7 / 25
神名月秋亮の誕生日
しおりを挟む
初冬の曇天から降り注ぐ、小さな雨粒。雨の日は、嫌いだ。
「髪の毛が爆発するからだろ」
なんて、春猫さんは笑うけど。それだけじゃ、ない。教室の向こうの校庭とそのまた向こうにうっすら見える海岸線も。硝子越しの今日はまるで、水族館の水槽の方に居るみたいだ。全てが、冷たい水の中に沈む。夏の雨と、冬の雨。俺だったら、ぜってぇ、夏の雨の方が良い。先が見えるから。冬の雨は、先が見えない。そんな気分になる。つまりは、憂鬱って言う事なんだろうけど。おまけに今年は……。
ジメジメとした空気に耐えられなくなり、廊下に出る。向かいの校舎の一角。そこに。俺の兄弟や先輩達は居るわけで。小さい頃は、一個くらいの年の差なんて関係なかった。一番上の姉が言うには「大人になったら、一歳くらいかわんないよ」って。確かに、そうなのかもしれないけど。俺達、青春期真っ只中の十代にとっては。物凄い差である事を。今、しみじみ感じている。ぼやけた灰色の窓硝子に映る、何処にいても分かる後ろ姿が見えた。
俺と同じ茶色。金髪。桃色。ずっと一緒だと思っていたけど。たぶん、今が。俺にとっての兄、姉離れなのか? どんなに足掻いても。俺は。みんなと一緒に行けない。何年経っても。その背中を追いかける。隣に並ぶ事はあるけど、また、置いていかれる。今まで、そんな風に考えた事もなかった。実際に学校と部活という領域から、姿が消えて。やっと理解った。俺にとっての、皆の存在が。
ぺたりと硝子窓に額を付けた。冷たい。きっと今の俺と皆の間は、水族館の水槽みたいに近くて遠いんだ。寂しい……かな。こんな感情が自分にあるとは驚きだ。驚き桃の木山椒の木だ。自分らしくもないセンチメンタルな気分になっていると。
「シュウ!」
後頭部に突然の衝撃を受ける。ちょうど硝子からデコを離そうとしていた俺は、もう一度硝子にデコをくっ付ける事になった。しかもかなりの衝撃で……。
「おい! 露草! 強く叩きすぎだ!」
「硝子は無事か?」
思わず額を抱えてしゃがみ込んだ俺は、可笑しさがこみ上げてきて。顔を上げないで、そのままくすくす笑ってた。
「……なあ、秋亮、笑ってるけど……恐いぞ?」
「打ち所が悪かったんじゃないのか? 露草、責任をとってやれ」
「よかったなあ、秋亮。夏都華がお婿に貰ってくれるって」
「ばっか……! 春猫! アンタ、何言ってんのよ! こんな電波な旦那はゴメンよ!」
ほら。いつもと何も変らない。一年なんて、あっと言うまで。たとえ、大人になってしまっても。きっと、久しぶりに会ったとしても。皆となら、いつでも。帰ってこられる。それに、気がついた。雨の月曜日。
「秋亮? 悩み事でもあるのか?」
ようやく立ち上がった俺に、春猫さんがこう言ってくれる。首をぶんぶん振ると、皆は顔を見合わせて苦笑した。
「じゃあ、どうして窓ガラスに顔くっつけてんの? 怖いわよ。マジで」
「俺が?」
「反対側から、丸見えなんだけどね。深刻そうだったから、来てみたんだけど」
あ……そうだった。俺から向こうが見えるって事は、向こうからも俺が見えていた事で……。
「かなりの呆けた顔だったぞ」
「あちゃー」
「……この先、何か問題が起きて、一人で考えて答えがでないなら、言えばいい。俺達に」
何の為の兄弟なんだと笑う笑顔が。眩しくて、胸がつまった。そうだ。俺の周りの人達は、自慢したいくらいの、変わってるけどいいヤツばっかりで。そう思ったら、嬉しくて。自然に笑みが零れる。そんな俺の顔を見て。皆はホッとした表情になる。俺はそんなに、深刻そうな顔してたんだろうか?
