Occupied レプリカント人権保護局

03 トライアル (1)マリーン探し

12 Vesta (海の記憶)

　バルには苦手なにおいがいくつかある。

　決まったメーカーのあるラインの柔軟剤と洗剤。雄の豚肉。そんなの購入するレッダにはわからないから、豚肉はほとんど家では出ない。いくつかのスパイス。新しい革製品のにおい。これは横を通るくらいならいいけど、一日中近くに置いておくのはつらいみたい。人の体臭。二、三日体を洗わない人には近寄りたくないくらい。

　こればっかりは大変そうだなと思う。街を歩いていれば、バルの嫌いな匂いをさせた人たちがいくらでも歩いている。でもバルはあまり言わない。言っても仕方がないから。

　みんな俺に気を遣って生きてもらうわけにいかないだろ、とバルは言った。俺だって誰かにとって我慢ならないことをきっとやりながら生きてる。別に構わない。お互い様だ。

　だから、好きなにおいはないの？　と聞いてみた。あるよ。バルは言った。

　木のにおい。特に初夏の新芽の時が好き。朝のにおい。明け方でまだみんな寝ているくらい早い時間。純粋な空気のにおいがする。あとは海のにおい。

「海のにおい？」
「そう。きれいな海岸じゃないとだめだけど」

　昔すごくきれいな海に行ったんだ。まだ見えないうちから潮のにおいがして。不思議なにおいなんだよ。強いにおいなんだけど悪いにおいじゃないんだ。

「もう何年も行ってないな」
「そうなんだ……」

　知識としては海って知っているけど、見たことはない。端末で海を見てみる。波がある。広い。ちょっと想像がつかない。

「潮のにおいか。俺にわかるかな？」
「わかると思うよ」

　いのちのにおいがする、とバルは言った。