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02 潜入捜査
14 Vesta (チーム)
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ここを特定できる何か。少し建物から距離を取って背を向ける。時間を見る。そろそろバグが撮影するはず。でもちゃんと正面から撮ってくれるとは限らないから……。
「ヴェスタ、どうしたの?」
「何でも……なんだか変わったところだなと思って」
「そう? もう行きましょうよ」
ファビアに手を引かれて作業場所に来させられる。撮れたかな? 後で確認してみないといけない。鳥小屋にはたくさんの落ち葉が入り込んでいる。箒で掃き出すけど、手がかじかんでつらい。
「寒いね。手が冷たくて……箒、握っていられないや」
「昨日は朝でも12度あったけど、今8度だからね。急に落ちたよ」
カッシュが箒を使いながら言った。
「すごい! わかるの?」
「うん。温湿度がわかるんだ。血糖値も測れるよ。俺のオーナーは糖尿病の人だったから」
懐かしむような口調だった。カッシュはオーナーが亡くなっている。
「測ってあげてたの?」
「うん。毎食後かな。体拭いたりさ、熱を測る時に温度計測の機能は便利だった……あんなに早く死んでしまうと思ってなかった」
「カッシュは捨てられたとかじゃないんだもんね」
「そう。三年、オーナーの介護をしたかな……。もっとずっと一緒にいられると思っていたのに、合併症で急に死なれてしまって。介護職は就こうと思えばすぐにできたけど、やる気がなくなってね」
ここにきたら何かやりたい事が見つかるんじゃないかと思った、とカッシュは言った。
「でもそんなに甘くないね。毎日何のために生きているのかわからなくなるよ。レプリカントなんて、オーナーから離れたら無用な存在なんだな」
「そうね。もうどうにでもなれって感じ」
ファビアが言うと、ハイドラも相槌を打った。ハイドラの髪は暗褐色のまま。
なんだかみんながこんなことばかり言っている。どうしてなんだろう?
その日のセミナーは第三種になったレプリカントがつく職業について。政府の斡旋なのに労働環境の良くないところや危険な仕事、過酷な仕事が多い事。結局、自己判断できるアンドロイド扱い。ヒューマンの道具でしかない……という内容。
セミナーの内容は正しい。バルは「レプリカントだと隠したいやつもいる」と言っていた。レプリカントだとわかると差別されるから。好きな職にはつけなかったり、就けても待遇に差があったり。
俺も捜査官だけどバルや他のヒューマンの人たちとは扱いが少し違う。捜査官IDがCで始まるのは俺だけ。ヒューマンはAかB。給与も少しみんなより低いし昇格もしない。初日に一人でいた時最初にかけられた言葉は「よう、セクサロイド、初夜はどうだった?」だった。レプリカントであるだけで嫌なことは沢山ある……。
でも俺はレプリカントじゃなかったら、バルのそばにはいられなかった。バルのそばにいるための条件がレプリカントであることなら、俺はどんなに嫌な目にあってもレプリカントでいるだろう。
「バル」
セミナーが終わって夕食までの空白の時間だ。そっと建物の影から話しかける。仕事中?
『おう。ちょっと待ってろ』
ささやき声。胸があったかくなる。足音。シュンと扉の開く音。どこかの部屋にバルが移動したのがわかる。
「ごめんね。まだ仕事してたよね」
『いや。大丈夫。俺も話したいと思ってた。まあ、まず話してみな』
「今日、建物がバグに入るようにしてみたつもりだったんだけど、うまく写ったかなって」
『写らなかったな。バッテリ食うけど、こっちから動かしてやらないといけないかもしれない。お前はちゃんと写ってたぞ。だっせえ制服』
「ふふっ」
やっぱりだめか。被写体が俺の設定だから、今のままでは背景がうまく写らない。
『まあいいよ。建物のことは。ザムザが調べてるはずだ。こっちはラライサ・マデルと話してみたんだ。あの、25件目の爆破事件で捕まえたレプリカント』
「あの金髪で肌が黒い子?」
『そう。あれなあ、他にもレプリカントが一緒にいたのに、ラライサだけを攫ってるんだ。お前なら何か思い付かないかなと思って』
「ぱっと見ではレプリカントだってわからない感じの子だよね」
『そう』
「一緒にいたレプリカントたちは? 友達?」
『友達ってか、まあ、同じオーナーでずっと一緒に生活してたみたいだな。誘拐された時もみんなでいた。ちょっと一人になった隙にラライサだけ連れ去られた』
「他のレプリカントたちもヒューマンと見分けがつかない?」
『うん。詳細はまだ見てないけど、画像だけなら小綺麗なヒューマン。ラライサとおんなじだ。オーナーは周りには全員ヒューマンだと言ってたらしい』
「うーん……」
なんでラライサだけをさらったのか? なぜ他のレプリカントは放置したのか?