「秋亮、手を出してみろ」
春猫さんに言われ、差し出した掌にのせられる。俺の大好物のお菓子の箱。しかも、季節限定物。
「こんな図体して、似合うよわね。ほんっと、このお菓子が」
呆れたように言われても。好きなもんは好きなんだよ。ああ、そうか。好きなもんは好きだから、だから、離ればなれが寂しいんだ。……そうだな。いいよ、でも理解ったから。離れていても、きっとすぐに追いつけるから。だから。離れていても、笑って会える仲間でいて欲しい。ずっと。ずっと、ずっと。大人になっても。
「「「十六歳の誕生日、おめでとう。秋亮」」」
お祝いの言葉と笑顔。水の底のような場所で、俺は大切なものに、やっと手を伸ばした。俺を憂鬱にするもの。月曜日と雨。初めて、冬の雨が好きになれそうな、気がした。
「髪の毛が爆発するからだろ」
なんて、春猫さんは笑うけど。それだけじゃ、ない。教室の向こうの校庭とそのまた向こうにうっすら見える海岸線も。硝子越しの今日はまるで、水族館の水槽の方に居るみたいだ。全てが、冷たい水の中に沈む。夏の雨と、冬の雨。俺だったら、ぜってぇ、夏の雨の方が良い。先が見えるから。冬の雨は、先が見えない。そんな気分になる。つまりは、憂鬱って言う事なんだろうけど。おまけに今年は……。
ジメジメとした空気に耐えられなくなり、廊下に出る。向かいの校舎の一角。そこに。俺の兄弟や先輩達は居るわけで。小さい頃は、一個くらいの年の差なんて関係なかった。一番上の姉が言うには「大人になったら、一歳くらいかわんないよ」って。確かに、そうなのかもしれないけど。俺達、青春期真っ只中の十代にとっては。物凄い差である事を。今、しみじみ感じている。ぼやけた灰色の窓硝子に映る、何処にいても分かる後ろ姿が見えた。
俺と同じ茶色。金髪。桃色。ずっと一緒だと思っていたけど。たぶん、今が。俺にとっての兄、姉離れなのか? どんなに足掻いても。俺は。みんなと一緒に行けない。何年経っても。その背中を追いかける。隣に並ぶ事はあるけど、また、置いていかれる。今まで、そんな風に考えた事もなかった。実際に学校と部活という領域から、姿が消えて。やっと理解った。俺にとっての、皆の存在が。
ぺたりと硝子窓に額を付けた。冷たい。きっと今の俺と皆の間は、水族館の水槽みたいに近くて遠いんだ。寂しい……かな。こんな感情が自分にあるとは驚きだ。驚き桃の木山椒の木だ。自分らしくもないセンチメンタルな気分になっていると。
「シュウ!」
後頭部に突然の衝撃を受ける。ちょうど硝子からデコを離そうとしていた俺は、もう一度硝子にデコをくっ付ける事になった。しかもかなりの衝撃で……。
「おい! 露草! 強く叩きすぎだ!」
「硝子は無事か?」
思わず額を抱えてしゃがみ込んだ俺は、可笑しさがこみ上げてきて。顔を上げないで、そのままくすくす笑ってた。
「……なあ、秋亮、笑ってるけど……恐いぞ?」
「打ち所が悪かったんじゃないのか? 露草、責任をとってやれ」
「よかったなあ、秋亮。夏都華がお婿に貰ってくれるって」
「ばっか……! 春猫! アンタ、何言ってんのよ! こんな電波な旦那はゴメンよ!」
ほら。いつもと何も変らない。一年なんて、あっと言うまで。たとえ、大人になってしまっても。きっと、久しぶりに会ったとしても。皆となら、いつでも。帰ってこられる。それに、気がついた。雨の月曜日。
「秋亮? 悩み事でもあるのか?」
ようやく立ち上がった俺に、春猫さんがこう言ってくれる。首をぶんぶん振ると、皆は顔を見合わせて苦笑した。
「じゃあ、どうして窓ガラスに顔くっつけてんの? 怖いわよ。マジで」
「俺が?」
「反対側から、丸見えなんだけどね。深刻そうだったから、来てみたんだけど」
あ……そうだった。俺から向こうが見えるって事は、向こうからも俺が見えていた事で……。
「かなりの呆けた顔だったぞ」
「あちゃー」
「……この先、何か問題が起きて、一人で考えて答えがでないなら、言えばいい。俺達に」
何の為の兄弟なんだと笑う笑顔が。眩しくて、胸がつまった。そうだ。俺の周りの人達は、自慢したいくらいの、変わってるけどいいヤツばっかりで。そう思ったら、嬉しくて。自然に笑みが零れる。そんな俺の顔を見て。皆はホッとした表情になる。俺はそんなに、深刻そうな顔してたんだろうか?
「秋亮、手を出してみろ」
春猫さんに言われ、差し出した掌にのせられる。俺の大好物のお菓子の箱。しかも、季節限定物。
「こんな図体して、似合うよわね。ほんっと、このお菓子が」
呆れたように言われても。好きなもんは好きなんだよ。ああ、そうか。好きなもんは好きだから、だから、離ればなれが寂しいんだ。……そうだな。いいよ、でも理解ったから。離れていても、きっとすぐに追いつけるから。だから。離れていても、笑って会える仲間でいて欲しい。ずっと。ずっと、ずっと。大人になっても。
「「「十六歳の誕生日、おめでとう。秋亮」」」
お祝いの言葉と笑顔。水の底のような場所で、俺は大切なものに、やっと手を伸ばした。俺を憂鬱にするもの。月曜日と雨。初めて、冬の雨が好きになれそうな、気がした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる