころかそれどころか、
「……口ではなく手を動かしましょうね……」
 眼鏡の縁に触れる余裕をもってして、サディスティックとも見て取れる笑みを浮かべる。

「第一蒔田くんあなた、眠気覚ましに運動が必要なのではありませんか?」

 それを聞くと。
 舌打ちしてマキが教室後方へと方向転換。散らばってる椅子を重ねにかかる。
 タスクが彼を見やり片方の肩をすくめる。
 私はタスクと顔を見合わせて小さく笑った。

「おっまえら、んなとこ突っ立ってねえでとっとと片付けっぞ!」

 強がるマキの叫びが響いてまたひとつマキが愛しくなった。
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