碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第七章 選べません……全部嫌です

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「どした真咲ぃー大丈夫やったがーっ」
 息切らして急いだ様子で来られたってそんなの。
「大丈夫なんかじゃないよ。あの変なイベント申し込んだの紗優? いったいなに考えてんのっ」
「ごめん。ごめんなーあんな騒ぎになるってまっさか思わんかってんもん」
「んもうっ」
 ぷいと背を向ける。
「けどさーでもさー。……悪いことだけじゃなかったんしょ?」
 口笛で吹き始める曲目は。
 ドリカムの『LOVE LOVE LOVE』。
 あながち。

 外れじゃないとこが痛い。

 同じ位置に立ってる。
 こんな風に金網掴んでた。
 ちょっと息吹いて笑った、体育祭の午前に。
 左の手で。
 利き手はノーマルに右。

 咄嗟に出るのは、誰しもが利き手。

 手のひらを見つめる。

 びっくりするひとの波を。
 知らない輪のなかを。
 惑いなく突っ切って、
 安全な世界に連れてきてくれた彼の。

 感触が残されてる。

 サッカーをしていたと聞いていたしあのぶっきらぼうな性格。がっちりしたスポーツマンの手を連想していたのに。
 肌の感じ、……女の子に近かった。
 柔らかくってピアノでも習ってそうな。
 すこし冷たくって指先冷え性なのかな。
 目を閉じてれば神経質なアーティストだと思ってた。

 目をつぶっててもきっとここまで無事に来れた。

 洗いたくないな。
 本音を言えば。

 一生、消えなきゃいいのに、この感触。

「……あのな。嫌っとる相手に誰があんなことする? マキな、いっそいで一組呼びに来たんよ。あいつ普段声でっかいがに。周り気にしてちっさい声で」

 都倉屋上に残してきた。
 行ってやれ。

「それで。当のマキはどこに……」ここで待ってろって屋上に連れられて以降、私はその後を知らない。
 ステージを見てないはずの紗優がいま、騒ぎ、って言ってた。
「んー? 隠れとるよ。ちょっとなーいま出られん状況。ようあたしんとこ来れたと思うわ。男子面白がってなー。いつからつきおうとんのや? ゲイホモ属性いつからやーマキで童貞捨てとんのかーてな、田辺、えっらい突き上げ食ろうとる。こっち来る途中にな、蒔田さんがぁああって泣いとる女、いぃぱいおったわ。あっはは」
 ちっとも笑えないよ。
「隠れてるってどこに」
「場所違う。隠れるって着ぐるみんなか。うちのクラスなーこんなんの他にいっぱい用意しとるのん。それ借りる目的もあってんな。マキは」
 ……着ぐるみ。「変装ってこと?」
「選ばせてんけどあいつ。なんの着ぐるみ借りてったと思う?」
「さあ」
 007とか?
「ピンクのくまさん」
 ……
「ちょっ」
「あっははは。傑作やろあのマキにピンクっピンクやよっ一反もめんもヌリカベもドラミちゃんも無視していっちゃんかわいーの選んでってんよっ」
「も、ちょ、それ以上、」
 もう涙が出てきた。紗優までけらけら笑ってる。
 拭いつつ確かめたいことを。「あ、あのね。もひとつ訊きたいんだけど」
「なんこやて構わんよ」
 息を整える。どこかからバンドの演奏が聴こえる。体育館かな。
 空気を吸い、
「マキっていつから田辺くんとつき合ってるの。私、気づかなくって。……田辺くんに私恋愛感情持ってないってやっぱ。伝えるべきだよね。マキに」
 口開けたまま紗優が私を見た。
「あ、言いにくい話だったら言わないで」立ち入ったこと訊いちゃいけない。「あのね。言っておくとね。別に男の子同士って変なことじゃないよ。好きって思うのは人間にとって大切で自然な感情だから。フロイトが言うにはね、男も女も両方の性を愛する素質を持っているの。同性愛者の実際は知らないんだけど、一人、前の学校にいたっぽいし。普通の子だったよ。テレビで見るオカマ芸人じゃない、誰とも変わらない。だからね、」
「待った!」挙手。「待った待った真咲あんた」
「どしたの」
 あ、前屈。すごい肺活量だ、よく息が続くものだ。
「あんった。にっぶいんもたいがいにしいや。あいつらがデキとるわけないやろ! 本人のためにゆうとくとな、マキは。ホモでもゲイでもない生粋のストレートやわねっ」
「ぜんぶ同じ意味だと思う」
 あ。バイセクシュアルでもないんだ。
「なっしてマキがあんなん言うたがか分からんがか! じっぶん騒ぎに巻き込んでまで。そんなん田辺が真咲にキ……あほらし。なしてあたしから言わなならんの。あんた。自分でマキに確かめいや。なして私んこと連れ出してくれたんって目ぇ見てちゃんと訊きいやっ!」
「そんな勇気あるわけないじゃん」
 相手はあの仏頂面の朴念仁だよ。
「ね。これジュディマリだよね」タイトル知らないけど紗優なら分かるかな。「ライブ。体育館でやってんだよね。見に行かない? 当番もう終わってるでしょ」
「終わっとらんでも一緒するわ。あんたんこともー黙って見とられん……」
 なんだか肩を落とすのを励ますつもりで、この曲ってなんだっけって訊いてみる。
 思いのほか冷めた目で紗優は返した。

