とある高台夫婦の閨房

黄薔薇の檻

「茜ちゃーん、帰ったよー」

　今日も血生臭い仕事を終えて帰ってきたキースを、再び妻に迎えた彼女は今日も出迎えてくれた。疲れながらも微笑みかけるキースに、茜は足を引きずり奇妙なバランスで歩み寄る。覚え込ませたお帰りのハグをしてくれる。
　アイキャンフライに失敗して、捻れて折れた手足は少ししか動かせず、僅かしか歩けない。飲ませた薬は彼の人間らしい心をぶち壊して生き人形に仕立て上げた。鹿にも鹿も言えず、キースにしか懐かず、動物的な反応しか見せず、たまにキースの名前だけを象って上がる声は薬の副作用で酷く掠れた聞き苦しいものだ。でもキースはそんな彼女を一等愛している。こんな歪な形になってしまっても、愛しい人を守る事が出来てよかったと思っている。
　組織の上層部は人質の変貌に「まぁ、死んでるのと変わらないくらい壊れたなら問題ない」とその息の根を止める事を止めてキースの傍に置くお許しをくれた。キースが昇進した頃、茜を奪い取ろうと血眼になって探し回っていた茜の身内の皆さんには、その後キース達が丁寧にご挨拶をして回った。残党しにぞこないがまた茜を奪還する計画を練っているようだが、あんな少人数で何ができるというのだろう。たとえ大軍になって押し掛けてきたとしても、雑兵など恐るるに足りない。

「あぁ今日もマジ疲れたよぉ、クソッタレ。やっぱ俺は銃器は苦手だなぁ、刑事とか自衛官になるつもりなかった日本人だからさぁ」

　好き勝手にべらべらと捲し立てるキースを、茜は変わらず無邪気な瞳で見つめていた。その声が自分だけの名前を呼ぶ。それが聞きたくて、キースは茜を引き寄せて組み敷いた。

「エッチしよっか」





　キースは知らない。自分が仕事で不在の間。茜は独りでいる時だけ、キース以外の名前を呟いていた。

「ひばりさん」
「ふーがくん」
「盛苑さん」

　小さな声で、もう自分ですら区別がつかない誰かの名前を呼んでいる事を。