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冬のまろうど2
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コンコン。
ドアを叩かれる音がして、編み籠を作っていた和歌はから一旦作業を止めた。伸びをして、暖炉に薪を一つ投げ入れてから、どてらを羽織って玄関前にやってきた。今の時間は、夕方。それでも日差しの暖かさなど焼け石に水な冬の季節、外は吹雪と言っていいくらいの荒れ模様だ。
「はあい、どっちゃさーん?」
和歌は少しの間耳を済ませて、もう一度、声をかける。
「どちらさま?」
一向に訪ね人は答える様子はない。こんなに日に誰だろう……首を傾げて考えてみたが埒が明かない。白いドアに熱気で赤らんだ耳を押しつけてみるけれども、外からは風がドアを叩く音しか聞こえなかった。つまり、玄関の前に人がいないという事だ。
「おっかしなあ」
風の音とノックを聞き間違えたんかな……そう独りごちながら、和歌は赤い絨毯を踏みしめて暖炉の前のテーブルに戻った。
チクタク――
パチパチ――
木製の時計の音と暖炉の火の音が大きさを争いながら部屋を包む頃。
トントン。
また玄関から音がした。
「はあい」
彼女は、さっきと同じ動作で玄関前までやってくると、返事をする。けれども、返ってはこなかった。
「また……」
暖炉の熱で妙にぬるく温まっているドアノブを握り締めて、三分の一ほどドアを開いた。そこは一面の白の世界。ちらりと地面を見ると小さい足跡が見える範囲で行ったり来たりしている。
「…………」
パタン。
和歌はドアを閉めた。ドアを背に、離す事が出来ないシルバーのドアノブを握りしめながら深呼吸する。同じく黄土色の施錠を回して、冷たくなったドアノブから、やっとの事で手を離した。
「…………」
こんな吹雪に子供が外を歩いているわけがない、それ以上に先ほどまで家の前に居たような足跡。何よりもそれよりも、あの足跡は玄関の前だけにあった。
「――っ、せ、せやせや! こうゆう時はおとと(弟)かアリゾナに電話掛ちゃろ!」
震える足を叱咤しつつ、電話のある暖炉の部屋まで、赤い絨毯に足の裏を擦りつけるように歩く。しかし電話の受話器を取るより、全身が泡立つ方が早かった。暖炉の前に、大人物のコートを被った小さな子供が三人うずくまっていたのだから――和歌に気づいたのか振り向く子供達――。
パン。
何かが、弾け飛んだ。
「ひっ」
短い悲鳴を上げると同時に、和歌の精神は限界を超えた。短い悲鳴を上げて、意識が遠くなるのを他人事のように思いながら、彼女の躰は赤い絨毯に崩れ落ちた。
トントン、トント……。
聴こえてきたドアを叩く音で、和歌の意識は浮上した。
「――ん」
和歌は顔を上げた。暖炉の火にはいつの間にか消えていた。眠りから覚めた後の重い躰を動かす。全身が汗でびっしょり濡れて気色が悪かった。
「……姉ちゃん……姉ちゃん、おらんのか?」
トントン……。
ノック音と一緒に聴こえる聞き知った声に和歌は、フラフラと酔っ払いのような千鳥足で玄関前に行くと、氷のように冷たいドアノブを握り締めながら開く。来訪者はやはり、海外に行って暫らく連絡が取れなかった弟だった。
「お、よかった、姉ちゃん? ……何か、顔色悪りで?」
「え? そうかなあ……久しぶりやっしょ」
弟の肩越しから見える外は、いつのまに吹雪は止んで、キラキラ光っている積もりに積もった雪の白が目に痛い。朝日に細めながら和歌は弟を見上げた。自分より頭一つ大きい彼は心配そうに太い眉を寄せている。
「一酸化中毒寸前やったんちゃうか?」
「そんなことないんやけど――恥ずかしわあ、なんか、変な夢見ちゃあっただけみたい」
「姉ちゃんは年中無休で見ちゃーらして」
ほう、弟は笑った。相変わらずの減らず口だ。
「そういえば姉貴、誰か来てたん?」
「……え?」