「レプリカントだけを攫いたかったんだよね、ReLFは」
『そう。レプリカント解放戦線だからな。ヒューマンを攫ってもしょうがない』
「ラライサだけ、絶対にレプリカントだってわかってたってことなんだよね。他の四人はヒューマンなのかレプリカントなのか確信がなかった」
『そうか……そうなんだろうな』
「何でわかってたのかな? それが分かれば……」
「ヴェスタ。こんなところで何しているの?」
はっと顔を上げると、ファビアがこっちを睨みつけていた。
「話し声がしたみたいだけど」
「あ……独り言だよ。少し」
「少し?」
「……」
言い訳がとっさに出てこない。詰問するような口調。
「ファビアこそどうしたの」
「あなたを探しに来たの。もう夕食でしょ。食堂にみんなで行きましょう」
さっとファビアが身を翻して建物の中に入り、振り返ってまたこっちを見た。早く入れって感じ。仕方なく続いて建物の正面を見上げた時、ふと扉の上の不自然な空白に気がついた。普通のお店なんかなら、看板がかかっていたり店名が書いてあるような空間。
「ヴェスタ、早く。みんな待ってるのよ」
「うん」
今は仕方がない。また隙を見てちゃんと調べないと。
「ヴェスタ、どうしたの?」
「何でも……なんだか変わったところだなと思って」
「そう? もう行きましょうよ」
ファビアに手を引かれて作業場所に来させられる。撮れたかな? 後で確認してみないといけない。鳥小屋にはたくさんの落ち葉が入り込んでいる。箒で掃き出すけど、手がかじかんでつらい。
「寒いね。手が冷たくて……箒、握っていられないや」
「昨日は朝でも12度あったけど、今8度だからね。急に落ちたよ」
カッシュが箒を使いながら言った。
「すごい! わかるの?」
「うん。温湿度がわかるんだ。血糖値も測れるよ。俺のオーナーは糖尿病の人だったから」
懐かしむような口調だった。カッシュはオーナーが亡くなっている。
「測ってあげてたの?」
「うん。毎食後かな。体拭いたりさ、熱を測る時に温度計測の機能は便利だった……あんなに早く死んでしまうと思ってなかった」
「カッシュは捨てられたとかじゃないんだもんね」
「そう。三年、オーナーの介護をしたかな……。もっとずっと一緒にいられると思っていたのに、合併症で急に死なれてしまって。介護職は就こうと思えばすぐにできたけど、やる気がなくなってね」
ここにきたら何かやりたい事が見つかるんじゃないかと思った、とカッシュは言った。
「でもそんなに甘くないね。毎日何のために生きているのかわからなくなるよ。レプリカントなんて、オーナーから離れたら無用な存在なんだな」
「そうね。もうどうにでもなれって感じ」
ファビアが言うと、ハイドラも相槌を打った。ハイドラの髪は暗褐色のまま。
なんだかみんながこんなことばかり言っている。どうしてなんだろう?
