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(17)父親

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「久しぶりだな。城下町に来るのは」
イラリアさんと別れて、僕とアミは父に会うべく城下町へとやってきました。

「疲れて寝ちゃったか」
アミにとっては、かなり疲労の溜まる長旅だったのでしょう。なにせ早朝に発ったというのに、着いたら頃には、空は真っ暗でしたから。馬車に乗っているだけでも、子供にとっては特に疲れるものだったのだと思います。宿に着くなりアミはベッドの上でぐっすりと眠りにつきました。

「おやすみ」
そう言い残して僕は部屋を出ます。今はただ、じっとしている時間が惜しくてたまりませんでした。コンクールで勝つためにイラリアさんと考えた作戦。その成功の確率を少しでも上げたくて、僕は夜の城下町を進んでいきました。


翌朝

「アミ。病院にいくよ」
未だ眠そうなアミを起こして、病院へと向かいます。

病院に着くと、つんと鼻を突くようなアルコールの匂いが漂ってきました。

「慣れないもんだな。やっぱり」

病院は苦手です。どうしても悲しい記憶が甦ってしまうから。

少しだけセンチな気持ちになりながらも、父のいる病室へと向かいました。しかし、父が入院している部屋の近くに来た時に何やら大きな声が聞こえてきました。

「味が薄い!毎回言っているだろうが。俺が作ってやるから厨房を貸さんか」

全く恥ずかしい。誰だよ、こんなことを言っているのは。病院なのだから薄味は基本だろうと思い、父の部屋へと入室しました。

まあ、そんな事を言っていたのは実の父だったわけですが。

「親父!恥ずかしいから止めろよ」

「おお、ルカ!なんでここに居るんだ?いや、そんな事よりもお前からも言ってやってくれ。何なら、お前が料理を作ってくれ」
戸惑う看護師さんに頭を下げて、大丈夫ですからと家族だけにしてもらいました。

「パパ!」
「おお、アミ。元気にしていたか!」
久しぶりの再会を喜ぶ2人。アミは父に向ってタックルするような勢いでその胸に飛び込みました。

「親父。思ったよりも元気そうだな、安心したよ」
「あん?何の話だ」
「病院から封書が届いたんだよ。その、親父の様子が優れないって」
アミの手前、そのまま伝える事は憚れました。けど父である、パオロには全て伝わったのでしょう。その上で、僕の発言を笑い飛ばしました。

「全く、あの医者は大袈裟なんだよ。見ろ!この通りピンピンしているだろう」
わざとらしい位に力こぶを作ったりして健在ぶりをアピールする父。ですが、丸太みたいに太かった腕が一般人のそれと変わらないことに愕然としました。でも、心配を掛けたくないという父の思いが伝わってきて何も言及出来ません。

その時、ノックの音と同時に一人の白衣を着た男性が病室を訪れたのです。

「ルカさん、少し宜しいですか」
「…はい。大丈夫です」

先生に先導されて、薄暗い部屋へと入室します。

「先日、お手紙にてお伝えした通り、お父様の様態は深刻なものです。薬とご本人の精神力、並外れた体力のお陰で平気に見えるかもしれませんが」
「はい。父を見て体調が芳しくないことは分かりました」
「私としては、直ぐに手術を受けて欲しいところです。勿論、本人の意向もありますし無理強いは出来ません。医師として当然全力は尽くしますが、手術を受ければ必ず良くなる保証も出来ません。最悪の場合も考えられます。それらを踏まえた上で、覚えておいてください。期限は年内です。お父様にはお伝えしましたが、お二人でよく話し合って下さい」

短い静寂の後、僕は先生にお願いをします。

「あの先生。絶対にお支払いします。だから、支払いを来年まで待って頂くことは出来ませんか?」
「勿論、今すぐに全額お支払い頂こうとは思っていません。ですが手術を始めるに当たって、この位は頂くことになります」

口頭で云うのは憚られるのでしょう。先生は紙に金額を記入すると、それをそっと僕に渡しました。

やはり高い。でも、賞金が手に入れば十分に支払える金額だ。
「私もパオロさんには生きて頂きたいのです。現在、ルカさんが大変な状況という事も理解しているつもりです。それでも、申し訳ないですが」
力なく言葉を発する先生に対して、僕はやるせない気持ちになりました。

「いえ。先生には本当に良くして頂いています。お金は何とかして見せます。だから、今後とも父の事を宜しくお願いします」
「ルカさん…ええ。医師として最善を尽くします」

その言葉を聞くと、僕は再び父の部屋へと戻りました。

部屋に戻ると、アミは親父のベッドの上で寝ていました。アミの頭を優しく撫でている父は優しい目をしています。

「おお、戻ってきたか。お前、来るなら連絡くらいは寄越せ」

そんな言葉を無視して、僕は話を切り出しました。
「親父。絶対に手術は受けて貰うからな」

固唾を飲む父でしたが、なんとかという感じで言葉を発しました。
「お前…気持ちは有難いが、ここの入院費用だけでも手一杯だというのに一体どうするつもりだ」
「来月開催される新酒コンテストに出場する。そこで優勝できれば、賞金が手に入る」
「新酒って。お前にワインが作れるのか?いや、作るだけなら出来るとは思うが、優勝だなんて」

そう言うと思っていました。何より、僕自身が諦めかけていた事だったから。
「親父さ。イラリア・アマーレっていうワインの造り手の名前、聞いた事ない?」

突然何を言っているんだ?という、表情を浮かべる父。
「一応な。確か隣国で、奇跡とか言われるワインを作った人だろ?」

そういえば、あの特集の広報誌を持ってきたのも父でした。
「その人。今、一緒に住んでいるんだ」
「…はあ?」
「まあ、色々あってさ。それでワイン造りを彼女に教えて貰っている。それで必死になって次のコンクールで勝つための作戦も練った。だから絶対に勝つ!」

沈黙の後、父は少しだけ笑いました。
「絶対に…勝つか。ルカ、少し変わったな。以前のお前からは考えられないような台詞だ。男らしくなったな」
「だとしたら、イラリアさんの影響かもしれない」

フッ、と父は口角を僅かに上げました。
「ルカ!どうやらいい女みたいだな。次はその人も連れてきなさい。母さんよりもいい女か見定めてやる!」

つられて、僕も笑いました。
「バーカ」

そして僕は城下町へと向かいます。昨晩の内に欲しい商品が置いてありそうなお店は全て調査をしておいたので、必要になりそうなものは全て購入しました。

今頃、イラリアさんはどうしているかな。両手に荷物を抱えながら彼女の事を考えます。最近では、ずっと一緒に居たから。

出来ることなら、今までの様に楽しくいつまでも一緒に居たい。

それでも、いつか別れの時は訪れてしまうのだろうか。

そんな事を考えながら、宿へと購入した商品を置きに戻るのでした。
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