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進路希望
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一つ違う階とか、自分の知らないお知らせとか、オレが見たことのない表情とか。こればっかりは、どうしようもないことなんだけど。それがわかってるぶん、歯がゆい気持ちでいっぱいになったりする。いつもなら、全く気にもしない階段。今日はやけに険しく感じた。
……理由だって? 後輩だらけのところ行くからだよ。それも、進路調査のプリントを持っているから尚更に。ここ、私立魔麟学園高等部の欄に書かれた、乱暴で雑なボールペンの丸印。
――実はちゃんとした意味があって、同時に決意表明であるということは、オレだってわかってる。そしてこれが紛れもない事実であることが、印刷された堅苦しい楷書の所為でありありと伝わってくる。すごく当然のことなんだけど、来年はもうオレはここに居ないから。
急に肌寒く感じて、カーディガンの袖を伸ばした。キムチ鍋くいてぇ。――この時期は、勉強の現実が差し迫るから大嫌いだ。
さっきから目の前を通る多くの五級生(中等部二年生)たち。こいつらは今日、特別授業があるらしい。あの電波先生受け持ちの奴だろ大変だなぁと思ってそいつらが通り過ぎるのを見ていたら、見間違えるはずのないそこに姿を見た。
遠くからでも目立つ、真っ黒な髪と三角定規のような猫耳。そこまではオレも知ってる。
でも、今見つけたのは、どこまでも【同級生】の顔をした、後輩の神風夜空。
同級生に囲まれ、普段聞けないタメ口で、同じ話題を彼らと同じ目線で話す。――今からはアイツも、オレが去年受けた授業を受けに行くんだろうな。背後にある立て付けが悪くなったら窓から、北風のような風が滑り込んでくる。ああ、だから、こんなに寒いんだな……。
「並木先輩……?」
「お、夜空じゃん……お前移動教室だろ? さっき友だちと――」
「先輩が居ると言ったら、先に行っているからと言われました」
気を利かしてくれたんだな。
「……先輩はどうして二年生の階に?」
そう聞かれたから、社会科の先生を捜していると答えた。――そうだ、七時間目が始まる前にこれ提出しねーと先生が授業に行っちまう!
「……その先生ならまだ職員室に居ましたよ……ああ、進路の出すんですね」
オレの手元のプリントが何か理解したらしい。不思議そうに意外そうに言うもんだから、なんだか悔しくなった。
「そうだよ。オレはセンパイだからな!」
わざと偉そうに笑って言ったら、夜空の顔が少しだけ優しくなった。オレが感じてるダメージは、どうやらこいつには届かなかったらしい。ま、オレだって普段ならちっとも感じない【痛み】なんだけどな。
「……プリント、ちょっと貸して下さい」
「え? ちょっ……大したことなんか書いてねーしないぞ?」
サッと奪われてしまい、くるりと背まで向けられてしまった。悪戯小僧か! オレの、あの乱雑な字体とヤケクソにも見える丸印をマジマジと覗き込んでる。
悪かったな、どうせ下手くそな字しか書けませんよオレは。お前と比べれば月とスッポンの違いですよ。というか、もう休み時間の終わりが差し迫ってる。そろそろマジで返してほしい。念を込めて背中から覗き込めば、それに気付いたみたいでポスっと案外あっさり紙は自分の手に返ってきた。
「内部進学、なんですね?」
「そう書いてあんだろ? それで決定だよ」
改めて聞きなおされたから、当たり前だろうと返す。その言葉に夜空は納得したように目を細めた。――すぐに元の仏頂面に戻っちまったけど。オレが胸に押し付けられたプリントを一応確認してる間に、夜空はノートやら筆箱を持ち直した。シンプルで几帳面なノートと筆箱が、コイツらしくってなんかおかしい。
「では構いません。失礼します」
「は? どーゆうことだよ?」
オレが内部進学だって、ずっと言ってたじゃん。お前に直接言った覚えはないけど、お前と同じ部活の青空とか夕陽には言ってたから、コイツの耳にも届いているはずだ。
「……私も内部進学の予定なので、きちんと確認しておきたかったんです」
「オレが内部行くってこと? え、マジ知らなかった?」
「確認と申したでしょう……アナタと同じところに行かないと、再来年に会えなくなりますから。……別に構わないと仰るなら怒りますよ?」
夜空の静かな言葉に、呆れた表情に、オレは勢いよく首を横に振った。そんなオレに軽く頷いてから、一つ下の後輩は猫耳をぴこぴこ揺らしながら、今度こそ移動するべき教室に行ってしまった。
(……こんなことでも年の差ってもアリか?)
なんて思っちまうオレは、やっぱり周りが言うように単純オツムなのかもしれない。だって同い年じゃ、あんな告白は聞けないもんな!