その日のセミナーは第三種になったレプリカントがつく職業について。政府の斡旋なのに労働環境の良くないところや危険な仕事、過酷な仕事が多い事。結局、自己判断できるアンドロイド扱い。ヒューマンの道具でしかない……という内容。
セミナーの内容は正しい。バルは「レプリカントだと隠したいやつもいる」と言っていた。レプリカントだとわかると差別されるから。好きな職にはつけなかったり、就けても待遇に差があったり。
俺も捜査官だけどバルや他のヒューマンの人たちとは扱いが少し違う。捜査官IDがCで始まるのは俺だけ。ヒューマンはAかB。給与も少しみんなより低いし昇格もしない。初日に一人でいた時最初にかけられた言葉は「よう、セクサロイド、初夜はどうだった?」だった。レプリカントであるだけで嫌なことは沢山ある……。
でも俺はレプリカントじゃなかったら、バルのそばにはいられなかった。バルのそばにいるための条件がレプリカントであることなら、俺はどんなに嫌な目にあってもレプリカントでいるだろう。
「バル」
セミナーが終わって夕食までの空白の時間だ。そっと建物の影から話しかける。仕事中?
『おう。ちょっと待ってろ』
ささやき声。胸があったかくなる。足音。シュンと扉の開く音。どこかの部屋にバルが移動したのがわかる。
「ごめんね。まだ仕事してたよね」
『いや。大丈夫。俺も話したいと思ってた。まあ、まず話してみな』
「今日、建物がバグに入るようにしてみたつもりだったんだけど、うまく写ったかなって」
『写らなかったな。バッテリ食うけど、こっちから動かしてやらないといけないかもしれない。お前はちゃんと写ってたぞ。だっせえ制服』
「ふふっ」
やっぱりだめか。被写体が俺の設定だから、今のままでは背景がうまく写らない。
『まあいいよ。建物のことは。ザムザが調べてるはずだ。こっちはラライサ・マデルと話してみたんだ。あの、25件目の爆破事件で捕まえたレプリカント』
「あの金髪で肌が黒い子?」
『そう。あれなあ、他にもレプリカントが一緒にいたのに、ラライサだけを攫ってるんだ。お前なら何か思い付かないかなと思って』
「ぱっと見ではレプリカントだってわからない感じの子だよね」
『そう』
「一緒にいたレプリカントたちは? 友達?」
『友達ってか、まあ、同じオーナーでずっと一緒に生活してたみたいだな。誘拐された時もみんなでいた。ちょっと一人になった隙にラライサだけ連れ去られた』
「他のレプリカントたちもヒューマンと見分けがつかない?」
『うん。詳細はまだ見てないけど、画像だけなら小綺麗なヒューマン。ラライサとおんなじだ。オーナーは周りには全員ヒューマンだと言ってたらしい』
「うーん……」
なんでラライサだけをさらったのか? なぜ他のレプリカントは放置したのか?
「レプリカントだけを攫いたかったんだよね、ReLFは」
『そう。レプリカント解放戦線だからな。ヒューマンを攫ってもしょうがない』
「ラライサだけ、絶対にレプリカントだってわかってたってことなんだよね。他の四人はヒューマンなのかレプリカントなのか確信がなかった」
『そうか……そうなんだろうな』
「何でわかってたのかな? それが分かれば……」
「ヴェスタ。こんなところで何しているの?」
はっと顔を上げると、ファビアがこっちを睨みつけていた。
「話し声がしたみたいだけど」
「あ……独り言だよ。少し」
「少し?」
「……」
言い訳がとっさに出てこない。詰問するような口調。
「ファビアこそどうしたの」
「あなたを探しに来たの。もう夕食でしょ。食堂にみんなで行きましょう」
さっとファビアが身を翻して建物の中に入り、振り返ってまたこっちを見た。早く入れって感じ。仕方なく続いて建物の正面を見上げた時、ふと扉の上の不自然な空白に気がついた。普通のお店なんかなら、看板がかかっていたり店名が書いてあるような空間。
「ヴェスタ、早く。みんな待ってるのよ」
「うん」
今は仕方がない。また隙を見てちゃんと調べないと。
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