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恋の狂気/商人と剣士【やや不穏】

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 本を途中まで読み進めて、マンドレイクは溜め息をついた。眠れなくて、睡眠導入剤代わりに読書に勤しむ事にした。傀儡師コロンの商船には図書室があり、偶々借りたのは美しいが残酷な性を持つ姫と、腕は確かだが醜い容貌の男の物語。文字を追うたびに、可憐なヒロインの、無邪気に人の不幸を悦び、愉しんでいる一文一文にフィクションとはいえハラハラさせられる。それはマンドレイクにとって、思い当たる人物がいたからだ。

「ドレイクさん」

 ――鈴を転がすような稚い声。くりくり動く大きな瞳。値の張る陶磁器のごとき白い肌。風に煽られて揺れる黒髪、薔薇色の唇、嫋やかな首筋と二の腕、細い指先に小さな桜貝色の爪――。どこまでも真摯で優しい笑顔が、いつも瞼の裏に浮かぶ。コロンを前にすると、いつもマンドレイクは何とも言い難い感情が滲んでくるのだ。彼女を愛おしいと思う一方で、彼女は自分の気持ちなどとっくに見透かしているのではないか。それでいて、何も知らぬ顔をして恋に酔っ払う自分を嘲笑っているのではないか……。
 被害妄想とも言えるそんな愚かしい考えが、マンドレイクを捕らえて離さないのだ。ゆっくり文字を追っていた男の口許が、歪んだ。残酷な事を好む無邪気なヒロインは悪意も無く誰かが苦しむのを、死を見たいが為に周りの人間達を破滅へと導く。この物語のお姫様は打算も悪意も邪気も、何一つ有していない。ただ、ひたすらに、純粋なのだ。混じりけのない純粋は、狂気と等しい。邪な感情などなく、恐ろしく素直なだけ。それゆえに男を惑わせるのだ。――この物語のヒロインのように。
 最後まで読み終えてマンドレイクは本を閉じた。脳裏に、ヒロインの最期の言葉が焼きついて剥がれない。彼女は、ヒロインに恋焦がれながらも怖れる男の手によって命を落とす。恐怖する男とは反対に、ヒロインはにっこり笑って死に逝く。――自分に手をかけた男の事を祝福さえして。ヒロインの最期の言葉は、男への告白とも訓辞とも取れる。酒に混ぜられた毒のように、腕に打った薬物のように。――嗚呼、本当にその通り。大国から追放された剣士は自嘲した。
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