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insider
第一話(2)同居中の姑にいびられ悩める女
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その日、玲子は浮かれていた。大好きなアイドルのコンサートチケットが、今日、届くのだ。
――年末は、これがなきゃ。
機械に疎い玲子は、コンビニ発券を選ばず、書留郵送を選んでいた。発送料はかかるが、確実に届くほうがよい。
買い物に出かける際、念のため義母に声をかけた。
「お義母さん、わたし買い物に出かけます。もし、書留が届いたら、それ、チケットですので、受け取っておいてくださいね。わたしのですから」
義母の部屋からなにやら沈んだ声が聞こえた。「……分かりました」
専業主婦である玲子は、忙しい日常を送っている。決して高くはない夫の給料でやりくりをし、コスパのよい料理を作る。夫と違って自分にご褒美なんか滅多に与えない。掃除も、洗濯も、毎日。頑張っているほうだと自分でも思う。
ところが、帰宅した玲子を待ち受けていたのは、そんな玲子の努力と誠意を無下にする事態であった。
「お義母さん。これ、どうしたんですか」
ダイニングテーブルのうえに、びりびりに破かれたチケットが散らばる。玲子の脳内が結論を弾き出す。――これではもう、無理だ。諦めるほかあるまい。
ところが悪びれる様子もなく、義母が、
「だって玲子さん。ずるいじゃない! ひとりだけ! なによ! 秀樹ちゃんよりも他の男がいいっていうのあなた! 四十女がふしだらな!」
「お義母さんあたしまだ三十四ですけど……」
「だまらっしゃい!」激高した様子の義母が、「いい年こいてあなた、恥ずかしくないの!? 二十代の男に現を抜かすだなんて、ああ、まったく、恥ずかしい! 恥ずかしくてわたし、外を歩けないじゃないの!」
「どのみちお義母さん部屋にこもりっきりじゃないですか。まるでニートですよ」
「玲子さんがわたしをいじめるから!」まったくの、被害妄想だ。「顔を見るたび、『大嫌い』という感情が滲み出て、わたしのこころを痛めつけるのよ! あなたね、どうして柏木家の嫁として正しい振る舞いが出来ないの!」
「掃除。洗濯。炊事。……全般やってますけど。文句あるんですか?」
「ほらその言い方!」わーっ、と義母が泣く。やれやれそれずるいなあと玲子は思う。「言い方に棘があるのよ! まったく、同居なんかするんじゃなかった! 離れて暮らしていたら、こんな苦しみなんか味あわずに済んだのに!」
「とか言ってお義母さん、お義父さん亡くなってから、柏木の家、ごみ屋敷だったじゃないですか……あんなとこ、あたし、足運ぶのすら勘弁でしたよ。
それで、お義母さん。
わたしの大切なチケットを破いたことに対して、なんらかの謝罪の言葉は、ないんですか?」
「あるわけないじゃない!」歯を剥き出しにした義母が、「わたしをこんなに痛めつけて、謝罪するのはあなたのほうよ――玲子さん!
あなたなんか嫁に迎えるんじゃなかった! ――まったく、お父さんも耄碌してたのね! はっ……まさかまさか! 玲子さんあなた、お父さんもあなたの毒牙にかけているんじゃ――」
義父は昨年、亡くなった。それでひとりになった義母をこのマンションに引き取ったかたちだ。
入院中、玲子は献身的に看病をした。痛みに孤独に苦しむ義父の話し相手になってやり、彼のこころを癒してやったというのに――この仕打ち。
怒りにからだがふるえるのを抑え込み、玲子は毅然と告げた。
「お義母さんそれは――わたしだけではない。
亡くなったお義父さんに対する――侮辱です」
その日のうちに、玲子は、セカンド・ロスト・バージン・サービスに申し込んだ。
*
――年末は、これがなきゃ。
機械に疎い玲子は、コンビニ発券を選ばず、書留郵送を選んでいた。発送料はかかるが、確実に届くほうがよい。
買い物に出かける際、念のため義母に声をかけた。
「お義母さん、わたし買い物に出かけます。もし、書留が届いたら、それ、チケットですので、受け取っておいてくださいね。わたしのですから」
義母の部屋からなにやら沈んだ声が聞こえた。「……分かりました」
専業主婦である玲子は、忙しい日常を送っている。決して高くはない夫の給料でやりくりをし、コスパのよい料理を作る。夫と違って自分にご褒美なんか滅多に与えない。掃除も、洗濯も、毎日。頑張っているほうだと自分でも思う。
ところが、帰宅した玲子を待ち受けていたのは、そんな玲子の努力と誠意を無下にする事態であった。
「お義母さん。これ、どうしたんですか」
ダイニングテーブルのうえに、びりびりに破かれたチケットが散らばる。玲子の脳内が結論を弾き出す。――これではもう、無理だ。諦めるほかあるまい。
ところが悪びれる様子もなく、義母が、
「だって玲子さん。ずるいじゃない! ひとりだけ! なによ! 秀樹ちゃんよりも他の男がいいっていうのあなた! 四十女がふしだらな!」
「お義母さんあたしまだ三十四ですけど……」
「だまらっしゃい!」激高した様子の義母が、「いい年こいてあなた、恥ずかしくないの!? 二十代の男に現を抜かすだなんて、ああ、まったく、恥ずかしい! 恥ずかしくてわたし、外を歩けないじゃないの!」
「どのみちお義母さん部屋にこもりっきりじゃないですか。まるでニートですよ」
「玲子さんがわたしをいじめるから!」まったくの、被害妄想だ。「顔を見るたび、『大嫌い』という感情が滲み出て、わたしのこころを痛めつけるのよ! あなたね、どうして柏木家の嫁として正しい振る舞いが出来ないの!」
「掃除。洗濯。炊事。……全般やってますけど。文句あるんですか?」
「ほらその言い方!」わーっ、と義母が泣く。やれやれそれずるいなあと玲子は思う。「言い方に棘があるのよ! まったく、同居なんかするんじゃなかった! 離れて暮らしていたら、こんな苦しみなんか味あわずに済んだのに!」
「とか言ってお義母さん、お義父さん亡くなってから、柏木の家、ごみ屋敷だったじゃないですか……あんなとこ、あたし、足運ぶのすら勘弁でしたよ。
それで、お義母さん。
わたしの大切なチケットを破いたことに対して、なんらかの謝罪の言葉は、ないんですか?」
「あるわけないじゃない!」歯を剥き出しにした義母が、「わたしをこんなに痛めつけて、謝罪するのはあなたのほうよ――玲子さん!
あなたなんか嫁に迎えるんじゃなかった! ――まったく、お父さんも耄碌してたのね! はっ……まさかまさか! 玲子さんあなた、お父さんもあなたの毒牙にかけているんじゃ――」
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怒りにからだがふるえるのを抑え込み、玲子は毅然と告げた。
「お義母さんそれは――わたしだけではない。
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その日のうちに、玲子は、セカンド・ロスト・バージン・サービスに申し込んだ。
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