上 下
24 / 27

再びデュトワイユ

しおりを挟む
 久々のデュトワイユだった。ここを飛び出してから一ヶ月近くになるのだ。カインの足はよくなっただろうか……。日の暮れかけた街の広場は閑散としている。こんなに寂しかっただろうか。まずシロは神殿に足を向けた。奥のアーガの木の枝に、一つ一つ盗んだ葉を返して行く。シルシが随分薄くなった葉。濃く残った葉。やんわりと薄くなりかけた葉……。濃く残った葉を、縁のある人の前でリジンしたら、またトランの時のように死者が伝え損なったものを渡すことができるだろうか。
 一枚、新しい葉が吊り下げられていることに気がついた。シルシがはっきりとある。最近亡くなった人の葉か?盗んだ葉を全てつけ終わると、シロはアーガの木に手のひらをつけた。
 これで。盗んでしまったことは変わらないけれど、全部返したはずだ。
 右手に印をもらった日のことを思い出した。あの日たしかにシロは木の言葉を聞いた。思いつきで幹に耳を当てた。何も聞こえない。
「そりゃそうだ。ただの木なんだよな、基本は」
 なんだっけ。記号のような声だった。
「シシ……えーと」

 リム ハ タヌ トーキ
 キ ムルト ネタ アキ

 シロは思い出して口の中でつぶやいた。
「ハ ママ アキ イ」
「……ん?」
「ハ ウセ アキ イ リテ」
 木が話しているのではない。
「ネリ?」
「キ クンワ トーキ」
 ネリが話している。ネリは木の言葉を話すエルフだったんだ!
「なんでずっと黙ってたんだよ!ネリ!」
 ネリはニコニコっと笑った。もしかしてと思って左手にリジンする。
「何か話してみろよネリ」
「……あなたがその力を正しく使おうと思っていることを知っています」
「ネリ!」
 思わず抱きしめた。ネリは優しく腕をシロの背に回し、抱きしめ返した。
「あなたが強く願ってくれたから、私はやっと大人になるまで育つことができました」
「ごめんネリ、俺ずっと勘違いしてて……」
「私も幼くて、興味の引き方を間違ったのです……それよりシロ、ここに軍隊が来てしまう。カァーが先に知らせているでしょうが……」
 二人でブラーフに乗ってまずは隠れ家の納屋に行ってみたが、誰もいない。カァーはどこだ?
「ナァー!カァーはどこにいる?」
「ワカラナァーイ!カァー!」
 ナァーはカァーを呼びながら飛び回るが、出てこない。仕方なく赤い屋根のカインの家の扉を叩いた。
 なんの反応もない。いない?そんなバカな。マルセや他の召使いの人たちはいるはずなのに。
「カァーの声がきこえるゥー!中ァー!」
 中。隠れている?カァーが中にいるなら、手紙は届いたと言うことだ。
「先にシュトロウの家に行ってみよう」
 シュトロウの家に行けば、たぶんひどく拒絶されるだろう。ノアは傷ついたに違いない。わかっていた。それは当然だ。以前の世界でのことなら、きっと自分は逃げていた。でもこの世界ではできることがあるから、やりたい。罵られても嫌われていても、自分の行動ひとつで彼らに明日ができるのなら。
 シュトロウの家には、シュトロウの父親だけが居残っていた。ノアが居なかったことに少しほっとした。シュトロウによく似た、寡黙なその男は、シロがやったことを知っているのかいないのかわからなかったが、シロが目の前にいても何も言わなかった。
「あの……シュトロウは?」
「王宮から軍隊が来ていると聞いて、カインの家の地下室に行かせている。女子供は皆そこに隠した。シュトロウとカインが彼らを守る。町に残っているのは男たちだけだ」
「良かった!手紙は読んでもらえたんだ……」
「君だね。教えてくれたのは。シュトロウに会ってくれ」
 シュトロウの父親は、不思議な矢尻の矢をつがえて空に向かって射た。ヒュウと高い口笛のような音がこだまする。
「さあ。今ならカインの家の扉を叩けば開けてもらえる。すぐ行きなさい」
 どきんと胸が締まった。どんな顔をして会えば。
「彼らは君のことを心配していた。行きなさい」
 心配?
 静かな、有無を言わさぬ口調に押されて、シロはブラーフの鼻先をカインの家に向けた。心配?
