黒狼夫婦の事情

狂言巡

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 排水溝を見て思う。世鷹達を想いすぎる彼女は、いつも世鷹達を身に収めている。彼女から溢れ出た世鷹達は、いつか洗い流したお湯のように、こうして流されてゆくのだろうか。今日も彼女から抜け落ちた髪の毛が、排水溝の蓋に絡まっている。雁字搦めに自分達を愛する、彼女自身を象徴したかのようだ。流されていく世鷹達に絡み付こうとして、必死にもがいているように見える。
 ずっとそうやって引っ掛かっているつもりか。イライラするんだよ。彼女の髪はとてもハッキリ目に見えるから。意志を持たないはずの抜け毛さえ、自分達の名を呼び、お慕いしておりますと繰り返している。ああもう何でかな。何で僕達は彼女を殺さないのかな。いくら愛しているからって、殺めてしまう愛し方だってあるのに。ほら、早く殺してよ。グズグズしていると妻の髪が、流れ落ちて僕達の所に来てしまうじゃないか。ほら、早く。……苛苛するなぁ……。
 嗚呼もう、如何して僕達は君を殺さないんだろう。殺せないまま彼女を生かし、共に生きていこうとしている。今とは違う方法でも、純粋に彼女を愛せるはずなのに。そもそも僕は何故……こんなにも苛苛しながら排水溝なんて眺めているのかな。あの細い首を絞めて湯船に沈めればいいだけなのに。如何して僕は、たったそれだけの事が出来ないんだろう。せめて……君から抜け落ちた髪の毛だけでも、早く摘まんで捨てなきゃ。

「髪の毛一本くらい流しちゃえばいいじゃないですか」

 さようなら、今日の黒猫さん。ただのゴミに成り下がる彼女を、世鷹は可哀想だとは思わない。僕は君の居る排水溝に辿り着けなかったけれど、原本の彼女とずっと一緒に居るよ。それが本意なのか不本意なのかは、世鷹にはまだよく判らないけれど。

「さ、綺麗になった」
「ほんっと世鷹さんってマメというか細かいというか……でも妙なところで大雑把ですね。もう、濡れたまま行くから床がベチャベチャなんですけど」

 妻から溢れ出た彼女の一部は、排水溝でとても心地良さそうにしていた。誰にも束縛されない、邪魔されない其処は、唯一の天国で楽園なのかもしれない。

「拭いといて」
「自分で拭いて下さいよ」

 ゴミ箱の中から、世鷹を呼ぶ声が聞こえる。さようなら、黒猫ちゃんだった物。この家に排水溝が有りさえすれば、彼女にどれだけ束縛されたって構わない。それでも万が一、殺してしまったら。その時は先程のように、ゴミ箱に彼女を捨てよう。

「愛してるよ、黒猫ちゃん」

 君はゴミ箱から世鷹の名前を呼び、僕は相変わらず君を愛していくよ。
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