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#Job01.婚活潰し
#J01-20.美女と連休
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さおりは、小さめの声量だが声質がよく、『瀬戸の花嫁』や『やさしいキスをして』を熱唱した。美山の父である幸助(こうすけ)は『男と女のラブゲーム』を夫婦で、『北の国から~遥かなる大地より~』を歌い上げた。渋い。
耕平は若者らしくラルクアンシエルやGLAYが中心。明海は椎名林檎をチョイス。熟年層に受け入れられるものかひやひやして見守っていたが、紅白に何年も出場しているから、なじみがあるらしい。大いに盛り上がった。
恋奈はジュディマリや宇多田ヒカル。美山といえば……コブクロや米津玄師。おお流行りものもチェックするのねと、微笑ましい気持ちで恋奈は美山の隣で彼の声に酔いしれた。
「カラオケなんて久しぶりだったわぁ」店を出、今度は場所を個人経営の居酒屋に移し、さおりが言う。「恋奈さんとてもお上手ね。なにかコツでもあるの?」
「いえそんな……」恋奈の見立てでは、この一家で一番歌が上手いのは耕平だ。声の質がいいし、聴くとはっとさせられる。それから彼なりのコツがあるのだろう。これを上手く歌い上げるにはどうすればいいのか、その近道を知る人間ならではの秘訣が。「……耕平さん、歌手みたいにお上手でしたよね。聴き惚れました……」
昔から兄にだけは勝てなかった、あの発言が嘘かのように。美山よりも耕平はうまく歌を歌えた。ひょっとしたら、耕平は、美山が兄だというだけで、自分の実力を過小評価しているのかもしれない……そう恋奈は思った。
「頻度ですよ頻度」と耕平は言う。「どんだけ行って練習するか次第なんで……ぼく、仕事柄上司とカラオケに行くことはあるんで、退屈させない程度にはうまく歌わないと、んで上司に引け目を感じさせない程度にへたっぴに歌わなきゃならないんで。それでですね」
耕平はメーカーのシステム開発部に所属していると聞いている。それであの髪の色だ。その説明を聞いて恋奈は納得した。
「さぁさ、どんどん飲んで――食べましょう」恋奈の隣で気遣いを見せる美山。「せっかくの長いお休みなんですから、笑って飲んで楽しく過ごしましょう」
帰り道は、歩きで美山が恋奈宅まで送ってくれた。耕平のほうは、飲み過ぎた両親を見送るほうを優先した。風がここちよく感じられる四月の終わりの空気のなかで、恋奈は美山の存在を愛おしく感じる。確かに明海も大切な娘ではある。娘以上に愛せる人間など見つからないと信じ込んでいたはずが、見つけてしまった。真実の愛を。勿論空気を読む美山が、恋奈と恋人ムードになるはずがない。引き続き、恋奈と明海と三人の帰り道、彼らは暗黙の了解で明海の話を聞き出すことに集中した。
明海を先にアパートの部屋に入らせると、恋奈は美山と向き合った。「……ありがとう。いろいろと。……ご両親にもよろしくお伝え下さい。すっかり、ご馳走になってしまって……」
「親父と母さんは本当に喜んでるよ。パラシンだったふたりの息子がここに来て結婚を匂わせているもんだから、大喜びさ」
みんなで集まるのは確かに楽しいが、でも、と恋奈は思う。……結局耕平から、明海のことをどう思っているのか、聞き出せずじまいだった。彼らは彼らなりの思うところがあるのは分かれど、親としての心配は尽きない。なんせ、明海は重樹と結婚を考えていた……そのくらい思いつめていたのが、耕平と出会うことにより、あっさり解消するに至ったのだから……重樹は東北の出身で、おそらく親と顔合わせはしていないと思われるが、それでも、重樹の親はどう思っているのだろう……不安は尽きない。
すると恋奈の顔色から察したらしい、美山が、
