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 時間をかけてほぐしてくれているのがよく分かった。
 
 触れる手がこんなにも優しいなんて、あたしは知らなかった。
 
 脳髄がやわらかく染まる感覚。
 
 視界が、滲んでいく。
 
 初めて触れる粘膜。もっと深く、欲している。
 
 瞼をそっとなぞられるから、あたしは自分が目を閉じていたことに気がついた。
 
 切なげな色を宿して揺れる瞳に、大丈夫、と囁く。
 
 全身が、彼という存在を求めている。
 
 確かめるように、時が満ちるのを待つように、あたしを開いて行く彼の全て。
 
 ぽたり、ぽたり、と雫が頬に降りかかる。
 
 混ざり来る彼の匂い。触れる広い背中。感じる、自分のとは違う質感。
 
 あたしの上で彼が動く度に、からだの中を電流が走る。
 
「香枝。……香枝」
 
 絡ませる指、力のこもる手、見つめる色。
 
 求められていることに、また新しい感情が生まれゆく。
 
 宇宙に閉じ込められて、高まっていく自分自身。
 
 一つになっている筈なのにこんなにも孤独で、見失うほどに結ばれたくて。
 
 導かれるままに身をゆだねると、恍惚とした世界の中、意識は暗闇へと飛んでいく。
 
 突如、星が瞬く。
 
 ちらちら輝いていた一等星、あまたの星となって降り注ぐ。
 
 見たこともない、流星群。
 
 手で確かめようとすると、
 
 細胞全部から湧きあがる、例えようのない感覚。
 
 絡ませる現実の指に、今までにないほどの力が加わる。
 
 遠い幻に馳せながら、水にこもった聴覚の中。
 
 自分の名を呼ぶ声を確かに聞いた。
 
 荒い呼吸を繰り返しながら、あたしの髪をかき回すように撫でる彼。
 
 繰り返し、親指が頬をなぞる。
 
 指の先から全体に感情が走った余韻に、加わる刺激。
 
 声にならないわめきをあげると、不安げな表情へと変わるから、必死に手を伸ばす。
 
 初めて、自分から触れた。
 
「泣……いてるのは、清司だよ」
 
 気づいてなかった様子の彼に、
 
「あ、りがと、あたし、」
 
 涙が出るくらいに愛しいと思えて。受け入れたくて。
 
 もっと知りたい、知って欲しい。こんな感情を教えてくれて。
 
 言語化する前に、あたしの意識は途絶えてしまった。


 
 恐怖の色をした天井。いつもひとり、孤独な布団。
 
 それを、こんなにも密着して過ごすこと自体、いまだ実感が湧かない。
 
「香枝」
 
「……ん?」
 
「俺たち今、繋がってる」
 
 現実を言われただけなのに、顔から火が出そう。
 
 覆いかくす手を、順に剥がしてく彼。
 
「照れんなよ」
 
 高いところから見下ろして、くくっと笑う彼に、少々腹は立つ。
 
 けど、陶然とした波が静かに流れだす、このゆるやかさが心地良い。
 
「噛んでると、切るぞ」
 
 下唇の輪郭をなぞる指先。上体を預けて少しの重みをあたしに与える彼は、
 
「我慢すんな」
 
 緩やかにほどく指先。耳元に熱を込めた息を吹き入れて、
 
「声が聞きたい。俺を呼べよ、香枝」
 
 言葉は魔法だ。事実そのとおりとなった。
 
 
 
 夜通し、離れることが出来なかった。
 
 全ての組織があたしとは違う。
 
 真っ平らで、受け入れてくれる胸板を知らない。
 
 間近に見る喉仏を知らない。
 
 声を発すると振動が伝わり来て、どきどきさせる正体。
 
 こんな風に全身を包み込んで。愛しげな眼差しで、髪に手を滑らせるひとを、あたしは知らなかった。
 
 目を閉じるのも惜しい。
 
 思いのほか朱を帯びた唇を見ていると、触れたくなる。
 
 両手を彼の頭の後ろに回して、自分から重ねてみた。
 
 角度を変えてみたそのとき、急に、離された。
 
 えっ、なんで……。
 
「やめろよ」眉間に皺を寄せ、顔を逸らす。
 
 傷つく。
 
「違う、そんな顔すんな。抱きたくなるだろ」
 
 焦り戻るのを間近に見て、吹きだした。
 
「清司の余裕無い顔、初めて見た」
 
「あのな。俺がどれだけっ……」
 
「怖かったの?」

 目線を泳がす。

「ねえ、言ってみてよ正直に。じゃなきゃもう一度キスしちゃうよ」
 
「お前、一生もんなんだぞ。ガラスみたいに壊れそうで、だから、大事に大事に」
 
 ここで言葉を止めた。うすい闇に明確な、頬の赤み。
 
 黙り込む彼は、意外と照れ屋さんだということが分かった。
 
 ――お茶をしている頃、視線を外していた。好きでもない読書をしていた、一連の行動の意味。
 
 全部、理解した。可笑しくてたまらなかった。清司の腹筋も同時に揺れる。
 
「笑いすぎだろ」
 
「ごめんごめん。これで許して」
 
 スタンプするようなキスをしたつもりが、
 
「俺に火をつけたな、香枝」
 
 手痛くは無いしっぺ返しが待っていた。
 
 
 
 翌朝は大寝坊をして、大目玉を食らった。
 
 彼の方も、学校に遅刻。お互い、携帯のバイブに気づかないくらいに眠りこけた。
 
 部屋の鍵を閉めると、
 
「骨盤、痛いだろ。悪かった」
 
 心配よりも、からかう響きが混ざっていたから、軽く叩いておいた。
 
 駅で別れるときに、
 
「電話はすんな。俺もしない。あっちでの生活、頑張れ。応援してる。25日。帰ってきたら、連絡くれ」
 
 ずっと考えていたのか。すらすら、でも棒読みな台詞にも笑えた。
 
 繋いだ手を離したくは無かった。
 
 でも。だから、彼の分も頑張ろうと思った。
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