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08 デモンストレーション

03 Vesta (懸念事項)

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 カーマ・リンドは2年前にオーナーと別れて一人暮らしを始めていた。オーナーがヒューマンと結婚することにしたからだ。レプリカントのカーマと結婚しようとしたら、母親がいい顔をしなかった。ちょうどその頃ヒューマンの女性と出会って、そっちと結婚する気になった。

 政府に払い下げても良かったが、自分で生きていきたいとカーマが言うからそのまま出て行かせた。それ以来は連絡を取っていない。遺体が見つかったと言われても、彼女は人権持ちだから責任は彼女本人にあって、もう別れているからオーナーだからと言って引き取る理由もない………。

「……では、ご遺体は共同墓地に」
『そうしてください。もう関係ないので。彼女の件はこれっきりにしてくださいね。妻がいい顔をしないんです。立場をわかってもらえれば』
「…………」

 コールをそっと切る。平気だ。こんなのもう何度も聞いた。結婚相手としてレプリカントを買ったけど、思ってたのと違った、飽きた、周りが反対した。気にしている暇はない。カーマの足取りを追わなければ。

 2年前から一人で暮らしていたのなら、彼女は新しい人間関係を築いていたはずだ。防犯カメラの画像を遡る。パブには女友達に見える人と入っていた。カーマが出る前にその人はパブを後にしている。もっと遡る。どこかの会社のビルから出てくる彼女。ここが職場かな……。社名をメモする。

 次の画像は朝だ。その社屋に走り込む彼女。その前日もその繰り返し。休日は? 昼過ぎにステーション近くのカフェにいる彼女。そのままショッピングモールに入っている。

 ずっと一人だ。食材を買ってオートキャリアに乗り込んでいる。自宅の住所を確認する。街の中心から少し離れた、単身者の多いアパートが立ち並ぶ地区だった。彼女が働いていたらしい会社にコールする。彼女のデータについて送ってくれるよう頼む。

『レプリカント人権保護局ですか?』
「そうです」
『警察ではなくて?』
「カーマさんはレプリカントですので、こちらの管轄です」
『………え』
「…………」

 ピコンとブリングが鳴る。ソーヤから新しく復元された画像が届いている。あと五人もいるんだから。ひとつひとつに感情移入できない。

 警察の方に照会してみる。思った通り、カーマの捜索願が会社名義で出されていた。日付はパブの画像の2日後。彼女とパブで一緒にいた女性の戸籍を引いてコールする。

『そうなんです。あの日別れてから、彼女出勤しなくなっちゃって』

 彼女はカーマの同僚だった。同じくらいの時期に入社して、仲が良くてよく二人で愚痴を言い合っていた。

『恋人もいないし、親戚もいないしって聞いています。えーと、失恋して心機一転で引っ越してきたって言ってたかな』
「何か、いなくなる原因などはお心当たりございませんか?」
『いや……あの日も普通に。ただちょっと飲みすぎかなとは思いました。一緒に帰ろうって言ったんだけど、もう少し飲んだら帰るからって言うから先に出てしまった……』

 手がかりがない。少し時間をおいて整理しよう。ソーヤからの画像を見る。残りの3人分来ている。

「バル、どうする? 俺二人やる?」
「いや、Aさんのはしばらくかかるからお前は一人だけでいいよ」
「じゃあGさんをやる」

 こちらは身元がすぐに割れた。レプリカント人権保護局に捜索願が出されていた。3年前だ。20%のレプリカント。いなくなったときの状況も詳細に残っていた。一人で夜に買い忘れたものを買いに出て戻らなかった。

「……バル、いなくなった地点、出せる?」
「とりあえず一人。待てよ。5分くれ」

 最後の防犯カメラの画像の地点と、捜索願が出されていたレプリカントの最後の目撃地点、バルが出した各人の最終確認地点をプロットしていく。

「うーん……」
「ばらばらだな」
「今日はここまでかな」

 時計を見ると定時を回っていた。

「もう少し」
「ヴェスタ」

 バルがコンと俺のデスクチェアの足を蹴った。タイムオーバー。仕方ない。端末を落とす。そうかも。今日は少し情報量が多かった。一度頭を冷やさないといけない。

「どうした?」

 オートキャリアの中でバルが聞いてきた。

「……どうして?」
「髪が。途中からずっと青かった」

 はっとした。まだ髪は青い。

「何でもないよ。嫌なケースを任されたから……」
「どうしたら緑になる?」
「大丈夫……」

 バルの肩にひたいをつけた。腕を絡める。わかってる。カーマ・リンドはオーナーと結婚できなくて一人暮らししていた。

 ──妻がいい顔をしないんです………。

 バルにちゃんと親や友達に言ってって言ったのは、ほんとに俺と結婚していいのか考えて欲しかったからだ。

 四年もオーナーやレプリカント本人と話していると、オーナーとレプリカントが結婚することの少なさがどうしても見えてくる。納品後一週間目のコールでは幸せそのものの二人が、一年後には結婚すらしないでいろんな形で別れている。3年後のコールではその確率はもっと高い。

 去年はただバルと一緒にいたくて、ザムザとマリーンが羨ましくて、簡単に結婚したいなんて言ってしまった。浅はかだった。いざプロポーズされて、バルが役所に結婚契約のIDを請求しようとしたところで目が覚めた。だめだ。できない……。

 ヒューマンの親はたいていヒューマンと結婚してほしいと思っている。本人も冷静になった時、レプリカントと結婚するのを躊躇する。その理由をはっきり言われたこともある。みんな俺がまさかレプリカントだと思わないから。