「……もいっぺんWデートとかする?」
「ううんいい」と恋奈は首を振る。「耕平さんにも耕平さんの考えがあると思うから……外野は余計な口出しをしちゃならないとわたしは思うわ。……任せる」
「ぼくのほうからもあいつにはよく言っておくよ。……それで明日は、どうする?」
明海のほうはGWはかき入れ時だ。バイト先の店が大忙しらしく、ここから毎日バイトだ。恋奈は、「どうしよっかな……ねえ美山は? どこか行きたいところある?」
「あー鎌倉か横浜……とか、行きたいかな……」
「じゃ両方行こう。明日が鎌倉で明後日が横浜でどう?」
「恋奈さんは決断が速いな。……理由とか聞かないの?」
「美山が見たいものならわたしだって見たいから……。そうね。美山と、ずっとずっと一緒にいたい……」
「――恋奈さん」どちらからともなく抱き合う。恋人たちのこころが重なる瞬間、ふたりはあまいあまいキスを交わしていた。
武蔵小杉で横須賀線に乗り換え、38分。意外と鎌倉は近かった。GW中ということもあり、小町通は大賑わいだ。ひとであふれかえるなかを、美山と手を繋ぎ、鶴岡八幡宮へと向かう。
「美山ぁ……」
「なぁに?」
「……わたしたち、恋人同士みたいだよね、なんだか……」
「仕方ないさ。恋人同士なんだから」
「そうなの?」
「そうさ」
「ならちゃんと――言ってよ。女は、言葉で伝えて貰わないと不安なんだから……」
「そっか。恋奈。――愛している」
「ここでそれ、言うの? ここで?」
「きみが言ったんじゃないか……」小さく笑う美山は恋奈の髪に触れ、「――愛しいぼくのお姫様。これからもぼくの手をもう――離さないで」
「美山ぁ……」
「前に、鶴岡八幡宮で挙式しているひとを見たことがあるんだ。いいかもね?」
「美山ぁ。でもわたしもう、三十九よ。結婚式なんて今更……」
「挙げたら親父たちは相当喜ぶと思うけどな。親族だけでパーティするのも、いいかもね? 会社関係がめんどくさけりゃ、親族友人だけでパーティって手もあるし……いまは選択肢が豊富だからね」
「美山のくせに。く、詳しいじゃない……」
「そりゃあ、恋奈さんとのことを真剣に考える以上はね。調べるさそりゃ。一生をずっと添い遂げたいという、素敵な女性と出会えたからには、ね。――ぼくは恋奈のウェディングドレス姿が見たいな。写真だけでも撮ろうよ。ね」
「……考えとく」
手を繋ぎ鳥居へと辿り着く。やはり、すごいひとだ。赤い鳥居は『映え』する。恋奈はインスタの類を一切やらないが、それでもスマホでパシャリ。こうして美山との思い出が増えていく……その積み重ねがより彼女の人生を清らかなものへと彩っていく。人生は財産だと彼女は思った。
境内を練り歩き、お守りを買い、家族の健康、そして美山との幸せな未来が手に入ることを祈り、続いては源氏山公園へと向かう。頼朝の銅像をこれまたパシャリ。銭洗弁財天で小銭を洗い、佐助稲荷神社参道で数多くの朱の鳥居に魅せられ、抜かりなく写真を撮る。歩きメインで来ると聞いていたので彼女はいつものフェミニンなスタイルとは違う、デニムにスニーカー姿だ。ハイキングコースを抜け、天空の城ラピュタと言われるカフェでちょっと一息。トンネルを抜けて鎌倉大仏様と対面する。なんだか見ているだけでとてもありがたい気持ちになる。長谷寺の観音様をしっかり堪能したのちに、江ノ電に乗り湘南の海を眺める。夕陽が海を照らし出すそのありさまに恋奈は息を呑んだ。……美しい。けれども彼女は予感していた。これからの自分の人生も、より美しくなるであろうことを。恋をすると人間欲深になる。もっともっと相手を知りたい……美しいものが見たい。もっと笑い、泣き、生きていることへの意味を実感したい……それは生命の本能に由来する抗えない希求。本当の愛を知れば直視せざるを得ない道。けものみちであろうとも恋奈は美山とともに歩きたい……疲れたのだろう。帰りの電車で、自分の肩に寄りかかり居眠りをする美山の重たさとぬくもりを感じながら、このひとなしでは生きていけない……燃え上がるような情熱をその身に、感じていた。
