上 下
23 / 42

第二十三話 監視

しおりを挟む

 オリバが去ったあとも、ルナはひとりでテーブルに腰かけている。
 あたりに誰もいないことを確認する。

木陰こかげ、もう出てきて大丈夫よ」

 ルナが呟く。

 テーブルの上に黒い人型の影が浮かび上がる。

 その影がテーブルの上に立ち上がる。
 全身が真っ黒で目や鼻や口がない。

 その影がパチンっと指を鳴らす。
 影が破れ、目つきの鋭いやせほそったエルフの青年が現れた。

「仕事よ、木陰! あの男を監視して。あの男はミスターコンテストで勝つために不正を働くわ。そうしないと絶対に勝てない。不正が発覚した時点で反則負けよ!」

御意ぎょい

 木陰は静かにそう答え、再び影となりテーブルの中に消えていった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 木陰はオリバを監視し続けている。
 リックの家の壁に潜り込んでいる。

 オリバはベッドの上に仰向けになり何かを考えているようだ。
 かれこれ一時間くらいこの状態だ。
 きっとミスターコンテストで勝つためのイカサマを考えているのだろう。
 コンテストまで残り三時間しかない。

 オリバがベッドから体を起こす。
 何か案を思いついたようだ。

 オリバは手ぶらで外出する。

 木陰はオリバを尾行する。
 隠密行動班のリーダーである彼にとって、魔法も使えないオリバを尾行することなどたやすい。

 オリバは夕暮れの中、何かを探して歩き回る。
 左右をキョロキョロ見渡している。

 十分ほど歩く。

 オリバは足を止め、樹上の建物をじっと見つめる。
 エルフの樹を登り、その建物の中へ入っていった。

 武器屋だ。

 木影もあとを追い、武器屋の壁の中に潜り込む。

 この男、武器を買い、武力で神器を奪うつもりなのか!?

 木陰の中でオリバに対する警戒心が高まる。
 すぐに魔法を使ってルナに報告する。

「ルナ様。監視対象が動きました。奴は武器屋に来ております」

「ついに本性を現したわね! 思った通りよ。武器を買ったら反逆罪とみなしていいわ。でもあいつは強い。あなたひとりで戦おうなんて思わないで。証拠を掴んでみんなで一斉に倒す!」

「御意。監視対象の買ったものがわかり次第、すぐにご報告します」

 木陰は監視を続ける。

 オリバは商品棚から何かを手に取り、カウンターにもっていく。
 木陰の位置からはオリバがどんな商品を選んだのか確認できない。
 オリバは会計を済ませ、武器屋から去っていった。

 木陰は武器屋の壁から飛びだす。

「店主! 今あいつが何を買ったのか教えてもらおうか」

 木陰が店主に言い寄る。

 店主は木陰の出現に驚く。

「こ、これは、木陰様、お久しぶりで……。さっきのムキムキで気味の悪い人間が買ったものですかい? あいつは大きな革袋をふたつ買っていきやした」

 武器ではなく、革袋をふたつ?
 ……わからん。
 戦闘に使えるものでもなければ、コンテストで使えるものでもない……。

 木陰はオリバのあとを追いつつ考える。

 ルナにオリバが買ったものを報告する。

「はっ~!? 何それ! 意味わかんない! それじゃあ反逆罪は無理ね。でもその革袋を何かに使うハズよ。監視を続けて」

 ルナは不機嫌そうに言った。

 三十分ほど歩く。

 オリバは誰もいない広間で立ち止まった。
 買ってきたふたつの大きな革袋に落ちている石を詰め始める。

 革袋は石でパンパンになり、石の重さではち切れんばかりだ。

 オリバは地面に落ちていた一本の長い木の枝を拾う。
 木の枝の両端に革袋をそれぞれくくり付けた。

 オリバは木の枝を地面に置き、その前に立つ。

 準備は整ったようだ。
 オリバは意識を集中し、深呼吸している。

 この男、一体何をするつもりだ?

 これがこいつの武器なのか?

 それとも魔法陣か?

 しかしこいつは魔法が使えない……。

 これから何が起こるか見当がつかぬっ!

