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09 「ふたり」の形

15 Baltroy (シンプル)

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「否認している?」
『そう。メアリの件は絶対違うと。皮膚片をそっちに送ったら特定できるかな?』
「あの皮膚片?」
『レプリカントには個々のDNAがないから無理だとこっちの鑑識に言われた。そっちなら何かわかることがあるんじゃないかと思って』
「うーん、そうですね……どのメーカー製なのかはわかるかも知れません。個体は確かに識別できないですが」
『少しは限定できるか。送っていい?』
「はい。もちろんです」

 キンバリーからのコールを終える。すぐにメアリの爪の中にあった皮膚片が届くだろう。

 ログバートは他のいくつかの安楽死については書類が不完全だったことを認め、それらは思ったとおりエミールのせいだと言った。メアリの件は否認。確かにメアリだけ死亡届が出ていないのはおかしな話だ。

 エミールの方は今、警察で事情聴取を受けている。その結果によって、こちらに彼は移送される。ヴェスタは何も言わない。

 好きなやつじゃないのかよ? 全然態度に変化がない。物憂げで青い髪のまま。

「聞いたか? ヴェスタ。鑑識に言っておいてくれ、皮膚片のメーカーを出して欲しいから準備しといてって」
「……メーカー……」
「そう。まあ大体、大企業の5社でシェアが9割超える。あ……エミールはプレインストールがあるんだな。じゃあ確実に5社のうちのどれかだ。零細はプレインストールできない。エミールの用途だとサテュリコン以外だな。AAAかウカノかメーティス」
「どうして?」
「ホームページ見てみろよ。それぞれ特色があるんだ」

 レプリカントメーカーで一番古いのはウカノ・コーポレーション。これは外資系で、本社は東アジアにある。オプションはあまりないが、痒いところに手が届くような、気の利いたレプリカントを作ることで有名。手作業が必要な工場によくここで作られたレプリカントがいる。

 次がメーティス・ラボラトリー。ここは国産メーカーで、オプションが豊富。実用的な知識も揃っていて、資格職に付いているレプリカントの多くがここのメーカーで作られている。体が強いのが特徴。

 ネクストジェネシスは筋肉強化や細菌耐性、気圧耐性などがある、ある意味業務用のレプリカントを作っている。

 AAAは基本は可もなく不可もないが、特殊な注文も受けている。それこそキャリコみたいに、誰かとそっくりに作って欲しいとか、牙をつけて欲しいとか。

 サテュリコンは堂々とホームページのトップに「最高のセックスフレンドをあなたに」と書いてある。もはや清々しい。

「俺は? どこ?」
「お前はメーティスだよ」

 ヴェスタは少しほっとした顔をした。

「サテュリコンじゃなくて良かったってか?」
「もう!」

 久々にヴェスタがちょっと笑った。




 夕方に冷凍の皮膚片が送られてきた。鑑識に回すとすぐに結果が出た。

『メーティスだね』
「ありがとう」

 ヴェスタと同じかよ。エミールの登録を確かめてみる。メーティス。そうだよな。ネクストジェネシスは15年前はまだできてなかった。AAAも当時はプレインストールできる規模じゃなかった。もしも15年前に製造されたエミールの皮膚片なら、ウカノかメーティスかどちらかしかないということになる。

 さて。ここからどうするかな。

 1ヶ月前までならヴェスタを右隣に座らせて思いつきを出し合った。でも……

「………」

 いや。仕事なんだ。考えすぎるな。ここでは恋人である前にバディなんだから。しっかり・・・・してください・・・・・・バルトロイ・・・・・エヴァーノーツ・・・・・・・

「おい、ヴェスタ」

 バディ以外の関係は一旦なしだ。俺もヒヨってる場合じゃない。これでログバートのことに気づくのが遅れたんだ。

 ヴェスタは嫌がるでもなく隣に座って端末を見た。

「皮膚片はメーティスのレプリカントだ。エミールもそうだが、特定はできない。どうする?」
「バルはエミールさんが……メアリさんのそばにいたと思ってる?」
「……まあそうだ。他にメアリに目立ったレプリカントの知り合いもいない。安楽死を山ほどやってきたログバート医師とも繋がってる。ログバートが薬を渡して、エミールが落ち着かせるために手を繋いだりしてやったのかもしれない。実際クライアントにそういうことをすることがあるって言って……」

