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五里霧中2
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おつむは真っ白で世界は真っ黒。そんな中で、吐きながら生きてきたわけですよ。僕達は。だんだんだんだん、紅で自分が濡れていく。それはまるで安っぽいペンキをぶちまけたみたいに。一分前にキヨが倒した男の血液が空中に飛んだからそれをよけて、呆気なく落下したそれは真っ赤なわけではなくてむしろ、赤黒い。……キモチワルイ。
「ずいぶん楽しそうな食生活しているものだなあ」
「ドロドロの血は不健康の証拠なんだぞ!」
すでに気絶してしまってる男にそう言った。目の前でこちらを睨み据えている、ぐるぐるした目つきの残り三人の男に話しかける。非常に不本意だが、僕達の方もたぶん同じ顔をしてるんだろうな。
「ねえ?」
「そう思わないか?」
まるで、昔からの友達にするように気楽に馴れ馴れしく声を掛ける。男達が同じように返すなんて期待などしていなかったけれど、男むしろ怒りが激増したようだ。
「死ねや!」
男たちの中の誰が言っただろうか?どうでもいいけど。
「殺して」
「みてよ」
ふっと笑い、掴みかかってきた男達を殴り倒す! あっさりよろけた男達をけり倒す!
「ねえ、もう少し」
「楽しませてほしいな」
一瞬でかかってきた三人の内二人を地面に転がし、残った一人にそう微笑んだ。その笑みは生暖かく、冷たく、そして鋭いのを、キヨもたぶんおんなじ顔してる。
「ひっ」
残った一人は僕の顔を見て凍りついた。
「殺してくれるんじゃないの?」
「や……めろ。来るな!」
「だって、近くに寄らなくちゃ」
「殺せないでしょ?」
「……っ」
僕も君も。男の前に立ち、口元だけに笑を浮かべる。
「どうやって」
「殺してくれるんだ?」
「……た……たすけてくれ」
「何の話? もしかして僕達に」
「言ってるのか?」
すでに目の前に立つ男の目には涙が浮かび、膝はがくがくと震えていた。
「ねえ?」
毎日が、つまらなくてたまらないんだ。僕は男の耳に口元を寄せた。
「本気で僕と彼を殺したいと思うなら、」
「天使を連れてきて」
低く。冷たく。なるべく美しく。そう呟く。
「じゃあね」
「お元気で」
汚い空気でにごった裏道を抜けようと躰を向けた。視界に入った何人もの男達はみーんな一様に夢の中に強制収監。垂れてきた前髪が煩わしくなってかきあげた。そろそろ切らないと。
「ばっかみたいだ」
「うん」
どれこれもみんなみんな――馬鹿みたいだ。馬鹿だらけの世界なんて、漫画の中で十分なのに。裏道を出て、ネオンの光る街に出ると、自分の腕にちょっとだけ着いた、汚れたペンキのような液体が目立った。それが何でだかひどくむかついて、馬鹿の血液が自分の躰を汚しているのが気に食わなくて、自分の腕に爪を立てた。強く強く立てて、プチという感触と一緒に爪を離すと、ぷくりと出血した。自分の血が馬鹿の血を洗い流してくれればいいのに。無理だけど。キヨの脹脛は擦りすぎて赤くなっていた。
「馬鹿だからね、僕」
「右に同じ。余計にヨゴレルだけなのに……」
どうやら切った場所が悪かったみたいで、出血はなかなか止まらない。たらたらと地球の引力に従って、血が垂れていって、ゆっくりと地面に落ちた。よくみてみると僕の血も赤黒い。物理的で時間差のブーメランってやつ。
「僕達も、食生活見直さなくてはね」
「大根サラダがいい」
「大根あったらね。なかったらもやしサラダにしよう。その前に」
「天使に会いに行こう」
すぐそこの一戸建てに姉妹で住んでて、暇さえあればハンドメイドに勤しんでる処女天使。一応電話しておこう。真昼ちゃんはいるかな、いても寝てそうだから大丈夫か。
「……何」
長い呼び出し音の後に、不機嫌な掠れた声。あ、寝てたのかな。キヨが耳元にくっついてくる。
「えーと。何でも」
「ないぞ」
「はぁ」
予想通りで、思わず笑みが溢れた。そういえば今日、初めて心から笑った気がする。キヨは腹を抱えて笑っている。
「何となく、聞きたかった」
「何を?」
「オヒメサマの声」
「厨二乙……ならばこれで満足だね。おやすみ」
「うん」
予告通りあっさりばっさりしっかり切られた電話。無機質な着信音に耳障りだけど、安心した。吐き気も大分、収まっている。天使様。どうぞ僕達を殺してください。殺してくれないのなら、せめて叱ってほしい。
「ああ……ちょっと腕痛い……」
「縛る?」
「死ぬよ」
きっと彼女の家に行けばつまんなそうな顔で僕達を待ってくれているんだろう。教師だからなのかシスコンだからかは判らないけど、結構心配性だから。
「会ったらまず、抱きついてみよう」
「そうだね」
そうしたら一層、変な顔するんだろうな。この腕を見た彼女が手当てしながら怒る顔が浮かんで、少し幸せな気分になれた。
人間世界で、幸せでいるために。誰かに期待を求められたり、必要としているために優しくされたりする事。
「ずいぶん楽しそうな食生活しているものだなあ」
「ドロドロの血は不健康の証拠なんだぞ!」
すでに気絶してしまってる男にそう言った。目の前でこちらを睨み据えている、ぐるぐるした目つきの残り三人の男に話しかける。非常に不本意だが、僕達の方もたぶん同じ顔をしてるんだろうな。
「ねえ?」
「そう思わないか?」
まるで、昔からの友達にするように気楽に馴れ馴れしく声を掛ける。男達が同じように返すなんて期待などしていなかったけれど、男むしろ怒りが激増したようだ。
「死ねや!」
男たちの中の誰が言っただろうか?どうでもいいけど。
「殺して」
「みてよ」
ふっと笑い、掴みかかってきた男達を殴り倒す! あっさりよろけた男達をけり倒す!