 百戦錬磨の猛者・木陰でさえも不安がこみ上げてくる。
 潜伏しているこの樹から飛び出し、オリバを攻撃し、今すぐこの謎の儀式を中止させたい。

 すぐにルナに報告する。

「怪しいわね! 今からはその男の行動を中継してちょうだい!」

 ルナの瞳に闘争心が宿る。

 オリバは目を閉じ、深く深呼吸を繰り返している。

 すぅ~、はぁ~

 すぅ~、はぁ~

 すぅ~、はぁ~

 静まりかえった広場にオリバの深呼吸だけが響く。

 オリバが目を開ける。
 何かを決心したようだ。

 オリバの目の前には自作した木の枝が置いてある。
 木の枝の前にしゃがみ込む。

 ――何かが始まる!

 木陰は息をのんでオリバを注視する。

 オリバはそれを始める。

「ルナ様!! ついに監視対象が動きました!!」

 すぐに木陰はルナに報告する。

「ついに本性を現したわね! あの薄汚いハイエナの鼻に止まったナメクジ男が! それであいつは何をしているの!?」

 ルナは杖を握りしめながら木陰に聞く。

「そ、それが……」

 木陰が言い淀む。

 隠密行動班のリーダーであり、感情を表に出さない木陰にとっては極めて珍しいことだ。

「それがどうしたのよ!? あんたらしくないわね! 事態は一刻を争うのよ!!」

 ルナはイラつきながら、木陰に先を促す。

「すみません……。監視対象は……筋トレしています……」

「……はい? 今なんか空耳が聞こえたような気がしたけど。今なんて言ったの、木陰!? なんか聞き取りづらくって」

「監視対象は筋トレしています……」

 言いにくそうに木陰は繰り返した。

「なにバカなこと言ってんのよ! そんなわけないじゃない! 筋トレは筋肉をつける行為よ。この村で筋肉は忌み嫌われてる! 今からミスターコンテストで一番いい男を決めるのに、筋肉つけるなんて勝負に不利なことするはずないじゃない!」

 ルナが怒鳴る。

「しかし……監視対象は革袋が両端についている枝の中央部分を両手で握り、その枝を地面から持ち上げては降ろすという動作を繰り返しております……」

 うろたえながらも木陰は見ていることをルナに報告する。

 そう、木陰の報告の通り、オリバは自作の重りを使って筋トレしているのだ。
 デッドリフトだ。
 ベンチプレス、スクワットと並び筋トレ界のビッグ3と称される伝説の種目。

 ベンチプレスが胸、スクワットが脚、そしてデッドリフトは背中を鍛える。
 分厚くたくましい背中を作るには必須種目だ。
 ジムではバーベルと呼ばれる金属の棒を背中の筋肉を使って床から持ち上げるトレーニングだ。

 オリバは一心不乱にデッドリフトをしている。
 木の枝を腰のあたりまで引き上げて、それから脛の位置まで降ろす。
 そしてまた木の枝を引き上げる。
 この動作を繰り返している。

「ふふふ。そういうことね! わかったわ、木陰!」

 木陰の報告を聞きながら、ルナは満足そうに言った。

「あの筋肉ナメクジ男は勝負を諦めたのよ! 自分が絶対に勝てないと悟って開き直ったのよ。それで日課の筋トレを始めた。氷の女王エレナを倒した男だからもっと骨のあるやつだと思ったけど、とんだ期待外れね!」

「しかし、もしかしたら我々を油断させるカモフラージュかもしれません」

 木陰は警戒を怠らない。

「まあね。でもコンテストまであと二時間しかないわ。あと二時間で何かができるとは思えないけどねぇ。でも監視は続けて。何かあったら報告するように。私はちょっと休憩するわ」

 ルナは背伸びをし、ベッドの上に横になる。

 その後も木陰はオリバの観察を続けた。

 しかし、オリバに怪しい動きは一切なく、ひたすら筋トレメニューをこなしてゆく。

 もうかれこれ一時間半ほど筋トレをし続けている。
 コンテストまで残り三十分しかない。

「準備はできた……」

 オリバは呟き、筋トレを終えた。

 革袋から石を取り出し地面に戻す。
 木の枝も元あった場所に戻す。

 『家に帰るまでが遠足』ならば『道具を片づけるまでが筋トレ』なのだ。

 オリバはミスターコンテストの会場へと足を向けた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...