弟が躰を横にずらして指を差す。白い雪に小さな足跡が三人分。それは外に向かってまっすぐ列を成していた。
ドアを叩かれる音がして、編み籠を作っていた和歌はから一旦作業を止めた。伸びをして、暖炉に薪を一つ投げ入れてから、どてらを羽織って玄関前にやってきた。今の時間は、夕方。それでも日差しの暖かさなど焼け石に水な冬の季節、外は吹雪と言っていいくらいの荒れ模様だ。
「はあい、どっちゃさーん?」
和歌は少しの間耳を済ませて、もう一度、声をかける。
「どちらさま?」
一向に訪ね人は答える様子はない。こんなに日に誰だろう……首を傾げて考えてみたが埒が明かない。白いドアに熱気で赤らんだ耳を押しつけてみるけれども、外からは風がドアを叩く音しか聞こえなかった。つまり、玄関の前に人がいないという事だ。
「おっかしなあ」
風の音とノックを聞き間違えたんかな……そう独りごちながら、和歌は赤い絨毯を踏みしめて暖炉の前のテーブルに戻った。
チクタク――
パチパチ――
木製の時計の音と暖炉の火の音が大きさを争いながら部屋を包む頃。
トントン。
また玄関から音がした。
「はあい」
彼女は、さっきと同じ動作で玄関前までやってくると、返事をする。けれども、返ってはこなかった。
「また……」
暖炉の熱で妙にぬるく温まっているドアノブを握り締めて、三分の一ほどドアを開いた。そこは一面の白の世界。ちらりと地面を見ると小さい足跡が見える範囲で行ったり来たりしている。
「…………」
パタン。
和歌はドアを閉めた。ドアを背に、離す事が出来ないシルバーのドアノブを握りしめながら深呼吸する。同じく黄土色の施錠を回して、冷たくなったドアノブから、やっとの事で手を離した。
「…………」
こんな吹雪に子供が外を歩いているわけがない、それ以上に先ほどまで家の前に居たような足跡。何よりもそれよりも、あの足跡は玄関の前だけにあった。
「――っ、せ、せやせや! こうゆう時はおとと(弟)かアリゾナに電話掛ちゃろ!」
震える足を叱咤しつつ、電話のある暖炉の部屋まで、赤い絨毯に足の裏を擦りつけるように歩く。しかし電話の受話器を取るより、全身が泡立つ方が早かった。暖炉の前に、大人物のコートを被った小さな子供が三人うずくまっていたのだから――和歌に気づいたのか振り向く子供達――。
パン。
何かが、弾け飛んだ。
「ひっ」
短い悲鳴を上げると同時に、和歌の精神は限界を超えた。短い悲鳴を上げて、意識が遠くなるのを他人事のように思いながら、彼女の躰は赤い絨毯に崩れ落ちた。
トントン、トント……。
聴こえてきたドアを叩く音で、和歌の意識は浮上した。
「――ん」
和歌は顔を上げた。暖炉の火にはいつの間にか消えていた。眠りから覚めた後の重い躰を動かす。全身が汗でびっしょり濡れて気色が悪かった。
「……姉ちゃん……姉ちゃん、おらんのか?」
トントン……。
ノック音と一緒に聴こえる聞き知った声に和歌は、フラフラと酔っ払いのような千鳥足で玄関前に行くと、氷のように冷たいドアノブを握り締めながら開く。来訪者はやはり、海外に行って暫らく連絡が取れなかった弟だった。
「お、よかった、姉ちゃん? ……何か、顔色悪りで?」
「え? そうかなあ……久しぶりやっしょ」
弟の肩越しから見える外は、いつのまに吹雪は止んで、キラキラ光っている積もりに積もった雪の白が目に痛い。朝日に細めながら和歌は弟を見上げた。自分より頭一つ大きい彼は心配そうに太い眉を寄せている。
「一酸化中毒寸前やったんちゃうか?」
「そんなことないんやけど――恥ずかしわあ、なんか、変な夢見ちゃあっただけみたい」
「姉ちゃんは年中無休で見ちゃーらして」
ほう、弟は笑った。相変わらずの減らず口だ。
「そういえば姉貴、誰か来てたん?」
「……え?」
弟が躰を横にずらして指を差す。白い雪に小さな足跡が三人分。それは外に向かってまっすぐ列を成していた。
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