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(23)受け継ぐもの

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お食事を終えた私達は向かい合って座りながら、コンクールについてのお話をしていました。

「ところでルカさん。会場はどうでしたか?」
「はい。例年通り外で行うようです。下見に行った時に丁度、設営関係者の方がいたので話を聞いたところ、寒くなる時期ですし、中央に薪をくべて暖を取れるようにするとの事でした。既に設営も始まっていましたよ」
「ありがとう御座います。概ね予想通りですね。やはり、ブースの割り当て場所は前日にならないと分からないでしょうか?」
「原則はそうですね。一部、昨年まで優秀な成績を収めていた醸造所については、優先的にいい場所が割り当てられるようです。具体的には、会場の入り口近くですとか、隅の方である代わりに通常よりも大きめのブースが与えられたりですとか。我が家は残念ながら、今までいい成果を残せていないのでそういった特典とは無縁です」
「分かりました。貴重な情報をありがとう御座います。それでは、ワイン造りの進捗状況の確認をしたいと思います。本日の作業で、コンクールに必要な分のブドウの収穫は終わりました。ここからは…」
「ついに発酵作業ですよね」

私は小さく頷きました。
「元々はルカさんにメインで造って頂こうと考えていました。しかし予定が変わった結果、この度のワイン造りの難易度は私でも難しいものとなりました。何せ初の試みですから」

ルカさんは苦い表情をされています。
「すみません。僕に知識や経験があれば…」
「大丈夫ですよ、ルカさん。私が責任を持って仕上げて見せます。それより、ルカさんも試作品でお忙しいでしょうから。ここからは分担して作業を行いましょう。私ではルカさんのお手伝いが出来ませんので」
「そんな事は!…いえ。こういう時だからこそ、はっきりとさせるべきなのでしょうか。僕がワイン造りを手伝ってもイラリアさんの足を引っ張る結果になるのは明白ですね」

ルカさんは苦しそうな表情をされています。ご自分の大事な作業があるとはいえ、全くワイン造りに関われない事に悔しさや、もどかしさを感じているのでしょうか。

私は立ち上がると、ルカさんの手を取りました。
「少し良いですか?呑んで頂きたいものがあるんです」

月明かりの下、私達が向かったのはワインを造るための醸造場です。明かりを点けていないので、薄暗く足元に注意をしながら私たちは進みました。そこには本日取ってきたブドウが所狭しと、置かれています。

「ルカさんがお食事を準備して下さっている間に、ほんの少しだけですが作業を行いました」

先ほど丁寧に絞ったブドウジュースをワイングラスに注ぐと、それをルカさんにお渡ししました。
「飲んでみて下さい。これがワインへと姿を変えていくんです」

そのグラスを受け取ったルカさんは、それを窓越しに見える月にかざされました。
「本当に綺麗ですね。透き通っている」

そしてグラスを傾けると、口の中で転がすようにブドウジュースを味わっていました。
「…うん、甘いですね。物凄く」
「私も先程呑ませて頂きました。このままでは甘すぎて飲みにくいかもしれませんが、ワインを造るうえでこの甘さは本当に重要です。今まで高級ワインの原料となるブドウのジュースを沢山飲んできましたが、そのどれにも勝るとも劣らないほど優れたものだと思いましたよ」

ルカさんはグラスを見つめたまま、私の声に耳を傾けていました。
「お父様やお母様が頑張って何年もかけて土壌を整えて、現在はルカさんが引き継いで丁寧に作業を行ってきたからこそ、これ程素晴らしいものが出来たんです。初めてこちらの畑を見た瞬間、直ぐに分かりました。この畑にどれ程の愛情を注ぎこんでいるかを。私はこの畑をずっと、この先も見続けたいんです。フカフカとしたお布団みたいに柔らかい土、降り注ぐ太陽を浴びて輝く果実と小川。どれも本当に綺麗で、見ているだけで穏やかな気持ちになれました」

ルカさんは目を閉じたまま、静かに涙を流していました。
「…イラリアさん、僕はここを守りたい。これからも父と共に、亡くなった母が残してくれたこの畑を」
「ふふふ、そうですね。私も同じ気持ちです。ですからルカさん、ご自分のことを決して卑下しないで下さい。ルカさんが居なかったら、こんな素晴らしいブドウは出来ていなかったんです。大丈夫、ルカさんもお父様も、お母様の想いも全部引き継いで、私が美味しいワインにしてみせます」

「イラリアさん、ありがとう御座います。本当に」

それから少しして、移動した私たちはベンチに腰掛けながら畑を眺めていました。上着は羽織ってきたのですが、夜は大分寒い時期になりましたね。
「イラリアさん。これ使って下さい」

そう言うとルカさんは、上着のポケットからチャコールグレーの色合いをした手袋を取り出しました。
「わあ、ありがとう御座います。それどうしたんですか?」
「城下に行った時に購入しました。これから寒くなっていきますし、日頃のお礼も兼ねてと。ただ、いざ渡そうと思ったら少し恥ずかしくなってしまって」

手袋を渡そうと差し出された手に、僅かに私の手が触れました。ひんやりと冷たくて、だけど力強さがあって土の香りが染み付いたその手。
照れたようにルカさんは少しだけ、お顔を伏せられました。

「では、私も少しだけ恥ずかしいことを告白します。…エルモさんって、本当にお料理がお上手ですよね」

何の話だろうと、ルカさんはこちらに不思議そうな視線を向けられました。
「なのに不思議です。ルカさんが作るご飯を食べたいって心の中で思っていました。変ですよね。たった数日だというのに」

私としては十分に恥ずかしい類のお話だと思っていたのですが、ルカさんは小さく笑われていました。
「それは、どう恥ずかしいんですか?」
「知りません」

私はプイっと顔を背けます。
「ハハ。それでしたらコンクールが無事に終了したら、沢山料理を作らせて頂きますね。イラリアさんが好きなものを何でもお作りします。沢山リクエストして下さいね」

コンクールが終わったら。
そうですね、今はそのことに集中するべきです。コンクールで優勝して、お父様の手術も無事に上手くいって。そんな皆が笑顔になれる未来を私は想像しました。それはきっと、すごく優しくて幸せな世界。
「ルカさん。今回のコンクール絶対に勝ちましょうね。きっと大丈夫ですから、もし…」


『もし駄目でも、私がなんとかしてみせますから』
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