婚活百人目のロマンス

美凪ましろ

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#Job01.婚活潰し

#J01-06.美女と約束

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「わーっすっごく美味しそうーっ」目をきらきらさせる彼女が愛おしい。自分の胸のなかに流れる、あたたかい感情を直視する美山は恋奈に目を向ける。「……これ作ったの、誰だと思う?」
 美山は恋奈とエロエロしていた。美山の母が作ったのでは当たり前過ぎる……消去法で、
「耕平……さん?」
「ビンゴ!」目を爛々とさせる耕平が、「すっごい! よく分かったねえ! おれ、恋奈さん食べてくれるからすっごい張り切っちゃったんだぜぇ! さーさ食べて食べて! やっぱり、美人さんに食べて貰えるほうが嬉しいわ!」
 客席に耕平が誘うその様に美山が必然険しい目を向ける。そんな兄弟のやり取りに、美山の母であるさおりが、『そんな目をしないの』とアイコンタクトを送る。
「それにしても……いいんですか? こんなに……すみません」テーブルに所狭しと並ぶ料理の数々。いかと里芋の煮物、筑前煮に、ひじきと枝豆のサラダに……あれは人参のしりしり? お味噌汁はシンプルに豆腐とわかめ。あの具材はうちの明海も大好きだったと彼女は思う。
「うちはひとを呼ぶのが趣味みたいなものだから」やんわりとさおりが言う。「息子たちには、自分のことは自分でやりなさいと仕込んだの……子どもって不思議ね。任せれば任せるほどぐんぐん伸びる。若竹のようにね。わたしが極度のものぐさで、働いていたというのもあったけれど、……もしね。将来結婚することでもあったら、お嫁さんを困らせることのないようにと、ある程度の家事炊事は仕込んだつもりよ。耕平なんてわたしよりも料理が上手なの」
「へへーっ」得意げに鼻の下をこする仕草にスケバン刑事世代としては反応してしまう。ところが美山は、
「……今度は、ぼくが、作るから」一語一句やけに力を込めて言う。「……恋奈さん、中華とか好き? ぼくねえ、中華の……あっつい中華作るの好きなんだ。豆板醤をしっかり利かせた麻婆豆腐にキュイーっとビールなんかいっちゃって? たまらない気持ちになるよ……」
「ああ美味しそ……」
「ちょっつ恋奈さんてば引き寄せられすぎ! ぼくのこと見てよ恋奈さーん」
「……駄目だ恋奈は誰にも渡さない」
「わたしの出る幕がないじゃないか」
「あらいやだお父さんたら。本当に、男の人ったら、べっぴんさんがやってきたらすぅーぐメロメロになっちゃうんだから。……恋奈さん、このひとたちは適当にあしらっておいて。女は女同士、仲良くやりましょうね……わたし、ずっとずっと娘が欲しかったの! 恋奈さんさえ迷惑じゃなければ、せっかくご近所なのですもの。どんどん、遊びに来てね? 次は是非明海ちゃんも連れてきてちょうだい!」
「いえ……その」
「母さんてばがっつき過ぎ! 恋奈さん困ってんじゃないかよー。それにね、初対面でいきなし信用しろってのも無茶だと思うよー。この辺て地味にカルトやマルチの類も多いし。あー恋奈さん念のため言っておくけど、うちそういうの一切やんないから。安心して?」
「……せっかくの料理が冷めてしまう。食べながら話そうか」と美山。「瓶ビールとかいけるよね? 恋奈……」
「あらあなた帰りはちゃんと車で送ってってあげるのよ? 悠作?」
「勿論」
「いえそんな……」
「――駄目。恋奈。ここはぼくに恥かかせないで。……恋奈は大人しくぼくに送り狼されて食べられちゃうの。がおーって」
 くすくすと恋奈は笑う。「……でも、娘が帰ってくるのに。鉢合わせしたたらとんだ修羅場よ……」
「んで結局あなたはぼくの部屋にお持ち帰りされる。なにしに送ってきたの!? ってみんなにびっくりされるキャッキャムフフな展開」
「どんなこと……するつもりなの、わたしに」
「そりゃあもう。あなたが望むのならぼくはなんだってしてあげるよ。九のつく日に例のスーパーでキャベツ三玉買いに走ったっていい。ロールキャベツ祭りだ! あのドラマを思い返しながら東京タワーならぬスカイツリーの周りを逆立ちして三周するもいい。それから……この髪を切って三つ編みにして弁護士事務所なんか創設してあかねちゃんて名前つけて可愛がってあげるのもいい。要はなんでもアリだよ……ああ言っておくけど、『あの方面』はぼくすっごい……得意だから、はちきれんばかりに期待しておいて……?」
「悠作ってば、わたしあなたの先生なのよ……誤解させないで」
「こんなに魅力的な女性を前にどうして誘惑などさせられずにいようか。……恋奈。きみの美しさはもはや罪だよ。ぼくをあなたのことしか考えられない下僕に仕立て上げたのだから」
「はいはーい! お二人さんがラッブラブだってのはもう骨の髄まで染みましたからーっ。料理料理ーっ」
 耕平の一声で和やかな会食が開始した。

「恋奈さーん。また来てねーっぼく、次は広東料理作るから! ねえ食べてほんとに!」
「恋奈ちゃん、本当に来て来て! もうあなた……すごく素敵ね。見てるだけでお母さん癒されるわ……」
「次回は是非熱いコーヒーを。こほん。飲んで頂けると……」
「遅くまですみませんでした」助手席に座る恋奈はシートベルトをかけ、車が発車する。「ありがとうございました! わたし、悠作さんのために――頑張ります!」
 じゃねー、と言う耕平の声を背に、美山の実家を離れていく。大通りに出て、赤信号でストップしたところで恋奈が美山に話しかける。「……素敵なご家族ね。一緒にいて……こころがぽかぽかとあったまったわ……素敵」
「そう言って貰えると……嬉しいな」シフトレバーを握る美山の左手が動く。なにをするのかと思えば、音楽をかけただけのようだ。――なんだ。期待したのに。「暑苦しいところはあるけど、まああれはあれでぼくの……大切な家族だから」
「あなたのご家族ともうまくやっていける婚約者が見つかるといいわね」
「……ん」
 恋奈としては明るく勇気づけたつもりなのに。前方をきつく見据える美山の表情は冴えない。「……どした?」
「いや……ちょっと」ハンドルを切る手つきが思いのほか男らしい。美山と出会ってまだ二十七時間。彼の知らない一面を見せつけられ、その都度恋奈の胸は高鳴ってしまう。「ぼく、正直、……あなた、と……」
「うん」
「……あなた以上のひとを見つけられるのか、すごく不安で……」
 恋奈は顔を横に向けた。目線が合う。横断歩道。杖をつくご老人。車はストップしている。
 先に恋奈の口が動いた。「……わたし」
 クラクションを鳴らされ、車はスタートせざるを得なくなる。なにを言いたかったのか……言葉にならない壁がふたりのあいだにそびえている。あれほど強く、想いを確かめたかったのにも関わらず。
 車を持たない恋奈が車に乗る機会はレアだった。視界が広く、普段よりも高い視点。気持ちのいいクッションシート、流れる風。なによりも、愛する美山と密封された空間……そのどれもが、きらめく彼女の恋を、より華やかに彩っていく。――そう、恋とは本来、美しいものである。誰のこころをも輝かせる宝石。
 通勤途中に自転車から見るはずのいつもの光景……それが、一緒にいるひとと、タイミング。視点が違うことでこれほどまでにきらめくものとは……恋奈は、恋のメカニズムにただひれ伏すほかなかった。
 幸福な時間はそう長くは続かなかった。十分程度で恋奈の住むアパートの前で車は停まる。
「……恋奈さん」
 車を降りる美山が恋奈に声をかける。「……うん」
 回り込んで恋奈の正面に立つと美山は、
「ぼく……頑張るから。もっともっと、周りに認められる素敵な男に生まれ変わるから……。あなたは、……あなたの婚活を続けてくれてていいんだけど……でも、もし。
 もし、ぼくを、『選択肢のひとつ』として見てくれるんなら……。可能ならば、あなたに。
 離れ離れの恋人たちがひとつになれる七夕の夜に。
 あなたに、ぼくの本当の想いを打ち明けるチャンスを、くれないだろうか……」
「――馬鹿。美山ぁ……っ」たまらず、恋奈は美山の胸にすがりついた。もう、恋しくてたまらなかった、このひとの匂いが。「ひとが、せっかく……抑え込んでいるのに。なんでそんな馬鹿なことをするの。わたしね、あと八ヶ月で四十路に手が届く、おばさん……なのよ? そりゃちょっとは……いえかなり、アンチエイジングとか頑張ってるけど……美山ぁ、あなたなら、あなたなら……もっと可愛くて魅力的な女の子がいっくらでも見つかるわよ。絶対絶対……」