*
耕平は若者らしくラルクアンシエルやGLAYが中心。明海は椎名林檎をチョイス。熟年層に受け入れられるものかひやひやして見守っていたが、紅白に何年も出場しているから、なじみがあるらしい。大いに盛り上がった。
恋奈はジュディマリや宇多田ヒカル。美山といえば……コブクロや米津玄師。おお流行りものもチェックするのねと、微笑ましい気持ちで恋奈は美山の隣で彼の声に酔いしれた。
「カラオケなんて久しぶりだったわぁ」店を出、今度は場所を個人経営の居酒屋に移し、さおりが言う。「恋奈さんとてもお上手ね。なにかコツでもあるの?」
「いえそんな……」恋奈の見立てでは、この一家で一番歌が上手いのは耕平だ。声の質がいいし、聴くとはっとさせられる。それから彼なりのコツがあるのだろう。これを上手く歌い上げるにはどうすればいいのか、その近道を知る人間ならではの秘訣が。「……耕平さん、歌手みたいにお上手でしたよね。聴き惚れました……」
昔から兄にだけは勝てなかった、あの発言が嘘かのように。美山よりも耕平はうまく歌を歌えた。ひょっとしたら、耕平は、美山が兄だというだけで、自分の実力を過小評価しているのかもしれない……そう恋奈は思った。
「頻度ですよ頻度」と耕平は言う。「どんだけ行って練習するか次第なんで……ぼく、仕事柄上司とカラオケに行くことはあるんで、退屈させない程度にはうまく歌わないと、んで上司に引け目を感じさせない程度にへたっぴに歌わなきゃならないんで。それでですね」
耕平はメーカーのシステム開発部に所属していると聞いている。それであの髪の色だ。その説明を聞いて恋奈は納得した。
「さぁさ、どんどん飲んで――食べましょう」恋奈の隣で気遣いを見せる美山。「せっかくの長いお休みなんですから、笑って飲んで楽しく過ごしましょう」
帰り道は、歩きで美山が恋奈宅まで送ってくれた。耕平のほうは、飲み過ぎた両親を見送るほうを優先した。風がここちよく感じられる四月の終わりの空気のなかで、恋奈は美山の存在を愛おしく感じる。確かに明海も大切な娘ではある。娘以上に愛せる人間など見つからないと信じ込んでいたはずが、見つけてしまった。真実の愛を。勿論空気を読む美山が、恋奈と恋人ムードになるはずがない。引き続き、恋奈と明海と三人の帰り道、彼らは暗黙の了解で明海の話を聞き出すことに集中した。
明海を先にアパートの部屋に入らせると、恋奈は美山と向き合った。「……ありがとう。いろいろと。……ご両親にもよろしくお伝え下さい。すっかり、ご馳走になってしまって……」
「親父と母さんは本当に喜んでるよ。パラシンだったふたりの息子がここに来て結婚を匂わせているもんだから、大喜びさ」
みんなで集まるのは確かに楽しいが、でも、と恋奈は思う。……結局耕平から、明海のことをどう思っているのか、聞き出せずじまいだった。彼らは彼らなりの思うところがあるのは分かれど、親としての心配は尽きない。なんせ、明海は重樹と結婚を考えていた……そのくらい思いつめていたのが、耕平と出会うことにより、あっさり解消するに至ったのだから……重樹は東北の出身で、おそらく親と顔合わせはしていないと思われるが、それでも、重樹の親はどう思っているのだろう……不安は尽きない。
すると恋奈の顔色から察したらしい、美山が、
「……もいっぺんWデートとかする?」
「ううんいい」と恋奈は首を振る。「耕平さんにも耕平さんの考えがあると思うから……外野は余計な口出しをしちゃならないとわたしは思うわ。……任せる」
「ぼくのほうからもあいつにはよく言っておくよ。……それで明日は、どうする?」
