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08 デモンストレーション

22 Gauche (たねあかし)

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 バルトロイのふりをしてエッシャー児童保護施設を訪ねた時、イリーナが居ればそのまま話を聞こうと思っていた。バルトロイじゃないとばれてしまっても構わない。その時は脅しをかけるだけだ。
 でも彼女はいなかった。平和ボケして無防備な彼らは、シフト表を職員室の壁掛けカレンダーにしていた。遅番の方が片付ける人数が少ない。夜中にまた訪ねてこようと思った。イリーナの夜勤の日を記憶した。

 案の定、夜中に来てみると一人しか起きていなかった。出会い頭に殺した。当直室で眠っているイリーナともう一人を起こしてナイフを見せながら、遊戯室に行けと言った。当直室は狭かったから。従わないと子どもたちがどうなるのかな。
 二人の女は大人しく従った。遊戯室に入ろうとした時、若い方の女がナイフに掴みかかってきた。手首ごと切り落とした。イリーナがひいと叫んだ。切られた女の方は叫ぶこともせずに口をパクパクさせていた。面白いな。そのまま腹を裂いた。それでも叫ばなかった。イリーナも今度は声が出なかったみたいだった。女は生きてたけど、立ち上がれず膝をついた。

「何で?」
「さあ? 驚いたのかな?」
「そうじゃない。なんで腹なんか裂いた?」
「あー……特に意味はないんだ。切りやすかったからだよ」

 腹からひどい匂いがして、内臓まで切ってしまったのがわかった。どろっと長い紐みたいなのが出てきたから、試しに引っ張ってみたらずるずると伸びた。小腸かな? どこまで出るのかなと思ったけど、ある程度で出てこなくなった。何かに中で絡んだような、引っかかった感じだった。まだ生きてるなと思ったが、彼女は横倒しになってしまった。

「で、イリーナに聞いたんだ。俺の親が誰なのか知ってるよねって。俺が誰かわかるだろって」

 イリーナはがくがくと頷いたけど、話そうとはしなかった。

「でも早くしゃべってもらわないと夜が明けちまうなと思って、指を切っていったんだよ」

 小指から。一本ずつ切ろうと思っていたのに、ナイフを当てたら暴れたから三本一気に切れてしまった。キャーとイリーナは叫んだ。あ、声が出たな、しゃべってくれるかなと思って、一度切るのをやめて同じことを尋ねた。でもイリーナは首を振った。

「困ったなあと思ったね。イリーナが知らないんじゃ調べようがなくなるだろ」

 もう二本も切り落とした。いやあ、やめて。やめて欲しいなら思い出したらいいんだよ。もう片手も切り落として欲しいのかな? 埒があかない、指じゃだめなんだなと思った。それで、血走って見開かれた目と目が合った。これだな。

「ナイフの切先を目玉にだんだん近づけて行ったんだ。本気だって分かって欲しいなと思ったんだけど、彼女は結局片目にナイフが刺さるまで実感してくれなかったね」

 しゅっと目玉の中から何か白い液体が飛び出した。それに赤い血が混ざる。指や内臓を切った時とはまた違ったにおいがした。ものすごい悲鳴。これじゃ子どもたちが起きちゃうな。何人いたっけ。全部殺さなくちゃ。

 もう片目もかな、その次はどこがいいかなと思った時、イリーナが話します、話しますと言っているのに気がついた。良かった。イリーナが喋ったのは全く聞いたこともない名前だった。有名企業の役員でもない、政治家や俳優でもない。正直、落胆した。あんな戸籍にできるやつならよほどの権力者かと思って期待したのに。

「これでなんの影響力もない親ならやり損だと思ったね。人を殺すのって手間だし、捕まると面倒なんだ。わかるだろ」

 イリーナはそれ以上は言わないみたいだったから、さくっと心臓を刺して楽にしてやった。子どもたちは案の定逃げ出していたけど、あの施設の子どもたちの行く先なんてたかが知れてる。夜明け前までには処分できた。

