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わたくしは平凡な伯爵令嬢です
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まずは情報収集だ。
何事も情報収集から始まる。
ディートリンデは手に入れた革の手帳をチラリと見て、鍵付きの引き出しに仕舞う。
中身はまだ読んでいないが、萌えが詰まっている事確定なのである。
うっかり読んでしまえば、その事で頭がいっぱいになり、暫く使い物にならなくなるかもしれない。
その前に、可愛い弟の願いを聞いてあげなくてはいけない。
将来、犠牲にするかもしれないけれど。
父は母を伴なって帝都へ向かっている。
帝都にある大神殿に聖女の判定に使う、女神の水晶を返しに行く為だ。
勿論それだけではなく、ルクスリア神聖国で起きた一切を報告しにいくのだろう。
家には家令を含め、執事に侍女、小間使いや従僕が勤めているので、
子供達だけにする事も特に心配はしていないらしい。
ディートリンデの空いている時間は、今のところ食事の時間くらいしかないので、
部屋に運ばせて、グレンツェンを部屋に招き、一緒に食事をとることにした。
もう一人の弟の前で、大好きな女性の話はしたくないらしい。
「そう、大体分かりましたわ」
弟がポンコツだという事が。
グレンツェンの要領を得ない、赤面しつつのもたもたした説明に、ディートリンデは頷いた。
マリアローゼ・フィロソフィについては、大した情報は得られなかった。
何故なら、聞かれるままに親友と共に競い合うように帝国の事を語り、
彼女の聞き上手さと、質問の鋭さに驚きつつ、更なる情報を吐き出し、
フィロソフィ嬢の事で知っていると言えば、先日の単純な説明と大して変わりがないのである。
将来ハニートラップに引っかからないか、誠に心配な弟だ、とディートリンデは思った。
彼女は美しく聡明で、優しさもありながら道理の通らない事には、きちんと対処する強さもある。
礼儀作法も完璧で、帝国語も話せるし、控えめさもありながら大胆さもある。
完璧か?
話を聞く限りでは、聖女で無いと判断された後もそれはそれは厚く遇されていたらしい。
聖女候補を差し置いて、夜会で公子とファーストダンスを踊るくらいには。
残念な候補達だったとしても、破格の待遇だし、将来正妻として迎えたいという意図が感じられる。
帝国の地方領主の息子が娶るには、相当な困難が待ち受けている筈だ。
「では、こう致しましょう。まず、貴方は貴方自身の言葉でお手紙をお書きなさい。
その上でわたくしが読んで、直すべき所があれば直します。
清書する為の便箋はわたくしが用意致しますから、まずは文を考えるのです」
「はい、姉上」
「折角ですから、わたくしからも手紙を送ります。
文通相手になる事が出来れば貴方を援護出来るかも知れませんし…」
というのは勿論方便である。
弟はちょっと目を見開いて、驚きつつも感動しているようだが、援護の為…だけではない。
父との恋の相手、第一候補にお近づきになるためである。
娘のマリアローゼと交流が持てれば、父である公爵といずれ面識を持てるかもしれない。
直にその見た目や振る舞いを見れば、妄想も捗るというものだ。
想像するだけで滾ってくる。
ディートリンデは無意識に拳を握りしめた。
「姉上、それでは失礼致します。此度の事、感謝致します」
びしりと頭を下げ最敬礼をすると、グレンツェンはくるりと踵を返して扉を出て行った。
妄想に浸り、すっかり弟の存在を忘れていたディートリンデは、静かにそれを見送った。
それに、とディートリンデは妄想を続ける。
弟が恋する相手との遣り取りは、そのまま萌えを供給するのに丁度いいかもしれない。
小さい頃女の子だと思っていた美しい少女が、実は男だった、なんて話はよく転がっているものでは?
