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猫ちゃん戸惑う

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 澪のほうはといえば、宇伊から離れて知らない女の人たちに囲まれてちょっとしたパニック状態に陥っていた。
 澪は箱入り息子を超えた金庫入り息子だったのでまともに喋ったことがあるのは家族と宇伊ぐらいだった。
 結果、澪は対人恐怖症にも近い極度の恥ずかしがり屋になってしまっていた。

「こちらへどうぞ」
「ひ、ひゃい」

 侍女がドアを開ける仕草にすらびくつく澪に、不思議そうな目を侍女が向けてくる。
 澪はいたたまれない気持ちになりながらも部屋に入った。

 澪が部屋に入ると後ろについていた侍女が膝をついて言った。

「慶斗様、お待たせいたしました。澪様がお出でになられました」

 えぇぇ!と叫びそうになるのを澪はどうにか心の中だけに留めた。
 この部屋に慶斗がいるなんて知らなかった。
 どうしよう。下に向けていた視線を上げるのが怖い。慶斗を正面から見つめたりしたら澪は失明するかもしれない。でも、慶斗がどんな服を着ているか気になる。
 澪はそんな葛藤をしていることを知る由もない慶斗は冷静な声で
「そうか。もう下がっていい」
 と侍女に告げた。

 侍女たちが一斉に出ていくのを横目に見て、澪は自分も逃げたくなったが気持ちを奮い立たせて視線を上げた。

「かっこいぃ…」
「は?」

 開口一番に澪が放った言葉に固まってしまった慶斗の様子は澪には全く見えていない。

「お祖母様、本当にありがとうございます」

 澪は慶斗と結婚することを許してくれた祖母に心底感謝した。

 慶斗は髪の色と同じ黒を基調とした着物を着ていて、裾から覗く尻尾はふさふさとして優雅に揺れていた。そしてピンと立った耳は雄々しく慶斗の精悍な顔立ちを際立たせている。

 もうどこから見ても完璧としか思えない慶斗に感極まって澪は涙を流した。

「おい、澪…なぜ泣く」

 慶斗はいきなり泣き出した澪にうろたえてそう聞いた。

「あ、あわ…な、なな…名前呼ばれたぁ…」

 名前を呼ばれた歓喜のあまり澪は号泣しながら尻尾をぶんぶん振り回した。
 しかし、慶斗からすると猫種が尻尾を振るのは不快感を表すジェジュチャーだ。

「泣くほど俺に名前を呼ばれるのが嫌なのか?」

 表情はあまり変わらないもののショックを受けて慶斗の尻尾はしゅんと床に力なく落ちた。

「ちがっ…これは」
「怖がらせてしまったのならすまない。どうか泣き止んでくれ」

 ぺたんと耳を垂らして慶斗は着物の袖で澪の涙を拭う。

「っ…慶斗さんがち…近いっ…」

 これまでにない至近距離にある慶斗に真っ赤に染まった顔とは反対に澪の頭は真っ白になってしまう。
 どうやら実際に慶斗と話すのは澪にはキャパオーバーだったらしい。

 澪が七年間も慶斗のストーカーをしていた理由はここにあった。

 拗らせに拗らせた澪の引っ込み思案はもはや病的な域に達していた。澪は決して進んでストーカーになった訳ではないのだ。話しかけようと思って慶斗に近寄ったはいいものの緊張のあまり固まってしまい、結果後ろをつけ回すことになってしまっただけである。

 そんな澪が慶斗とこんな間近にいて正気でいられるはずがない。澪はあっさりと意識を失ってしまった。
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