 あ。

「……?」

 そうだった。ヴェスタがいないうちにエミールに会って話を聞いたことを、なんとなく言わないままにしてしまった。今さら……

「そういえばお前、カウンセリングを受けてみるって言ってただろ。どうだったんだよ」
「………」

 なんか言えよ。まあいい。誤魔化せたみたいだ。

「でもログバートはメアリは殺してないって言う。確かに今までのログバートの情報を見ても、ちゃんと……っていうのもあれだけど、まあ終末期の人に限ってた。死亡届もちゃんと書いてた。届出してないのはメアリの件だけ。この件さえなかったら、ログバートは後付けでも書類を揃えて自殺幇助さえつかないかもしれない」
「揃うのかな?」
「家族の同意書がなかった件は、それがないことの疎明書か、今からでも取ったらいいんだ。本人の同意書がない分は証人でも出して、腕のいい弁護士が付きゃあなんとかなるだろ。
 でもメアリの件はだめだ。メアリは持病の一つもない健康なヒューマンだからな。これに関与していたらどうしたって自殺幇助だ」
「それがわかってて否定してるのかな?」
「そのくらいの知恵は回りそうだけどな。医師免許取ってるくらいにはお勉強ができるんだろ? 親が金持ちみたいだから弁護士も多分もう付いてる」
「うーん……」

 ヴェスタは画面をじっと見つめて口元に白い指を持ってきた。真剣な顔。

「他には容疑者はいないの? こういう薬を渡せる人……飲むだけなんだろ?」
「逆に言うとみんな渡せる。降圧剤と鎮静剤だ。組み合わせて量が量なら死ぬってだけ。かき集めようと思ったら誰でも用意できる。ただ、致死量は知ってないと死なないだろうな」
「ふうん……」
「ひとつ言えるのは、ログバートクリニックで安楽死に使ってるやつと同じ薬品だってこと。パッケージが残ってたから、ログバートクリニックにあるのとロットが同じかコンロンとキンバリーが調べてもらってる」
「同じだったら?」
「まあほぼ確定……少なくとも薬の出どころはログバートクリニックってこと」

 ヴェスタはさっと立ち上がって自分のデスクに座り、何かを調べ始めた。髪はブルーグリーンになっている。ここ1ヶ月では一番緑に近い。ここは放っておく。

 あいつは仕事は変わらずに好きなんだよな……。

 端末に向き直ると、またキンバリーからコールが来た。今日はよく掛かってくる。

「はい」
『皮膚片の結果、ありがとう。エミール・ボネットで矛盾がなくて安心した。実は彼から供述は取れたんだけど、ログバートとは少し食い違っているんだ。どうかな。そっちで話を聞いてみてもらっても構わないかな』
「食い違っている」
『そう。エミールの方も自分は言われた通りやっただけで、犯罪という認識はなかったと言っている。ただ、メアリについても他と同じように受け入れて他と同じように処理したと言うんだ。ログバートの方はメアリの件は一切否認だ。どうかな』

 正直、断りたい。あいつと顔を合わせたくもないしヴェスタに会わせたくもない。

 仕事・・

「わかりました」
『ありがとう、明日そっちに本人を移送するから。まあ、こっちで聴取した記録を付けるよ』

 すぐにファイルが飛んでくる。とりあえず見る。供述調書だ。

 オレグ・ログバートが安楽死専門の医院を始めてから、私は本人やご家族のカウンセリングと書類の整備、その他事務手続きなどを行っていました。
 書類が足りない点については何度かログバート医師に確認しましたが、適当でよいとの話だったこと、また、実際に問題にならなかったことから、そのままにしておりました。
 それが自殺幇助に該当するような犯罪になるとは認識していませんでした。
 メアリ・トールローさんの件についても、何かの深刻な病気のある方だと思っており、特に健康上の問題がなかったということは知りませんでした。


 うまい言い方だ。やりようによっては無罪になるかも知れない。

「エミールの方にもだれか弁護士が付いてるんですか?」
『付いてないよ。彼はまだ共犯容疑の参考人だったし、何しろレプリカントだから……オレグも彼の父親も、エミールにはつけてないし、むしろ全部エミールのせいにする勢いだね』
「わかりました。ありがとうございます。明日、本人から話を聞いてみます」
『宜しくね。ログバートの方の調書も送るから、参考に』

 珍しい。調書を読んだ印象でしかないが、結婚して何年もうまくやってるレプリカントとオーナーとは思えないくらい距離を感じる。まあ、内容としては特にログバートが主犯だと言ってるわけじゃない。でも庇いもしない。

 すぐに届いたログバートの方の調書も見てみる。

 父親の病院からの患者は全て紹介状付きで終末期なのが明らかだから、致死量の薬剤を処方した。書類は知らない。全部エミールに任せていた。
 書類が足りなかったとしたらエミールの手落ちで、自分には責任はない。自分は医師として患者が希望する処置をしただけ。メアリなにがしについては覚えていないが、病院からの紹介でなければ安楽死の処置はするはずがない。

 とのこと。

 本来なら、どの病院から転院してきたとしても、ログバートは改めて病気を評価して診断しなければならない。それを怠っている以上、メアリの件も本当に知らないのか疑わしいところだ。患者の顔も名前も覚えてなさそう。

 まあ致命的にめんどくさがりなんだろう。だからこそこんな余計に面倒くさいことになっている。




 
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