夜空の言葉の余韻に浸っていたら、特別授業開始のチャイムが鳴ってしまった。窓を修理にしに来たオッサン達が壁になって、オレにはもうあの北風は届いてこない。
……そしてオレは、サラッとこの紙切れを先生に出しそびれたわけで。しょうがねーからすごすごとそのまま部活へ行った。今日はあいつのクラブにでも顔を出してみよう。
――ちゃんと授業に間に合ったか、せっかくだから聞いてやろうと思う。
……理由だって? 後輩だらけのところ行くからだよ。それも、進路調査のプリントを持っているから尚更に。ここ、私立魔麟学園高等部の欄に書かれた、乱暴で雑なボールペンの丸印。
――実はちゃんとした意味があって、同時に決意表明であるということは、オレだってわかってる。そしてこれが紛れもない事実であることが、印刷された堅苦しい楷書の所為でありありと伝わってくる。すごく当然のことなんだけど、来年はもうオレはここに居ないから。
急に肌寒く感じて、カーディガンの袖を伸ばした。キムチ鍋くいてぇ。――この時期は、勉強の現実が差し迫るから大嫌いだ。
さっきから目の前を通る多くの五級生(中等部二年生)たち。こいつらは今日、特別授業があるらしい。あの電波先生受け持ちの奴だろ大変だなぁと思ってそいつらが通り過ぎるのを見ていたら、見間違えるはずのないそこに姿を見た。
遠くからでも目立つ、真っ黒な髪と三角定規のような猫耳。そこまではオレも知ってる。
でも、今見つけたのは、どこまでも【同級生】の顔をした、後輩の神風夜空。
同級生に囲まれ、普段聞けないタメ口で、同じ話題を彼らと同じ目線で話す。――今からはアイツも、オレが去年受けた授業を受けに行くんだろうな。背後にある立て付けが悪くなったら窓から、北風のような風が滑り込んでくる。ああ、だから、こんなに寒いんだな……。
「並木先輩……?」
「お、夜空じゃん……お前移動教室だろ? さっき友だちと――」
「先輩が居ると言ったら、先に行っているからと言われました」
気を利かしてくれたんだな。
「……先輩はどうして二年生の階に?」
そう聞かれたから、社会科の先生を捜していると答えた。――そうだ、七時間目が始まる前にこれ提出しねーと先生が授業に行っちまう!
「……その先生ならまだ職員室に居ましたよ……ああ、進路の出すんですね」
オレの手元のプリントが何か理解したらしい。不思議そうに意外そうに言うもんだから、なんだか悔しくなった。
「そうだよ。オレはセンパイだからな!」
わざと偉そうに笑って言ったら、夜空の顔が少しだけ優しくなった。オレが感じてるダメージは、どうやらこいつには届かなかったらしい。ま、オレだって普段ならちっとも感じない【痛み】なんだけどな。
「……プリント、ちょっと貸して下さい」
「え? ちょっ……大したことなんか書いてねーしないぞ?」
サッと奪われてしまい、くるりと背まで向けられてしまった。悪戯小僧か! オレの、あの乱雑な字体とヤケクソにも見える丸印をマジマジと覗き込んでる。
悪かったな、どうせ下手くそな字しか書けませんよオレは。お前と比べれば月とスッポンの違いですよ。というか、もう休み時間の終わりが差し迫ってる。そろそろマジで返してほしい。念を込めて背中から覗き込めば、それに気付いたみたいでポスっと案外あっさり紙は自分の手に返ってきた。
「内部進学、なんですね?」
「そう書いてあんだろ? それで決定だよ」
改めて聞きなおされたから、当たり前だろうと返す。その言葉に夜空は納得したように目を細めた。――すぐに元の仏頂面に戻っちまったけど。オレが胸に押し付けられたプリントを一応確認してる間に、夜空はノートやら筆箱を持ち直した。シンプルで几帳面なノートと筆箱が、コイツらしくってなんかおかしい。
「では構いません。失礼します」
「は? どーゆうことだよ?」
オレが内部進学だって、ずっと言ってたじゃん。お前に直接言った覚えはないけど、お前と同じ部活の青空とか夕陽には言ってたから、コイツの耳にも届いているはずだ。
「……私も内部進学の予定なので、きちんと確認しておきたかったんです」
「オレが内部行くってこと? え、マジ知らなかった?」
「確認と申したでしょう……アナタと同じところに行かないと、再来年に会えなくなりますから。……別に構わないと仰るなら怒りますよ?」
夜空の静かな言葉に、呆れた表情に、オレは勢いよく首を横に振った。そんなオレに軽く頷いてから、一つ下の後輩は猫耳をぴこぴこ揺らしながら、今度こそ移動するべき教室に行ってしまった。
(……こんなことでも年の差ってもアリか?)
なんて思っちまうオレは、やっぱり周りが言うように単純オツムなのかもしれない。だって同い年じゃ、あんな告白は聞けないもんな!
夜空の言葉の余韻に浸っていたら、特別授業開始のチャイムが鳴ってしまった。窓を修理にしに来たオッサン達が壁になって、オレにはもうあの北風は届いてこない。
……そしてオレは、サラッとこの紙切れを先生に出しそびれたわけで。しょうがねーからすごすごとそのまま部活へ行った。今日はあいつのクラブにでも顔を出してみよう。
――ちゃんと授業に間に合ったか、せっかくだから聞いてやろうと思う。
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