明海のほうはGWはかき入れ時だ。バイト先の店が大忙しらしく、ここから毎日バイトだ。恋奈は、「どうしよっかな……ねえ美山は? どこか行きたいところある?」
「あー鎌倉か横浜……とか、行きたいかな……」
「じゃ両方行こう。明日が鎌倉で明後日が横浜でどう?」
「恋奈さんは決断が速いな。……理由とか聞かないの?」
「美山が見たいものならわたしだって見たいから……。そうね。美山と、ずっとずっと一緒にいたい……」
「――恋奈さん」どちらからともなく抱き合う。恋人たちのこころが重なる瞬間、ふたりはあまいあまいキスを交わしていた。
武蔵小杉で横須賀線に乗り換え、38分。意外と鎌倉は近かった。GW中ということもあり、小町通は大賑わいだ。ひとであふれかえるなかを、美山と手を繋ぎ、鶴岡八幡宮へと向かう。
「美山ぁ……」
「なぁに?」
「……わたしたち、恋人同士みたいだよね、なんだか……」
「仕方ないさ。恋人同士なんだから」
「そうなの?」
「そうさ」
「ならちゃんと――言ってよ。女は、言葉で伝えて貰わないと不安なんだから……」
「そっか。恋奈。――愛している」
「ここでそれ、言うの? ここで?」
「きみが言ったんじゃないか……」小さく笑う美山は恋奈の髪に触れ、「――愛しいぼくのお姫様。これからもぼくの手をもう――離さないで」
「美山ぁ……」
「前に、鶴岡八幡宮で挙式しているひとを見たことがあるんだ。いいかもね?」
「美山ぁ。でもわたしもう、三十九よ。結婚式なんて今更……」
「挙げたら親父たちは相当喜ぶと思うけどな。親族だけでパーティするのも、いいかもね? 会社関係がめんどくさけりゃ、親族友人だけでパーティって手もあるし……いまは選択肢が豊富だからね」
「美山のくせに。く、詳しいじゃない……」
「そりゃあ、恋奈さんとのことを真剣に考える以上はね。調べるさそりゃ。一生をずっと添い遂げたいという、素敵な女性と出会えたからには、ね。――ぼくは恋奈のウェディングドレス姿が見たいな。写真だけでも撮ろうよ。ね」
「……考えとく」
手を繋ぎ鳥居へと辿り着く。やはり、すごいひとだ。赤い鳥居は『映え』する。恋奈はインスタの類を一切やらないが、それでもスマホでパシャリ。こうして美山との思い出が増えていく……その積み重ねがより彼女の人生を清らかなものへと彩っていく。人生は財産だと彼女は思った。
境内を練り歩き、お守りを買い、家族の健康、そして美山との幸せな未来が手に入ることを祈り、続いては源氏山公園へと向かう。頼朝の銅像をこれまたパシャリ。銭洗弁財天で小銭を洗い、佐助稲荷神社参道で数多くの朱の鳥居に魅せられ、抜かりなく写真を撮る。歩きメインで来ると聞いていたので彼女はいつものフェミニンなスタイルとは違う、デニムにスニーカー姿だ。ハイキングコースを抜け、天空の城ラピュタと言われるカフェでちょっと一息。トンネルを抜けて鎌倉大仏様と対面する。なんだか見ているだけでとてもありがたい気持ちになる。長谷寺の観音様をしっかり堪能したのちに、江ノ電に乗り湘南の海を眺める。夕陽が海を照らし出すそのありさまに恋奈は息を呑んだ。……美しい。けれども彼女は予感していた。これからの自分の人生も、より美しくなるであろうことを。恋をすると人間欲深になる。もっともっと相手を知りたい……美しいものが見たい。もっと笑い、泣き、生きていることへの意味を実感したい……それは生命の本能に由来する抗えない希求。本当の愛を知れば直視せざるを得ない道。けものみちであろうとも恋奈は美山とともに歩きたい……疲れたのだろう。帰りの電車で、自分の肩に寄りかかり居眠りをする美山の重たさとぬくもりを感じながら、このひとなしでは生きていけない……燃え上がるような情熱をその身に、感じていた。
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