異世界聖女ですが即日クビになりまして(9/15更新)

聖女のちょっと昔の話

　異世界に召喚されたと思ったら投獄されて脱獄に便乗し、今の保護者に出会った頃の話だ。クロエは眠ると死ぬのではないかと本気で思っていた。死んでしまえば元の世界に戻れるかもしれない。当時はそんな一抹の希望を抱く余裕さえなかった。ママにもっと一緒に居たいと縋りたくて、でも我儘を言って嫌われるのが怖くて、そこまではできなかった。
　不眠症になったわけではないが、毎晩啜り泣いていれば、精神にも肉体に負担がかかる。実は周囲には完全にバレていた感がある上に、そこから風邪を拗らせてベッドから起き上がれなくなった際、ビルが「コレ飲んで寝ろ」と渡されたのがホットミルクだった。彼自身が用意した物ではなかっただろうが、恐竜のような容貌の彼が甘い飲み物を鋭い爪にひっかけてそれを差し出すという行為は違和感ギャップ激しくて、ポカンとした覚えがある。だが、不思議とそれを飲むと即座に眠る事ができた。
　――後に魔法でも何でもなく、強制的に眠らせる為にビルがアルコールを混ぜていた事実を知って納得した。クロエの周囲は、良くも悪くも一服盛る事に躊躇がない。ママの従妹の子供のプレゼントを買いに行った際、ついでに買ってくれたぬいぐるみと一緒に眠るようになった時は、夜に目覚めて傍にぬいぐるみがあるとホッとした。
　後に知り合った魔法療法士から聞いたのだが、大人になっても安心感の為に寝床にぬいぐるみを置く人間は意外と多いらしい。猫と狸の中間のようなそれは、経緯を知ったハーフエルフに『敵対勢力に居場所を把握される危険』を指摘されて燃やされてしまったが。それでも夜を共にする相手が出来て、だいぶ改善した。というよりも、夜に目覚めた時に誰かの温もり或いは存在があって、相手が安心できる人だというのがいいのかもしれない。