「だって、ダッチワイフと結婚するようなものでしょう? 恥ずかしくて」

 バルは結婚するって言ってくれたけど、恥ずかしい思いをするんじゃないだろうか。ちゃんとバルの大事な人の意見を聞いて、少し冷静にならなきゃいけない。俺はバルと一緒にいられるんなら、どんな形でも構わないから……。

「まだ青い」
「ちょっとね。気にしないで。バルのせいじゃない」

 ぜんぶ俺のせい。


 翌日出勤してみると、ソーヤから二人分の復元画像が届いていた。AさんとCさんだ。タイムスタンプが24時になっている。

「そんな時間まで?」
「趣味なんじゃないか」

 髪の色は今一つ冴えない。ブルーグリーンだけど青みが強い。切り替えないとまたバルが心配してしまう。Cさんについて調べる。彼女は半年前から行方不明だった。半年前………。

「バル、Aさんは? いつから行方不明?」
「一年前」

 何でなのかな。

「死亡推定日は?」
「発見当日より三日程度かな。ただあの倉庫がかなり暑かったから、腐敗が早かったかもしれないな」

 不思議だ。ABCの三人は一斉に殺されたことになる。いなくなった時期はバラバラなのに……。どこに? どこにいるんだ。行方不明になってから、殺されるまでの数ヶ月。

「現地に行ってみるか?」
「うん」

 公用のオートキャリアで工業地帯を通る。あまり来たことがない。大きな建物ばかり。例えばこの建物のどこかに、レプリカントたちが閉じ込められているとしたら。

「ほんとに大丈夫か?」
「……ん?」

 バルがまた髪を撫でた。青い。

「大丈夫。気にしないでよ。いつもいつも緑なわけじゃないってば。バルのせいじゃない!」

 髪、染めようかな。アラスターの時と同じことを繰り返している。落ち込んで、髪のことでもっと険悪になって、染めて……。君の髪は残酷だね、とアラスターは言った。俺の髪は……。

 遺体が放置されていた倉庫は、少し奥まった山の中腹にあった。長めのドライブがあって、ちょっと車で入り込まないと、木々に遮られて倉庫があることすら気が付かない。

「よくこんなところの廃倉庫に気が付いたな」
「ほんとに持ち主は関係ないの?」
「調べた。持ち主は別な州に住んでて、この倉庫も確かに名義上は譲り受けてるけど、見にきたのは2回だけ。もらった時と使わなくなった時。貸倉庫にしてて、十年前に借してた企業が倒産して、その時に財産管理人に中身を明け渡してそれっきり。
 最近財産の整理をしていて、この倉庫のことを思い出して、状態を見るために人を寄越した。その人が遺体を見つけた」

 今は倉庫はキープアウトになっていて、施錠されていなかった扉にはレプリカント人権保護局で付けた錠が掛かっている。職員証を翳すと開いた。薄暗い。

「におい、大丈夫?」
「大丈夫。少しなら」

 しんとしている。落書きでもあるのかと思っていたけど、何もない。ただ朽ちている。壁紙が剥がれかけ、床のはしが黒く捲れ上がっている。

 管理室のようなちょっとした部屋の前を抜けると、がらんとした広い部屋があった。床は打ちっぱなしのコンクリート。小さな窓から光が木漏れ日のように差し込んでいる。奥にブルーシートがあって、ここに遺体が置かれていたとわかった。

「積み重なってた?」
「そう。うーん、並べられてた、かな。ぴったりと」
「みんな白い布に包まれて?」
「そう。まあ、シーツだな。よくあるやつ」
「一人一人……」

 自分が犯人なら? どうして包むか。どこかから遺体を運んでくるから。車の中を汚さないためだ。遺体からはいろんなものがこぼれ出てくる。それを受け止めるため。でもそれならビニール袋とかの方が安全で確実だ。あえて布で巻くのはなぜ。

 ブルーシートをめくりあげてみる。蝿がぶわっと飛び出してきた。どす黒いしみが残っている。

「ヴェスタ」
「ごめん」

 バルにはこの匂いは辛いだろう。出ないと。

「この敷地に出入りしていた人がわかればね」
「本当にな。でもカメラもなかった……というか、電源を入れていなかった」
「そんなとこ節約しないでほしい」
「全くだ」

 手探りで犯人の見当を付けなきゃいけない。また被害者の画像を見直そうとして端末をみると、外出している間に鑑識からメールが来ていた。遺体は8体。

「8体?」
「頭蓋骨は7個」

 バルの隣から端末を見る。鑑識からのメールをバルが開いた。

「一体だけ首がないってことだ。骨の状態から見ればそれが死後三年くらいじゃないかって。他の骨の死亡推定年も出たな」

 一番古いのは七年から五年前の遺体だった。まあ、骨だから詳細はわからない。首のない遺体について検案書を見る。これだけがかなり状態のいいミイラになっている。それが布に包まれていた。

「……」

 散らばっている。わからない………。でも何か引っかかる。

「定時だ。帰ろう」
「うん」
「外で食べないか。大学の時の友達から連絡が来たんだ」
「!」

 どきっとした。初めてだ。局以外の関係のバルの友達と会うのは。どんな反応をされるんだろう。

「うん……」

 自分で会いたいって言ったのに。自分でちゃんとしようって言ったのに。怖い。

「大丈夫だよ、いいやつらなんだ」
「うん」






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