 イリーナから聞いた名前を検索すると、いくつかの施設がヒットした。それで大体どんな人物なのか分かった。どうやら大物でほっとした。それらの施設に父親宛でイリーナの指や手と、あんたの息子だという手紙と、血液を染みさせたコットンを箱に入れて送ってやった。

「なんでそんなことを」
「息子は要求を呑んでやらないとまずいやばいやつだと思って欲しかったんだね」

 すぐにプリペイドのブリングに着信があり、ある程度の融通はするから親子関係は伏せるように話があった。

 当然、殺人罪を無罪にして表を歩けるようにして欲しい、ついでに金さえもらえれば一生黙っていると言った。『お父様』は言う通りにしてくれた。ただし足に特製のビーコンを付けること、殺人は二度としないことを約束させられた。

「有罪を無罪にっていうのはやっぱり相当無理を利かせないといけないみたいでね。次はないと言われたよ。ま、思ったより多く金が貰えたから良かったな」
「殺人以外は許可されてるのか?」
「さあ……よろしくはないだろうね。揉み消してもらえるのか俺が消されるのかは俺にもわからないな」

 バルトロイの肩に触れる。もう片手で首元のボタンを一つ外す。

「……さて。もういいかな。入れられるのは流石に初めてなんじゃないか? 優しくしてやるよ。たっぷり慣らしてから入れてやる」

 早くこの男を跪かせ、股の間に顔をうずめさせてしゃぶらせたい。憎しみの篭った黒い瞳がこちらを見上げるのを……

「いいぜ。やってみろよ」

「………?」

 バルトロイの顔を見た。不敵な笑みを浮かべている。この態度は何だ? 何かがおかしい。ふと手を止めた。

「やれるもんならな」

 バンと扉が蹴り開けられる。見覚えのある紺色の出動服の男たちが踏み込んできた。警官どもだ。

「止まれ! 手を上げろ! レプリカント人権保護局捜査官拉致監禁現行犯で逮捕する!」

 視線をバルトロイに戻す。何をした? 居場所を知らせる素振りはなかったはずだ。バルトロイは楽しそうに笑っている。

「お前は俺のバディを舐めすぎなんだよ」

 唖然としているうちに、警官たちが二人がかりで手錠を掛けた。その横を一人だけデザインの違う黒い出動服を着た、細身で小柄な人物が通り過ぎていく。背中の文字はRRE。

「キスだけ?」
「お陰様で。正確にはキスでもない」

 その人物からはバルトロイの匂いがする。ゴーグルの隙間からスカイブルーの髪の毛が見えた。白い手がバルトロイにかけられた手錠を自分のIDカードで外す。

「早く何かで拭けよ。消毒して」
「消毒してくれ」

「何でだ?」

 思わず尋ねた。どうやって? 答えたのはレプリカントの方だった。

「エヴァーノーツ捜査官のブリングをたまたま捕捉してみたら、想定外のところにあったのでね。万が一のことを考えて警官に同行を頼んだんです。
 そうしたら案の定、エヴァーノーツ捜査官が以前、冤罪で逮捕してしまったゴーシェ・ノッディングハムさんに身柄を拘束されているじゃないですか。冤罪とはいえ、逮捕されたせいで職も住居も失われたとか。どう見ても恨みによる拉致・監禁罪の現行犯ですよね」
「…………」

 加減が難しくてね・・・・・・・・。そういうことか。裏で絵を描いたのは、バルトロイじゃなくこのレプリカントか………。

「通行人の出番が終わるまで待っててくれる約束だろ。さよなら」

 警官たちから両腕を拘束され、ドアの開いたオートキャリアの中に押し込まれる。リアウィンドウからホテルを振り返ると、別なオートキャリアに乗り込もうとしているバルトロイとレプリカントが見えた。バルトロイがこちらを一瞥したが、その目はすぐに逸らされてドアが閉まった。















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