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第二十三話 監視
しおりを挟むオリバが去ったあとも、ルナはひとりでテーブルに腰かけている。
あたりに誰もいないことを確認する。
「木陰、もう出てきて大丈夫よ」
ルナが呟く。
テーブルの上に黒い人型の影が浮かび上がる。
その影がテーブルの上に立ち上がる。
全身が真っ黒で目や鼻や口がない。
その影がパチンっと指を鳴らす。
影が破れ、目つきの鋭いやせほそったエルフの青年が現れた。
「仕事よ、木陰! あの男を監視して。あの男はミスターコンテストで勝つために不正を働くわ。そうしないと絶対に勝てない。不正が発覚した時点で反則負けよ!」
「御意」
木陰は静かにそう答え、再び影となりテーブルの中に消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇
木陰はオリバを監視し続けている。
リックの家の壁に潜り込んでいる。
オリバはベッドの上に仰向けになり何かを考えているようだ。
かれこれ一時間くらいこの状態だ。
きっとミスターコンテストで勝つためのイカサマを考えているのだろう。
コンテストまで残り三時間しかない。
オリバがベッドから体を起こす。
何か案を思いついたようだ。
オリバは手ぶらで外出する。
木陰はオリバを尾行する。
隠密行動班のリーダーである彼にとって、魔法も使えないオリバを尾行することなどたやすい。
オリバは夕暮れの中、何かを探して歩き回る。
左右をキョロキョロ見渡している。
十分ほど歩く。
オリバは足を止め、樹上の建物をじっと見つめる。
エルフの樹を登り、その建物の中へ入っていった。
武器屋だ。
木影もあとを追い、武器屋の壁の中に潜り込む。
この男、武器を買い、武力で神器を奪うつもりなのか!?
木陰の中でオリバに対する警戒心が高まる。
すぐに魔法を使ってルナに報告する。
「ルナ様。監視対象が動きました。奴は武器屋に来ております」
「ついに本性を現したわね! 思った通りよ。武器を買ったら反逆罪とみなしていいわ。でもあいつは強い。あなたひとりで戦おうなんて思わないで。証拠を掴んでみんなで一斉に倒す!」
「御意。監視対象の買ったものがわかり次第、すぐにご報告します」
木陰は監視を続ける。
オリバは商品棚から何かを手に取り、カウンターにもっていく。
木陰の位置からはオリバがどんな商品を選んだのか確認できない。
オリバは会計を済ませ、武器屋から去っていった。
木陰は武器屋の壁から飛びだす。
「店主! 今あいつが何を買ったのか教えてもらおうか」
木陰が店主に言い寄る。
店主は木陰の出現に驚く。
「こ、これは、木陰様、お久しぶりで……。さっきのムキムキで気味の悪い人間が買ったものですかい? あいつは大きな革袋をふたつ買っていきやした」
武器ではなく、革袋をふたつ?
……わからん。
戦闘に使えるものでもなければ、コンテストで使えるものでもない……。
木陰はオリバのあとを追いつつ考える。
ルナにオリバが買ったものを報告する。
「はっ~!? 何それ! 意味わかんない! それじゃあ反逆罪は無理ね。でもその革袋を何かに使うハズよ。監視を続けて」
ルナは不機嫌そうに言った。
三十分ほど歩く。
オリバは誰もいない広間で立ち止まった。
買ってきたふたつの大きな革袋に落ちている石を詰め始める。
革袋は石でパンパンになり、石の重さではち切れんばかりだ。
オリバは地面に落ちていた一本の長い木の枝を拾う。
木の枝の両端に革袋をそれぞれ括り付けた。
オリバは木の枝を地面に置き、その前に立つ。
準備は整ったようだ。
オリバは意識を集中し、深呼吸している。
この男、一体何をするつもりだ?
これがこいつの武器なのか?
それとも魔法陣か?
しかしこいつは魔法が使えない……。
これから何が起こるか見当がつかぬっ!
