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ネール家の団欒

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 目を覚ましたルティアが見たのはテーブルを挟んで対面に座っているバルトとアリーゼの姿だった。

 寝ぼけ眼を擦り、あくびをして、ルティアは体を起こす。

「おはようバルト」

「良く寝てたなルティア。もう昼だぞ」

 ソファから滑るように降りて床に立ち、ゆっくり歩いてバルトの座るダイニングテーブルまで向かい、ルティアはバルトに向かって両手を伸ばした。

 その無言の抱っこ要求に答え、バルトは椅子を引くと座ったままルティアを抱き上げ自分の膝の上に座らせる。

「そうしていると、本当の親子のようですね」

「血は繋がってないが、こうして一緒に暮らしてるんだ。そうも見えるだろ」

 抱き上げられたルティアがバルトに身を預け、再び眠気から目を閉じて眠ってしまった様子を見て、アリーゼが微笑みながら呟いた。

 その笑顔はこれまで敵対していた頃からは想像出来ないほど柔らかな物で、柔らかな視線からは慈愛の情すら感じられる。

「なあお前さん。飯は作れるか?」

「私の事はアリーゼとお呼び下さいバルト。父母亡き後、炊事洗濯は一人でこなしてきましたので家事は出来ます」

「お。そりゃあ良い。じゃあ早速で悪いが飯作ってくんねえか? 寝ちまったルティアを起こすのは可哀想だからな」

「花嫁修行というやつですね。わかりました、正直なところ自信は全くありませんが善処します」

「いや花嫁修行ではねえよ。あの扉の向こうが保冷室でな、そこにある食材は適当に使ってくれても構わねえから昼飯頼むわ」

「一個人宅に保冷室やらあの広い寝室やら、随分と豪勢な生活をしておいでですね。流石にベテラン冒険者と言ったところなのでしょうか」

「ちょっと前までこの家は仲間達と共同で使ってたんだよ。事情があって今は俺とルティア、あとポヨだけで住んでるがな」

「ポヨ? ああ、あのスライムの事ですね。そうですか、今は本当にお一人でルティアさんを」
  
 バルトが本当に独り身だと分かって嬉しいのか、アリーゼはどこか安心したように微笑むと、椅子から立ち上がった。
 
 そしてズボンの紐を締め直し、ブカブカな袖を折って短くすると、アリーゼはバルトが指差したキッチン横の保冷室へと向かって行く。

 それを見てなのか、ソファでルティアの枕代わりとなって潰れていたポヨが球状に体を戻すとソファからピョンと飛び降り、ポヨンと跳ねて、キッチンの横に置いている食器棚へと向かっていった。

 器用に伸ばした触手で棚を開け、皿を四枚取り出してはズルズルと皿を落とさないように床を這い、ポヨはいったいどこで見ているのか、テーブルまで皿を運んで綺麗に並べて見せると、再び食器棚に向かい、今度はフォークとスプーンを三人分持ってきて皿の横に並べた。 
  
「ス、スライムが配膳を」
 
「うちのポヨは凄いだろ。器用なんだぜコイツ」

 保冷室からパスタと野菜、魚介類を各種持ち出して来たアリーゼがポヨの行動を見て目を丸くした。

 本来の草原に暮らすスライムだけでなく、進化していない普通のスライムの知能は極めて低い。

 配膳どころか意思の疎通すら本来は困難であるが、ポヨに至ってはそれらをそつなくこなせる程には知能が備わっている。

「もしかして、スライムオリジンなのですか?」

「いやあ、どうなんかねえ? 最初に出会った時は確かにリーフスライムみたいな黄緑色だったからソレだと思ってたんだがなあ。やっぱり原種なのかねえ。だとしたら育て方を間違えると魔王級の魔物に育っちまうんだが」

「なんてモノを使役してるのですかアナタは」

「俺だって知ってて拾ったわけじゃねえよ。まあ知ってても拾ったかもしれんがな」

「まあ、害意は全く感じませんが」

「だとしたらお前。アリーゼはポヨにも家族として認定されたって事か。コイツ俺が敵と判断した魔物には襲い掛かるからな」

「スライムなのに頼もしいですね」

「しかもそこそこ強えんだぜ?」

 炊事場に野菜と魚介類、パスタを並べ、調理器具を探すアリーゼの手元に、ポヨが鍋やら包丁、まな板を置いていく。
 
 そんなポヨに少し不気味さを感じるが、アリーゼは恐る恐る手を伸ばし、手伝ってくれた事には感謝しながらポヨの体を撫でた。

 ゴムより柔らかい弾力に最初は戸惑ったアリーゼだったが、嬉しそうに体を震わせたポヨの様子にホッと安心してため息を吐く。

「最初は草しか食わなかったんだが、最近なんでも食うようになってきてな。すまんがポヨの分の飯も作ってやってくれ」

「わかりました。夫の使役する魔物の世話も妻である私の役目、頑張って用意します」
 
「誰が夫で誰が妻だよ。まあなんせ頼む」

 バルトの言葉に頷き、調理を開始するアリーゼ。

 その手付きは辿々しく、決して手慣れたものではなかったが、覗き見るに手伝うほど下手というわけでも無かったので、バルトは椅子から立ち上がる事もせずにアリーゼに昼食を任せ、自分は椅子に座ったまま自分の腕に抱かれて眠っているルティアに視線を落とした。

「結婚か、考えた事も無かったな」

 呟きながら、バルトは現状と仲間達とパーティを組んでいた時の暮らしを思い出して比べた。

 仲間達と暮らしていた頃とは違う、のんびりした時間を感じ。

「こういうのも悪くねえな」

 と、和やかな気分に浸りながらキッチンから聞こえてくる包丁とまな板が当たるトントンという音を聞き。

 ルティアの顔に掛かった髪を手櫛でもって整えてあげるのだった。
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