ああ、それで育ってからも思慕は消えずに、少年として美しく育った初恋の君と、
また再び恋に落ちるのですわ……。
「……たまりませんわね」
誰も聞いていないのを良い事に、ディートリンデは物騒で下品な言葉を呟いた。
弟が手紙を書くと約束して数日が経っていた。
その間にアレンの伝手で知り合った情報屋から、ルクスリア神聖国の噂を手に入れたディートリンデは、
物憂げな面差しを、窓の外に向けて考えに耽っている。
確かな情報では、公爵令嬢一行を襲った、又はそれに加担した10名以上の高位神官や枢機卿が悉く処刑されたらしい。
それだけに留まらず、聖女の養父たちが自殺、神聖国内部で不審死が相次ぎ、
今回の聖女判定の儀に際して死んだ人数は、神聖国内だけでも20人は下らない。
一番驚いたのは、そんな状況にも関わらず、公爵令嬢一行への悪い噂が一切無いことだ。
それどころか、旅の途中で怪我人や病人を癒したという、いかにも聖女らしい振る舞いが絶賛されている。
信頼性の乏しい情報では、聖女が聖女を毒殺したという噂が囁かれていた。
しかも、公爵令嬢や公子も巻き込まれたという。
だが、公爵令嬢が無事帰途についた事を考えると、信憑性は微妙なところかもしれない。
とりあえずは無事に済んでよかったと胸を撫で下ろす。
色々な話を総合すると、お見舞いを兼ねた手紙にするのが無難かもしれない。
考えながらもディートリンデは、アレンに習った鍵開けで、手元の箱の鍵を開けたり閉めたりを続けている。
アレンほどではないが、スムーズに開けられるようになってきていた。
「そろそろお役御免だなー」
とニヤけていたアレンを思い出す。
そうは問屋が卸さない訳だが。
「はぁぁ!?スリってなんだよ。お前伯爵令嬢の癖にスリなんてやらかす気か?何でだよ!?!?」
鍵開けもまだ色々な種類があるので、習得し終えてはいないのだが、
ディートリンデは新しい科目を増やす事に決定したのだ。
アレンの大騒ぎを見て、落ち着くまでディートリンデは静かに見守っていた。
「金銭を盗む為に会得する訳ではありませんの」
「……いや、他に何に使うんだよ」
「一例ですけれど、手紙や書状ですわ」
その答えを聞いて、アレンは間抜けな顔にハテナを沢山浮かべた。
だって、殿方が殿方へ宛てて書いた秘密の手紙などあれば、盗み読みしたくありませんか?
勿論、そっとお返しするのも忘れませんし、何なら「落としましたよ」などと渡して反応を見るのもアリですわ。
「それは、アレか?政治的な陰謀絡みか」
「そうとは限りませんけれど。秘密に関する事、といえば宜しいでしょうか」
と、答えると、苦虫を噛み潰したような顔になる。
もしかしたら、弱味を握る為に行おうと思ってる、と考えているのかもしれない。
それはそれで、アリですわね。
ふむ、とディートリンデは形の良い唇に指を当てて考える。
踏み出せない二人の為のお膳立てに、偽の手紙を作って距離を縮めるのも素敵ですわね。
で、あるならば。
「文書の偽造についても学ばなくてはなりませんわね」
「…お前は一体何になりたいんだ」
「わたくしは平凡な伯爵令嬢で、それ以上でも以下でもありませんことよ」
「平凡な訳あるかぁ!!」
突っ込みを律儀にいれるアレンに、ディートリンデは首を傾げて聞いた。
「教えてくださる先生に心当たりがありまして?」
「ねーこともねーけど……」
渋々答えるアレンに、ディートリンデはにっこりと微笑んだ。
「では、お手配お願い致しますわね」
更に数日が経ち、弟の手紙が出来上がらないまま、ディートリンデの手紙だけ先に出来上がってしまった。
折角だから贈り物も一緒に同封しよう、と悩んでいるところに、アレンが新しい教師を連れてきた。
「お初にお目にかかります、オラヴィと申します」
身形も佇まいも、何処かの執事のようにきちんとしていて美しい。
髪は真ん中で分けて後ろに流し、片眼鏡をかけているのも、雰囲気がある。
「ご足労頂き、感謝致しますわ」
ディートリンデも席を立ち、スカートを摘んでお辞儀を返した。
「アレンから話は伺っております。文書について学ばれたいとか?」
一応、犯罪になりそうな部類の話なのだが、オラヴィは屈託の無い笑顔を見せた。
ディートリンデも、僅かに微笑んで頷く。
「ええ、筆跡についても出来れば学びたいですわ」
「お任せ下さい。私の得意分野ですので」
あくまでも表向き”偽造”という言葉は伏せて会話をしている。
アレンはつまらなそうに、足を投げ出して長椅子に座っていた。
「ではお給金はアレンと同じで宜しくて?」
「十分でございます」
「明日からお願い致します。時間帯はお任せしますので、前日までにお申し出くださいませ」
「ご配慮感謝致します」
アレンは大体昼過ぎにブラブラやってくるし、語学教師のアルベルティーナは住み込みなので時間の融通はきく。
その他の授業は午前中で事足りていた。
オラヴィは元貴族なのか、言葉遣いも所作もきちんと教育を受けたように感じる。
だが、後ろ暗い職業につく人物なので、過去は詮索しない。
ディートリンデは新しく覚えられる技術に、嬉しそうに目を細めた。
何事も情報収集から始まる。
ディートリンデは手に入れた革の手帳をチラリと見て、鍵付きの引き出しに仕舞う。
中身はまだ読んでいないが、萌えが詰まっている事確定なのである。
うっかり読んでしまえば、その事で頭がいっぱいになり、暫く使い物にならなくなるかもしれない。
その前に、可愛い弟の願いを聞いてあげなくてはいけない。
将来、犠牲にするかもしれないけれど。
父は母を伴なって帝都へ向かっている。
帝都にある大神殿に聖女の判定に使う、女神の水晶を返しに行く為だ。
勿論それだけではなく、ルクスリア神聖国で起きた一切を報告しにいくのだろう。
家には家令を含め、執事に侍女、小間使いや従僕が勤めているので、
子供達だけにする事も特に心配はしていないらしい。
ディートリンデの空いている時間は、今のところ食事の時間くらいしかないので、
部屋に運ばせて、グレンツェンを部屋に招き、一緒に食事をとることにした。
もう一人の弟の前で、大好きな女性の話はしたくないらしい。
「そう、大体分かりましたわ」
弟がポンコツだという事が。
グレンツェンの要領を得ない、赤面しつつのもたもたした説明に、ディートリンデは頷いた。
マリアローゼ・フィロソフィについては、大した情報は得られなかった。
何故なら、聞かれるままに親友と共に競い合うように帝国の事を語り、
彼女の聞き上手さと、質問の鋭さに驚きつつ、更なる情報を吐き出し、
フィロソフィ嬢の事で知っていると言えば、先日の単純な説明と大して変わりがないのである。
将来ハニートラップに引っかからないか、誠に心配な弟だ、とディートリンデは思った。
彼女は美しく聡明で、優しさもありながら道理の通らない事には、きちんと対処する強さもある。
礼儀作法も完璧で、帝国語も話せるし、控えめさもありながら大胆さもある。
完璧か?
話を聞く限りでは、聖女で無いと判断された後もそれはそれは厚く遇されていたらしい。
聖女候補を差し置いて、夜会で公子とファーストダンスを踊るくらいには。
残念な候補達だったとしても、破格の待遇だし、将来正妻として迎えたいという意図が感じられる。
帝国の地方領主の息子が娶るには、相当な困難が待ち受けている筈だ。
「では、こう致しましょう。まず、貴方は貴方自身の言葉でお手紙をお書きなさい。
その上でわたくしが読んで、直すべき所があれば直します。
清書する為の便箋はわたくしが用意致しますから、まずは文を考えるのです」
「はい、姉上」
「折角ですから、わたくしからも手紙を送ります。
文通相手になる事が出来れば貴方を援護出来るかも知れませんし…」
というのは勿論方便である。
弟はちょっと目を見開いて、驚きつつも感動しているようだが、援護の為…だけではない。
父との恋の相手、第一候補にお近づきになるためである。
娘のマリアローゼと交流が持てれば、父である公爵といずれ面識を持てるかもしれない。
直にその見た目や振る舞いを見れば、妄想も捗るというものだ。
想像するだけで滾ってくる。
ディートリンデは無意識に拳を握りしめた。
「姉上、それでは失礼致します。此度の事、感謝致します」
びしりと頭を下げ最敬礼をすると、グレンツェンはくるりと踵を返して扉を出て行った。
妄想に浸り、すっかり弟の存在を忘れていたディートリンデは、静かにそれを見送った。
それに、とディートリンデは妄想を続ける。
弟が恋する相手との遣り取りは、そのまま萌えを供給するのに丁度いいかもしれない。
小さい頃女の子だと思っていた美しい少女が、実は男だった、なんて話はよく転がっているものでは?
ああ、それで育ってからも思慕は消えずに、少年として美しく育った初恋の君と、
また再び恋に落ちるのですわ……。
「……たまりませんわね」
誰も聞いていないのを良い事に、ディートリンデは物騒で下品な言葉を呟いた。
弟が手紙を書くと約束して数日が経っていた。
その間にアレンの伝手で知り合った情報屋から、ルクスリア神聖国の噂を手に入れたディートリンデは、
物憂げな面差しを、窓の外に向けて考えに耽っている。
確かな情報では、公爵令嬢一行を襲った、又はそれに加担した10名以上の高位神官や枢機卿が悉く処刑されたらしい。
それだけに留まらず、聖女の養父たちが自殺、神聖国内部で不審死が相次ぎ、
今回の聖女判定の儀に際して死んだ人数は、神聖国内だけでも20人は下らない。
一番驚いたのは、そんな状況にも関わらず、公爵令嬢一行への悪い噂が一切無いことだ。
それどころか、旅の途中で怪我人や病人を癒したという、いかにも聖女らしい振る舞いが絶賛されている。
信頼性の乏しい情報では、聖女が聖女を毒殺したという噂が囁かれていた。
しかも、公爵令嬢や公子も巻き込まれたという。
だが、公爵令嬢が無事帰途についた事を考えると、信憑性は微妙なところかもしれない。
とりあえずは無事に済んでよかったと胸を撫で下ろす。
色々な話を総合すると、お見舞いを兼ねた手紙にするのが無難かもしれない。
考えながらもディートリンデは、アレンに習った鍵開けで、手元の箱の鍵を開けたり閉めたりを続けている。
アレンほどではないが、スムーズに開けられるようになってきていた。
「そろそろお役御免だなー」
とニヤけていたアレンを思い出す。
そうは問屋が卸さない訳だが。
「はぁぁ!?スリってなんだよ。お前伯爵令嬢の癖にスリなんてやらかす気か?何でだよ!?!?」
鍵開けもまだ色々な種類があるので、習得し終えてはいないのだが、
ディートリンデは新しい科目を増やす事に決定したのだ。
アレンの大騒ぎを見て、落ち着くまでディートリンデは静かに見守っていた。
「金銭を盗む為に会得する訳ではありませんの」
「……いや、他に何に使うんだよ」
「一例ですけれど、手紙や書状ですわ」
その答えを聞いて、アレンは間抜けな顔にハテナを沢山浮かべた。
だって、殿方が殿方へ宛てて書いた秘密の手紙などあれば、盗み読みしたくありませんか?
勿論、そっとお返しするのも忘れませんし、何なら「落としましたよ」などと渡して反応を見るのもアリですわ。
「それは、アレか?政治的な陰謀絡みか」
「そうとは限りませんけれど。秘密に関する事、といえば宜しいでしょうか」
と、答えると、苦虫を噛み潰したような顔になる。
もしかしたら、弱味を握る為に行おうと思ってる、と考えているのかもしれない。
それはそれで、アリですわね。
ふむ、とディートリンデは形の良い唇に指を当てて考える。
踏み出せない二人の為のお膳立てに、偽の手紙を作って距離を縮めるのも素敵ですわね。
で、あるならば。
「文書の偽造についても学ばなくてはなりませんわね」
「…お前は一体何になりたいんだ」
「わたくしは平凡な伯爵令嬢で、それ以上でも以下でもありませんことよ」
「平凡な訳あるかぁ!!」
突っ込みを律儀にいれるアレンに、ディートリンデは首を傾げて聞いた。
「教えてくださる先生に心当たりがありまして?」
「ねーこともねーけど……」
渋々答えるアレンに、ディートリンデはにっこりと微笑んだ。
「では、お手配お願い致しますわね」
更に数日が経ち、弟の手紙が出来上がらないまま、ディートリンデの手紙だけ先に出来上がってしまった。
折角だから贈り物も一緒に同封しよう、と悩んでいるところに、アレンが新しい教師を連れてきた。
「お初にお目にかかります、オラヴィと申します」
身形も佇まいも、何処かの執事のようにきちんとしていて美しい。
髪は真ん中で分けて後ろに流し、片眼鏡をかけているのも、雰囲気がある。
「ご足労頂き、感謝致しますわ」
ディートリンデも席を立ち、スカートを摘んでお辞儀を返した。
「アレンから話は伺っております。文書について学ばれたいとか?」
一応、犯罪になりそうな部類の話なのだが、オラヴィは屈託の無い笑顔を見せた。
ディートリンデも、僅かに微笑んで頷く。
「ええ、筆跡についても出来れば学びたいですわ」
「お任せ下さい。私の得意分野ですので」
あくまでも表向き”偽造”という言葉は伏せて会話をしている。
アレンはつまらなそうに、足を投げ出して長椅子に座っていた。
「ではお給金はアレンと同じで宜しくて?」
「十分でございます」
「明日からお願い致します。時間帯はお任せしますので、前日までにお申し出くださいませ」
「ご配慮感謝致します」
アレンは大体昼過ぎにブラブラやってくるし、語学教師のアルベルティーナは住み込みなので時間の融通はきく。
その他の授業は午前中で事足りていた。
オラヴィは元貴族なのか、言葉遣いも所作もきちんと教育を受けたように感じる。
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