「『LOVE ME DO!』。……いまのあんたにぴったりやと思うわ」

 タキシード姿だと落ち着かず。また不必要に目立つ感じもあったので、二年四組に寄って着替えてから向かったところ、残り一曲となっていた。体育館足踏み入れるとラストですーってボーカルの子が叫んでた。
 なかなかにあの歌唱力を持つ歌手の曲を唄うのは厳しい。
 けどあの子、上手いと思う。
 この曲目ならば私でも分かる。
『小さな頃から』
 すり切れたカセットテープみたく感じられたときに。
 一人膝抱えてた部屋で励ましてくれたカセットテープ。
 全ての窓を開け放った体育館は、音響悪く、ライブには不適で。でも音はひかりとなって届く。誰の元にも。
 後方の着席エリアに目もくれずざくざく進んでく紗優についていく。……ほとんどの人が立ち見してる。パイプ椅子エリア、座ってるのは数えるほど、お年寄りだけかな。
「タスク。和貴。和貴ぃっ」
 音楽を気にして紗優小さく叫ぶ。
「お。遅かったねえ。こっち入る?」
「都倉さん。見えないようでしたらそこの椅子、使われますか」
 あ確かに。立ち見エリアの最後尾だからまるっきし、頭に隠れてステージが見えない。
 自分の後ろ一直線上に誰もいないのを見計らい、そこの椅子を拝借する。音を立てぬよう靴を脱ぐのだが。
 がたがた。
 なんか安定しないなあパイプ椅子。膝立ちのほうがいいかな……
「よかったら僕の肩に捕まって」
「あ。……ありがと」
 ライブじゅうふらつき通しよりはいいかも。遠慮なくお借りする。バンドがハケて次の準備に入る間、身を低くしてタスクの隣に回った紗優がこっち見てにやにやしてたのには気づかないふりをした。
「それではお待たせしましたー本日最後のバンドとなりました、皆さんお待ちかね! 『The Red and The Black』の登場ですっ」
 暗転。
 あれ黒カーテン引かれてる。暗っ。
 両端の上方からライトで照射されるステージ。
 赤と、黒。
 クロスするラインに、黒布が。
 舞い上がる。
 屈んでいた、……三人が。
 真ん中の彼が先ず目を引く。
 赤い髪をした男子は、

