その奇蹟に喝采を(4/6更新)

狂言巡

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炎天堂夏生の誕生日2

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「じゃあ、明日から三日間の合宿になるから。全員きちんと準備して来るように!」

 八月半ばにある、三日間の学校での合宿。夏生の誕生日が入っていることは、暗黙の了解だ。そして彼のリクエストは、「カレーで誕生会」つまり。夏休み期間に誕生日を持つ彼としては、今まで友達に学校で祝ってもらった事がなく、ほんの少し、憧れていたのだ。裏で色々と準備してくれている友人達の姿を垣間見て、夏生も胸を高鳴らせた。一体、どんな風に祝ってくれるのだろうかと――。
 合宿当日。朝からの晴天。目に痛いくらいの青空の下、学校の到着。

「おはよー夏君。おめでとう!」
「おっす。サンキュ!」
「おっはーえっくん。おめっとー!」
「サンキュー」
「おはよう。誕生日おめでとう」
「ありがとよっ!」

 朝の挨拶と共に、贈られる祝福の言葉。何だか慣れなくて照れ臭いものを感じる。部室に荷物を置こうと中に入れば、先に中に居た歌留多が振り返る。いつになく優雅な微笑みを見せて。

「おはよう。炎天堂」
「は、はよー」
「今日も暑くなりそうね。お前が生まれた日にぴったりな天候じゃない。空気がカラッとして、青空が透き通っていて」
「そ、そーか?」
「そう。お誕生日おめでとう。……さあ今日から三日間、頑張ってもらうから。誕生日専用のスペシャルメニュー考えてきてあげたし」
「……げ、マジかよ……」

 その特別な『メニュー』とやらを想像しただけで、ほんの少しげんなりしてしまう。きっと歌留多の事だから、苦手な部分をえげつないくらいつついてくるに違いない……。

「先に行ってるから」

 肩を軽く落とした夏生に声をかけ、鼻歌なんかを歌いながら機嫌に良さそうに出て行く部長の麗しい後ろ姿を、夏生が恨めしげに見送った。

 案の定、屋内とはいえ炎天下での部活は堪えた。無論、それは誰もが同じ。気温等を考慮した歌留多の完璧な時間スケジュール割で、基礎と実践を黙々とこなしていく音楽総合のチームメイト達。もちろん、夏生には誕生日特別メニューがきっちり入れられていた。熟れに熟れた夕日が傾きかけた頃、一日目が終了した。
 その後、彼ら達は学校からほんの僅かに離れた場所に建つ、合宿棟に移動する。調理室にぞろぞろと幾名か集まり、それぞれ役目を見つけて準備が始まる。本日の主役は手持ち無沙汰でその辺りをうろちょろしていたが、女子達らに追い出され仕方なく外に出る。
 合宿所の前庭から、まだ暑さが残る夕闇に紛れて学校が見える。ぼんやりとそのシルエットを眺めて、ちょっと何か出そうだなと妙な想像をしてみたり。――何だか、今が、夢をみているような気分になってくる。まごう事なき、今日は自分の誕生日なのだけれど、そうではないような。皆が自分の為に、そう思うからこそ、嬉しいのに気恥ずかしくて……。
 夕風に吹かれ、暫らく立ち尽くしていた。ふと、いい匂いが鼻先を掠める。どうやらメインディッシュが出来上がりはじめたようだ。腕時計を見れば、いつの間にか長い針がぐるりと一週を終えようとしていた。

「なつくーん!!」
「出来たよー!」

 桃華と棗が玄関から顔を出し、いつも以上にニコニコしている。何だか自分の心持ちが可笑しくなって、頭をかきかき、二人に引っ張られ食堂へ向かう。一歩入れば其処には、ご丁寧に輪飾りや桜紙や折り紙などで作られた花の飾り付けがされている。席に着くまで拍手で迎えられた。テーブルの上には、何故か決して小さくはない鍋が五つ鎮座している。首を傾げる夏生に、ちょうど右隣に居たスピカが笑顔で答えた。

「誕生日おめでとう、炎天堂くん。カレー、一種類だけじゃいつも通りでしょう? せっかくの誕生会なんだもの。 だから五種類ほど作ってみたわ」

 辛口、中辛、甘口、インド風、ポークカレー。桃華にグラスを手渡され、それを受け取りながらも予想もしていなかった展開に、本日の主役は言葉も出ない。

「じゃ、お祝いだね!!」

 大きな乾杯の声と共に、おめでとうの言葉があちこちから降ってくる。やっぱり、待っていた時よりも何だか気恥ずかしくて。終始照れたような顔で居たら、いつものお前じゃないとからかわれてしまった。

「全く……あいつらときたら……」

 すっかり完食した後、棗がこっそりもってきた花火をする事になり、庭に飛び出していった仲間達。ぶつぶつ文句を言いながらも、歌留多はてきぱきと食器の片付けに没頭する。洗い終えた食器を入れた籠から、ひょいとお皿が消える。横に視線を向けると、夏生がお皿を拭いていた。

「……炎天堂。別に構わないわ。今日の主役はお前なんだから」
「いーっていーって。手伝わせろよ少しは。調子狂う」
「お前もとことん貧乏性で……」
「きょーちょーせーがあるって言ってくれ」

 調理室には、食器が触れ合う音と水の音で溢れている。二人とも、無言で食器を洗い布巾で拭いて片付けるという作業に没頭しているから、余計にそう感じるのかもしれないが。中庭の方からは、微かに仲間達の賑やかな歓声が聞こえてくる。

「……ありがとよ、歌留多」

 ぽつりと、珍しく神妙な夏生の言葉。

「……当たり前じゃない? 誕生日なんだし」
「違うって。そうじゃなくて……五種類のカレー、作んの大変だったろ。企画したのお前だってひばりから聞いたからさ。お前、こーゆーの苦手じゃん」
「……別に、一人で作ったわけじゃないもの」

 最後の一枚を流し終え、きゅっと蛇口を閉めた。タオルで自分の手を拭きながら、歌留多は皿を拭き終えた夏生の顔を見る。

「それで、どうだった? カレー尽くしの誕生会は?」
「楽しかったぜ」
「味の方は?」
「ああ。美味しかった」
「そう……良かった」

 ふっと声なく静かに微笑む彼女。こんな風に歌留多が笑う時は、いつも纏う空気まで静かなように感じる。まるで、水の底に潜ってみたかのような。手を伸ばせば逃げてしまう魚のような。それでも手を伸ばしたくなるような。そんな風に考えながら、その頭に手をやろうとした瞬間。

「あああああ、ごめんなさいねえ! 歌留多ちゃん! 片付け終わっちゃったかしら!?」
「悪い、すっかり忘れてて……ってもしかして炎天堂も手伝って? 珍しい事もあるもんだな」
「なんか失礼だなおい」

 スピカと聡俊がほぼ同時に調理室に飛び込んできた。そんな彼らの妙に焦った様子を見て、歌留多と夏生は顔を見合わせて笑う。――憧れだった誕生会は、何処か少しだけ居心地が悪くて照れ臭くて恥ずかしくて。それでも、絶対的に嬉しさが残る。
 ――後にも先にも、きっとこんな誕生会はないだろうな。夏生はそう考えながら、先を歩く友人達に一瞥をくれ、調理室の電気を消しドアを閉めた。庭では皆の呼ぶ声が聞こえて――。
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