「――ぼくは、あなたがいいんだ。あなたしか見えない……」恋奈の肩を抱くと美山は、「でも、思うに。エビデンスを見せないと。あなたがそんなにも頑張ってぼくを仕込んでくれた成果を、ある程度お披露目しないとぼくはあなたに対し失礼だと考えている。だからね、婚活は続ける。そして、あなたと一緒の未来を手に入れる。……絶対。
 約束するよ恋奈先生。あなた以外の女で勃起しないと……」
「それは別にしてくれてていいのよ? 生理的反応だし……」
「あなたの感触がまだぼくの唇に残っている」と恋奈を抱き寄せる美山。「その香り……存在……気持ちよさ。感じやすくていきやすいあなたのみずみずしさ……表情。どれもが宝物となってぼくのなかに散りばめられているんだ……あなた以外見えない。これが愛なんだと……ぼくは思う。
 ……恋奈。ぼくにこんな気持ちを教えてくれてありがとう……。子どもはね。別にいなくてもふたりで仲良く過ごしていけばいいんだし、無理せず、機会があったら……程度で。それに、妊娠出産はどうしても女の人のからだに負担がかかるだろう? 例えば四十五歳になって、欲しくなったら養子を引き取るという手もあるんだから……フレキシブルに行こうよ? ね?」
「でもわたし……美山との子どもが欲しい……あなたのきりりとした眼差しに生き写しの、麗しい男の子が、欲しい……」
「そっか。ぼくはあなたに似た男の子でもいいと思うけどなあ……茶髪で愛らしい感じの」
「あらこれ勿論染めてるのよ?」
「うん。でも……なんだろう、あなたの場合、すごく自然だよね……耕平なんかどうよ。いかにも! って感じがするだろ……?」
「そうね……でもそれも個性ね」
「ねえ恋奈」
「なぁに悠作」
「えっち……したいな。カーセックス」
「ふふふ。でもまだ時期尚早ってやつよ。七夕まで我慢我慢」
「ていうことは、なに。公開プロポーズしたらカーセックス……してくれるの? 本気?」
「うーんどうしよう。ちょっと危ないよね……なんかそーゆーののメッカがあるらしいんだけど。でも狙われたら面倒だし、やっぱリスクは取らない、ってことで」
「ちぇー。じゃー野外は? 昼間喋ったあのテーブルで後ろからあなたをガンガン突く……とか。月明かりに照らされてあなたの髪が揺れる……すごい綺麗だと思うよ……」
「悠作ったらさっきからえっちの話ばっか」
「えー。おれからエロを取ったらなにが残んの」
「……顔。ねえ悠作……離れたくない……」
「だぁめ。こういうところはきちんとしないと。ねえもう八時過ぎてるから流石にね。……行くよ。ぼくは……おやすみなさい、ぼくのシンデレラ」
「……愛してる、悠作……」
 短くキスを交わし、美山は車に戻り、エンジンをかける。恋奈は、彼の姿が見えなくなるまでずっとずっと手を振っていた。いなくなっても彼の残してくれた言葉の、存在のあたたかみが、彼女を癒してくれていた。それは彼女が知る、本物の愛の重みであった。四月十四日。まだ春の慎ましさを残し、やがて新緑の足音の近づく四月の風を感じながら、恋奈は、死ぬまで自分の身を焦がすであろう、美山への想いの尊さを全身に味わっていた。

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