百戦錬磨の猛者・木陰でさえも不安がこみ上げてくる。
潜伏しているこの樹から飛び出し、オリバを攻撃し、今すぐこの謎の儀式を中止させたい。
すぐにルナに報告する。
「怪しいわね! 今からはその男の行動を中継してちょうだい!」
ルナの瞳に闘争心が宿る。
オリバは目を閉じ、深く深呼吸を繰り返している。
すぅ~、はぁ~
すぅ~、はぁ~
すぅ~、はぁ~
静まりかえった広場にオリバの深呼吸だけが響く。
オリバが目を開ける。
何かを決心したようだ。
オリバの目の前には自作した木の枝が置いてある。
木の枝の前にしゃがみ込む。
――何かが始まる!
木陰は息をのんでオリバを注視する。
オリバはそれを始める。
「ルナ様!! ついに監視対象が動きました!!」
すぐに木陰はルナに報告する。
「ついに本性を現したわね! あの薄汚いハイエナの鼻に止まったナメクジ男が! それであいつは何をしているの!?」
ルナは杖を握りしめながら木陰に聞く。
「そ、それが……」
木陰が言い淀む。
隠密行動班のリーダーであり、感情を表に出さない木陰にとっては極めて珍しいことだ。
「それがどうしたのよ!? あんたらしくないわね! 事態は一刻を争うのよ!!」
ルナはイラつきながら、木陰に先を促す。
「すみません……。監視対象は……筋トレしています……」
「……はい? 今なんか空耳が聞こえたような気がしたけど。今なんて言ったの、木陰!? なんか聞き取りづらくって」
「監視対象は筋トレしています……」
言いにくそうに木陰は繰り返した。
「なにバカなこと言ってんのよ! そんなわけないじゃない! 筋トレは筋肉をつける行為よ。この村で筋肉は忌み嫌われてる! 今からミスターコンテストで一番いい男を決めるのに、筋肉つけるなんて勝負に不利なことするはずないじゃない!」
ルナが怒鳴る。
「しかし……監視対象は革袋が両端についている枝の中央部分を両手で握り、その枝を地面から持ち上げては降ろすという動作を繰り返しております……」
うろたえながらも木陰は見ていることをルナに報告する。
そう、木陰の報告の通り、オリバは自作の重りを使って筋トレしているのだ。
デッドリフトだ。
ベンチプレス、スクワットと並び筋トレ界のビッグ3と称される伝説の種目。
ベンチプレスが胸、スクワットが脚、そしてデッドリフトは背中を鍛える。
分厚くたくましい背中を作るには必須種目だ。
ジムではバーベルと呼ばれる金属の棒を背中の筋肉を使って床から持ち上げるトレーニングだ。
オリバは一心不乱にデッドリフトをしている。
木の枝を腰のあたりまで引き上げて、それから脛の位置まで降ろす。
そしてまた木の枝を引き上げる。
この動作を繰り返している。
「ふふふ。そういうことね! わかったわ、木陰!」
木陰の報告を聞きながら、ルナは満足そうに言った。
「あの筋肉ナメクジ男は勝負を諦めたのよ! 自分が絶対に勝てないと悟って開き直ったのよ。それで日課の筋トレを始めた。氷の女王エレナを倒した男だからもっと骨のあるやつだと思ったけど、とんだ期待外れね!」
「しかし、もしかしたら我々を油断させるカモフラージュかもしれません」
木陰は警戒を怠らない。
「まあね。でもコンテストまであと二時間しかないわ。あと二時間で何かができるとは思えないけどねぇ。でも監視は続けて。何かあったら報告するように。私はちょっと休憩するわ」
ルナは背伸びをし、ベッドの上に横になる。
その後も木陰はオリバの観察を続けた。
しかし、オリバに怪しい動きは一切なく、ひたすら筋トレメニューをこなしてゆく。
もうかれこれ一時間半ほど筋トレをし続けている。
コンテストまで残り三十分しかない。
「準備はできた……」
オリバは呟き、筋トレを終えた。
革袋から石を取り出し地面に戻す。
木の枝も元あった場所に戻す。
『家に帰るまでが遠足』ならば『道具を片づけるまでが筋トレ』なのだ。
オリバはミスターコンテストの会場へと足を向けた。
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