怪奇拾遺集(7/4更新)

狂言巡

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玩具奇譚

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 弟がチャリティーバザーで衝動買いした玩具のロボットを、神風麗虹かみかぜれいんは何だか気持ちが悪いものを感じている。そいつが、どうも自分を見つめているような気がするのだ。
  人形のように人の顔を模したわけでもないロボットである。視線などナンセンスもいいところだが、洗面所で歯を磨いている時、ふと鏡の中を覗き込むと、いつの間にか自分の後ろで洗濯機の上にちょこんと腰掛けていて、麗虹はまず「目が合った」と思った。
  何でこんなところに玩具なんか置いておくんだと麗虹は腹を立て、隣の弟の自室に玩具を放り込む。だが、いつの間にか大日本帝国陸軍の巨大ロボットと宇宙で戦うロボット兵器を、混同して作り上げたようなそれは、麗虹の寝室のベッドの上にあった。

 「ちょっと月光。飽きた玩具を使ってバカみたいな悪戯をするのはよさないか。そもそもお姉さまの部屋に勝手に入るんじゃない。年頃の女子高生おとめのお部屋にはなあ、人には言えない恥ずかしい秘密のあれやこれやがあふれかえっているんだぞ」

  悪戯盛りの弟を叱り飛ばした麗虹に向かって返ってきたのは、丸くなったアーモンド型のめんたまである。

 「姉ちゃん、何言ってんの? ロボットって?」

  きょとんと不思議そうにしている弟は、嘘をついている素振りなどない。おかしいなあ、だったらあのロボットはどうして……。
  それからというもの、すっかり弟から見放されたロボットは麗虹の周りを付きまといはじめた。
  ある日の夜。麗虹が何だか良くわからない悪夢に魘されて、真夜中に跳ね起きた時の事だ。彼女は額の汗を乱暴に拭いながら部屋を出てダイニングに向かい、冷蔵庫を開けてハーブティを取り出す。
  麗虹はふと視線を動かした。冷蔵庫の中から漏れるオレンジ色の薄弱な光の中、キッチンの流しの下のあたりに何やらこんもりとした物体が転がっているのが照らし出されている。
  包丁を握り締めた玩具のロボットだった。そいつは仁王立ちのまま動かない。だか両手で挟みこむような按配で、キッチンの収納に仕舞われていたはずの刃物を持っているのである。麗虹はそれを見た瞬間、本来リラックス効果があるはずのそれをぶちまけた。

 「――やばい。ボク、玩具に命を狙われてる? って本気で思ったよね」

  麗虹は以前の、後輩に盗聴されていた事よりおぞましい戦慄を覚えた。とはいえ、こんな事を誰に相談してもパラノイア扱いを受けるだけだ。心当たりは先日納戸の十人になっていたフランス人形を神社に持って行ったくらいなのだが。
  そして、麗虹はずっとおかしな悪夢に魘され続ける事になった。見る夢は決まって、包丁を持ったロボットが麗虹の寝室にそっと侵入し、眠りこけている麗虹のベッドへ這い上がり、両手で包丁を高く振りかぶるというものだ。麗虹はいつもそのシーンで跳ね起きる。これはいよいよ重症である。
  そろそろ病院にでも行くかと、彼女が本気で思い悩みはじめてしばらくした時。麗虹の自宅の周辺で傷害事件が起きた。自宅周辺というか、麗虹の家の真ん前が現場である。
  麗虹は最近、とある同級生の女子生徒からひどい嫌がらせを受けていた。転校してきた彼女(以下、転校生)は、麗虹の幼馴染に一目惚れしてしまったのだ。そしてよく行動を共にする自分がよほど目障りだったらしい。
  麗虹からしたら周囲の牽制より、まずそいつに媚びを売るのが建設的だと思うのだが、人間というのは稀に誰かを阻害して自分が優位に立ちたがるタイプがいる。つまり相手を貶める事で得た曲がった優越感で、欠けた心に束の間の潤いを施すのだ。
  最初は学校で物を隠したり、机に落書きしたり、悪口を言う程度だった。だが、もちろんそれで麗虹の幼馴染の関心がむくわけがない。嫌がらせした時は溜飲が下がっても、一時の潤いは結局仮初インスタントでしかなくて更に喉が渇くのだからどうしようもない。麗虹の恐ろしさを知っている周囲は愚行を繰り返す転校生から離れていくので、孤独感が増して一層憎しみと焦燥が募るのだろう。
  その頃には麗虹の家に対して度重なる無言電話、ポストにごみを突っ込む、尾行、盗撮した写真をばらまくなどなど、余罪数限りなしといったストーカー行為を繰り返していた。そろそろ麗虹も鬱陶しくなってきて、いろいろ仕返しを考えていた矢先だった。
  そいつが、何者かに刺されたのである。むしろその刺された転校生、麗虹を刺そうとして、ナイフ片手に彼女の家の玄関で待ち構えていたそうだ。そこを背後から誰かに返り討ちされたとの事。因果応報である。

 「――いや、何だかね」

  事情聴取に来ていた警官が、不可解そうに首を傾げている。

 「そのストーカーをしていた子は、病院で意識を取り戻したそうなんだけど、誰に刺されたのかと尋ねても、玩具のロボットにやられたとしか答えないんだ。どうしたもんかね」

  麗虹はあの中途半端なナリの玩具が、自分に危害を及ぼそうとしていたのではなく守ろうとしていたのだということに気づいた。

 「今はあんな中途半端な姿だけど、前世ではボクの恋人だったのかもしれないね」

  そう話す彼女の部屋の前の窓には、玩具のロボットが飾られている。
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