「ねえ、もう少し」
「楽しませてほしいな」
一瞬でかかってきた三人の内二人を地面に転がし、残った一人にそう微笑んだ。その笑みは生暖かく、冷たく、そして鋭いのを、キヨもたぶんおんなじ顔してる。
「ひっ」
残った一人は僕の顔を見て凍りついた。
「殺してくれるんじゃないの?」
「や……めろ。来るな!」
「だって、近くに寄らなくちゃ」
「殺せないでしょ?」
「……っ」
僕も君も。男の前に立ち、口元だけに笑を浮かべる。
「どうやって」
「殺してくれるんだ?」
「……た……たすけてくれ」
「何の話? もしかして僕達に」
「言ってるのか?」
すでに目の前に立つ男の目には涙が浮かび、膝はがくがくと震えていた。
「ねえ?」
毎日が、つまらなくてたまらないんだ。僕は男の耳に口元を寄せた。
「本気で僕と彼を殺したいと思うなら、」
「天使を連れてきて」
低く。冷たく。なるべく美しく。そう呟く。
「じゃあね」
「お元気で」
汚い空気でにごった裏道を抜けようと躰を向けた。視界に入った何人もの男達はみーんな一様に夢の中に強制収監。垂れてきた前髪が煩わしくなってかきあげた。そろそろ切らないと。
「ばっかみたいだ」
「うん」
どれこれもみんなみんな――馬鹿みたいだ。馬鹿だらけの世界なんて、漫画の中で十分なのに。裏道を出て、ネオンの光る街に出ると、自分の腕にちょっとだけ着いた、汚れたペンキのような液体が目立った。それが何でだかひどくむかついて、馬鹿の血液が自分の躰を汚しているのが気に食わなくて、自分の腕に爪を立てた。強く強く立てて、プチという感触と一緒に爪を離すと、ぷくりと出血した。自分の血が馬鹿の血を洗い流してくれればいいのに。無理だけど。キヨの脹脛は擦りすぎて赤くなっていた。
「馬鹿だからね、僕」
「右に同じ。余計にヨゴレルだけなのに……」
どうやら切った場所が悪かったみたいで、出血はなかなか止まらない。たらたらと地球の引力に従って、血が垂れていって、ゆっくりと地面に落ちた。よくみてみると僕の血も赤黒い。物理的で時間差のブーメランってやつ。
「僕達も、食生活見直さなくてはね」
「大根サラダがいい」
「大根あったらね。なかったらもやしサラダにしよう。その前に」
「天使に会いに行こう」
すぐそこの一戸建てに姉妹で住んでて、暇さえあればハンドメイドに勤しんでる処女天使。一応電話しておこう。真昼ちゃんはいるかな、いても寝てそうだから大丈夫か。
「……何」
長い呼び出し音の後に、不機嫌な掠れた声。あ、寝てたのかな。キヨが耳元にくっついてくる。
「えーと。何でも」
「ないぞ」
「はぁ」
予想通りで、思わず笑みが溢れた。そういえば今日、初めて心から笑った気がする。キヨは腹を抱えて笑っている。
「何となく、聞きたかった」
「何を?」
「オヒメサマの声」
「厨二乙……ならばこれで満足だね。おやすみ」
「うん」
予告通りあっさりばっさりしっかり切られた電話。無機質な着信音に耳障りだけど、安心した。吐き気も大分、収まっている。天使様。どうぞ僕達を殺してください。殺してくれないのなら、せめて叱ってほしい。
「ああ……ちょっと腕痛い……」
「縛る?」
「死ぬよ」
きっと彼女の家に行けばつまんなそうな顔で僕達を待ってくれているんだろう。教師だからなのかシスコンだからかは判らないけど、結構心配性だから。
「会ったらまず、抱きついてみよう」
「そうだね」
そうしたら一層、変な顔するんだろうな。この腕を見た彼女が手当てしながら怒る顔が浮かんで、少し幸せな気分になれた。
人間世界で、幸せでいるために。誰かに期待を求められたり、必要としているために優しくされたりする事。
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