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五話 後戻りはさせない

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「はぁ、あ…」

 ルイが正気に戻った時には、セシリオは気を失っていた。

 セシリオの身体は汗やら精液やらでぐちゃぐちゃで、しかも体の至る所に噛み跡や鬱血痕があった。

 ルイははっとしてセシリオの首筋を見たが、そこには噛み跡は残っていなかった。

「よかった…」

 勢いで番契約をするなんて王族として許されないことだった。相手がジューン家の息子ならなおさらだ。

 そもそも、誰に見られるとも分からないような場所で…
 周りを確認すると、ルイがのした男達はまだ目覚めていない。
 そこまで時間はたっていないのかもしれない。
 そのことにルイはひとまず安心した。

「ん…ぅ」

 ルイが動かしたせいか、セシリオが身じろぐ。

 情けなくもルイは焦って逃げ出したくなったが、運良くセシリオは目を覚さなかった。

 ほとんど覚えていないが、朧げな記憶を辿ると、相当酷く抱いたらしい。

 男のオメガは発情期以外の性行為ではほとんど孕まないとはいうが、もしかしたら孕んでいるかもしれない。

 いまもセシリオが少し身じろいただけでこぷりと精液が溢れ出すほどだ。

「……どうしよう」

 ルイは今まで品行方正に生きてきた。
 ときどき、ほんのたまに、ルイにしつこく絡んでくるものには乱暴に対応することはあるが、本当に稀なことだ。

 それをまさかセシリオに見られるなんて…

 セシリオはルイと同じく身分も高く品行方正で有名な生徒だった。
 ルイはそうはいっても剣術や馬術をしているから力はあるが、セシリオは本当に非力でか弱い深窓の令息だった。

 ジューン家の唯一のオメガであるセシリオは蝶よ花よと育てられてきたらしい。それがなんで好んでこんなことを…

「それにしても、あの匂いはなんだったんだろう」

 セシリオがルイの手を取った瞬間香りだした甘い匂い。あれがルイを狂わせたのだ。
 いまもセシリオの首筋からほんのりとあの匂いが漂っている。

「はぁ…どうしよう」

 流石にここにセシリオを置いて出ていけるほど腐った男ではない。
 とは言ってもいくら人気のない場所とは言え、人が来ないとも限らない。
 この状況を見たら、ついさっきまで二人が何をしていたのかなんてバカでもわかる。

 今ならまだ後戻りできる。
 しかし、ルイ達が関係を持ったと公衆に知れ渡れば、二人で結婚するほかない。

 ルイはセシリオが嫌いなわけでもなければ好きでもない。そもそも接点がほとんどなかったのだ。
 それなのに、いきなり甘い匂いで誘惑されて、そのまま結婚なんてことになるのは嫌だった。

「とりあえず後始末をしないと…」

 ルイは自分の乱れた服を直し、セシリオの下半身をある程度拭ってから制服を着せてやった。

 ボタンを付け終わったころ、セシリオが目を覚ました。

「…僕なんて犯した後にゴミみたいに捨ててくれて良かったのに」

 セシリオが開口一番に言った言葉にルイは目を剥いた。なんなんだこの子は。
 心底残念そうなセシリオは自分の服装を見た。

「服、着せてくれたんですね。ありがとうございます」

 そういうけれど、ぜんぜん有り難く思っているようは見えない。

「ところで…あなた、どなたですか?」
「は?」

 ルイは頭が真っ白になった。
 もしかして、自分は名前を聞かれた?

 じゃあ、セシリオは自分がルイであることも、皇太子であることも、知らずに、あんなことをしたとでもいうのか?

「あなた、アルファですよね?なんで僕の首、噛まなかったんですか?僕、これでも公爵家の息子なんですよ?」

 既成事実、つくっちゃえばよかったのに。
 そう思っているのがありありとわかる。
 たしかにセシリオからすれば玉の輿をみすみす逃したアルファを不思議に思うだろう。
 ただ、貴族の中でもっとも尊いといわれるジューン家よりも尊い身分のものはいるのだ。

「はい、知ってますよ。セシリオ様。僕の名前はルイ・キャペル。この国の皇太子です」
「え」

 セシリオは目を見開いて口をぽかんと開けた。
 そして、そのあと欲望に染まった顔で微笑む。

 自分の皇太子という身分に目が眩んだのだと思った。しかし、セシリオの口からこぼれたのは思っても見ない言葉だった。

「あ、は……皇太子様、だったんですね。ごめんなさい。そうとは知らずにあんなはしたなく誘ってしまって……この罪は償うので、どうか僕を罰してください」

 あぁ、この子は、本当にこういう子なんだと、つくづくルイは思った。
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