 ブラーフを先程は反応のなかった赤い屋根の家の庭先に繋いで、恐る恐るドアを叩く。硬く閉ざされていた扉は、かちゃりと薄く開いた。
「すぐ入れ」
 カインだった。引き摺り込まれるようにドアの中に入れられた。カインは何も言わずに屋敷の奥に歩を進め、物置のような小さな部屋に入り、カーペットをめくって地下室への扉を開けた。
「足は?」
「もう平気だ」
 地下室は部屋ではなかった。というか、迷路のように通路が続いていて、相当広い。
「こんなところが……」
「昔の坑道に繋がっている」
 やがて部屋のように土がくり抜かれた場所に出た。床はすのこのような床が貼ってある上に、薄いカーペットのようなものが敷いてあり、地面の冷たさが直接触れないように工夫されているのがわかった。
「誰だった?」
 部屋の中には奥に幕が張られていて、その幕の隙間から少し明かりが見えた。部屋を区切っているようだ。シュトロウの声だった。
「シロだ」
 幕の向こうから、小さなランプを持ったシュトロウが顔を出した。言葉が出なかった。あの日シュトロウの手を振り切って、死者の葉を盗んで町から消えた。あんなに世話になったのに。
「………よう。お帰り。ガルドにいたのか」
「うん」
「エイダンとして?心配してたんだ。殺されんじゃないかって」
「最初は能力もちの方で行ったんだけど、見つかって……ここ一週間くらいはエイダンとしてだった」
「どんな感じだったんだ?」
「城に光のエイダンがいて、そいつが全部操ってる感じ……そいつの能力が、手で額に触ると触られた方の意識を取ってしまう能力で。俺も取られそうになって逃げて来た」
「そうか」
 シュトロウの口元が少し弛んだ。
「知らせてくれてありがとう。とりあえず兵士たちが多少暴れても、まあそんなに痛くないくらいには準備できた」
「あ………」
 叱られるのは慣れてない。でもこんな風に、前と同じように扱われるのはもっと慣れていない。
「ありがとうじゃないだろ………俺、死んだ人のアーガの葉も……盗って逃げた」
「……どうだった?死んだ人のもリジンできたか?」
「……できた。でも短くてだめだった。薄いのは読めなかった」
「うん。手を見せろよ」
 シュトロウに両手のひらを出すと、シュトロウも両手で手を取った。
「両手ともまだシルシがある。どっちも前より育ってる……ならお前はだめじゃないさ。アーガの木は見捨ててない。俺にも何も言うことはない」
「………さっき、全部返して来たよ」
「うん。ほらな。お前は悪い奴じゃない。カラスたちと牢から逃げた後も、まずカラスとの約束を守ろうとした」
 シュトロウはシロの手をぐっと握った。そして本当ににっこりと笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました。 おまけのお話を更新したりします。

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

冷淡騎士に溺愛されてる悪役令嬢の兄の話

雪平
BL
17歳、その生涯を終えた。 転生した先は、生前妹に借りていた乙女ゲームの世界だった。 悪役令嬢の兄に転生したからには、今度こそ夢を叶えるために死亡フラグが立ちまくるメインキャラクター達を避けてひっそりと暮らしたかった。 しかし、手の甲に逆さ十字の紋様を付けて生まれて「悪魔の子だ」「恥さらし」と家族やその周辺から酷い扱いを受けていた。 しかも、逃げ出した先で出会った少年はメイン中のメインキャラクターの未来の騎士団長で… あれ?この紋様、ヒロインのものじゃなかったっけ? 大帝国の神の子と呼ばれたこの世で唯一精霊の加護により魔法が使える冷淡(溺愛)騎士団長×悪魔の子と嫌われているが、生きるために必死な転生少年とのエロラブバトル。 「……(可愛い可愛い)」 「無表情で来ないでよ!怖い怖い!!」 脇CPはありません。 メイン中心で話が進みます。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...