『知っとっかーオレら今年もトリやんねぞ。見に来て見に来てー』

 ――彼、だ。

「R&B!」
「R&B!」
 人気なのか凝ったバンドなのか。両方だおそらく。ステージ上の壁一面に赤と黒の旗が貼られてる。白抜きでバンド名のレタリングの入った。なんせ観客の勢いがさっきとは段違い。バンド名だかがしきりに叫ばれてる。最前列で女の子たちが必死に小旗振ってる。あの旗、……も手製かな。赤黒だし。
 歓声のなかを黒い髪と金髪の彼は慌てず騒がずそれぞれ配置につく。なんか慣れてる。赤い髪の彼は、センター。マイクを手に。
「うぃーっす」
 うぃーっす。
 ……てなんじゃそりゃ。赤い彼、おどけて敬礼。「待たせたなー。大人しくほかのやつらの聴いてたかー」
 してませーんーっと高い声が響く。駄目じゃんそりゃ。
「てか気合足りてねーぞー。おれ一人に負けてどーするよてめーら。もいっぺん言えーっ。うぃーっす」
 マイクを台から外し、客席に向け、
 うぃーっす。
 キャーハルーこっち向いてーっ、て……すご、いな。そんなにニーズがあるんだ、彼。
「うんじゃ、気合ついでにいつものやつから行っとくぜーえぇっ! 来い! おらぁっ! ぅRed!」
「Red!」
 拳を上に突き出す。
 えっうそ、やんの?
「&!」
「&!」
 今度は左の拳を。
「Blaaaaack!」
 右拳をぐるぐる回して最後に天を指す。
 まるきりついてけず私ポカーン。
 マスゲーム……みんなやれてて動き揃ってるのがすごい。
「うっしゃあ、おまえらついてこいよーっ一発目から飛ばすぜっ『Smells Like Teen Spirit』ぉーっ」
 ギターリフと共に会場が、曲が、暴れだす。
 すんごいノリノリ。みんな。からだ揺れてる。縦ノリ。メイド紗優なんて腕上げて踊ってるもん。私に気を遣ってか和貴は動かないものの。果たしてお年寄りついていけるのだろうか。Jポップでギリなのに洋楽。サッパリ聴かない私置いてきぼり。
 バンド名ってスタンダールからとったのかな。
 R&Bって普通音楽のジャンルを指すんだと思うけど。
 ライブ経験はないがテレビで見るくらいは。MCって演奏一曲は終えてから入れるもん……だよね。
 狂気の渦と化してくみなさん、私疑問グルグルです。
 巧いのは分かった。
 マキと喋ってた男子と同一人物とはとても思えない。刹那的で、攻撃的で、叫びながらもひりひりと焼けつく胸苦しさを与えるのが不思議。クリアなハイトーン。しゃがれた、崩した、動物のように低く唸った。しゃがんで飛んで跳ねてギター上げて下げて、変えても動いてもボーカル乱れない。ほんと……楽器みたく扱えるんだ。
 男性バンドってミスチル辺りしか聴けないのに私、それでも引き込まれるものはあった。
 彼ら。
 トリじゃなきゃ成り立たない。
 比べるとさっきのバンドが稚拙に思えたほどで。激しく荒々しく昂ぶっていても空中分解せず。どこか調和と統制を損ねない。過去の学園祭で聴いてきた内輪ノリのレベルより勿論、東京で耳にするストリートライブの類いよりも上だった。
 私の感慨はさておいて、三曲。似たテイストの激しい曲を終えると、真っ赤なギターを下ろし、背を向けて飲み物、飲んでる。体力使うんだ。ドラムの男子の裸の上半身、汗でてらてら光ってるもん。タオルで汗拭くとTシャツを着始める。
 ライトが白っぽいスポットに変わり。
 照らすのはステージの真ん中の。丸椅子が三つ。サイドにギター。
 三人座ると。
 広げた足の間に、椅子を掴んでボーカルが片手にマイクを寄せ、
「この曲で最後」
 えぇえーっ!
 また小旗揺れる。
「おれらにしてはめずらしくおっとなしー感じにしたんだわ。本日初披露。聴いてください。ここにいるおまえらの全員に感謝を込めて。それと。ある男に捧げます」

『No title』

 着替えたドラムの彼が爪弾く静かな奏でにてそれは始まった。――

 The brightness thorough the window
 I draw down the blinds and shut the door
 I was holding myself in my arms
 Repeating the words you said to me
 
 Darling, that is enough
 I think we should break up
 You are not the man who I wanted you to be
 
 Could anyone tell me How to forget you
 Could anyone tell me how to ease the pain
 
 No one ever sees me
 No one ever sees me
 You are the one who really loved me
 You are the one who have hurt me more than anyone could
 
 The coldness is holding tightly
 Somesay, find another woman to love
 I met someday-on-day women on the street
 But never satisfied me like you did
 
 The other night you have said;
 We should go our separate ways
 I never wanna see you again
 
 Could anyone tell me How to forget you
 Could anyone tell me how to ease the pain
 
 No one ever sees me
 No one ever sees me
 You are the one who really loved me
 You are the one who have hurt me more than anyone could……

 ――
 悲しみを堪える叫びが放たれる。
 静かだった二台のアコースティックギターが音色を絡ませ、抑えていた静けさから、荒い。
 感情を爆発させる鼓動へと。
 昇華させていく。
 歌詞のぜんぶは分からなかった。
 でも、大体の単語は聞き取れた。
 意味も取れた。

 その曲の放つ激情は琴線に触れる。
 痛い。
 軋ませるほどに。
 からだを、震わせ。
 こころを、乱す。

 熱いものが頬を伝う。

『あれつこうたゆうてもか?』
『ノートにちゃっかり書いてくれとったやろ』

『てめ。勝手に曲にしたってのか? 著作権はどうなってやがる』

 残された痛みにもがき。
 どうしたらあなたのことを忘れられるのかと。
 既に自分の元を去った女性を失い、苦しみ。

 それはひとつのことと重なった。
 彼が失ったあることを。

 ううん、
 もう一つ。

『稜子のことやろ、あれ』

 止まらない。
 しゃくりあげるのをこらえる。
 喉が、狭まる。
 号泣だなんて。
 みんな、大人しく聴けてるのに、……気恥ずかしい。
 小さく咳をして、顔を逸らす。

 一人の存在に気づいた。

 後方の入り口に、
 開かれていた。
 人二人程度の幅を、

 ピンクのくまさんが立っていた。

 理解するより先に流れ落ちた。
 拭うときにはもっと理解していた。
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