2 / 12
どうしましょう 第一候補が二人居りますわ
しおりを挟む「くっ……神はどれほど試練をお与えになりますの」
読めない手紙の束を前に、ディートリンデは悔しさに震えた。
綺麗な筆記体の文字を見るに、王国語だと思われる。
この大陸最大のアウァリティア王国だ。
隣のルクスリア神聖国もほぼ同じ言語なので、次に習う予定の言葉だったのだが…
「これはのんびりしていられませんわ……」
手紙の束を服の中に忍ばせて、ディートリンデが書斎を出ると、侍女のグレーテは戻ってきて扉の外で待機していた。
「グレーテ、至急図書室から王国語の辞書を持ってきて。わたくしはお部屋に戻ります」
「承りました」
グレーテはペコリと頭を下げると、図書室へと向かう。
ディートリンデは早足で部屋へと戻った。
まずは手紙の束を鍵付きの引き出しに仕舞いこみ、一つ目の王国語と思われる手紙だけを封筒から出して、
本の隙間に挟んだ。
そして、勉強用の紙と羽ペンとインクを用意して机の上に並べる。
「こんな事になるのでしたら、もっと急いで授業を進めていただいたのに…」
こんな事にならなければ、完璧な淑女でいられたのだが、もうそれは遠い過去になりつつある。
記憶の中では色々な便利な道具だったり、この世界にない知識だったり、
素晴らしい知識の宝庫なのだが、ディートリンデはその辺りは絶賛どうでも良かった。
今、行動の指針となっているのは、父の学生時代を赤裸々に暴いた上で、
薄い本を作る事である。
まずは。
王国語のみならず、周辺国の言語を片っ端から習得する必要がある。
そして、忌々しい鍵を開ける技術の習得だ。
前世ではヘアピンだとか針金等で開ける漫画を読んだことはあるものの、
詳しい方法は調べてないしやったこともない。
だが、ここは幸いにも慣れ親しんだファンタジー世界でもある。
冒険者もいるのだし、宝箱や扉の鍵を開ける盗賊もいてもおかしくはない。
「ふむ、依頼をして訓練して頂く必要がありそうね」
幸運にも、今まで大して何かに興味を持っていなかったせいか、お小遣いはきちんと貯まっている。
今考えると、何を楽しみに生きていたのか分からない。
それほどの情熱を、現在は抱えている。
両親は仕事で留守がちなので、平日はみっちりと予定を入れる事は可能。
優秀な頭脳もあるので、授業を今まで以上に完璧にちゃっちゃと終らせる情熱もある。
ディートリンデはにっこりと微笑んだ。
辞書を片手に四苦八苦しながら読み解いた手紙は、結婚式の招待状と、近況報告のようなものだった。
日付を見るに、彼が結婚したのは父よりも2年ほど早い。
お父様は傷心して母と結婚したのかしら?
可哀想なお父様、とディートリンデは溜息をつくが、
それが本当なら可哀想なのはお母様の方である。
でも待って。
少し待って。
よくよく思い返してみれば、父には親友と呼べる男性が東帝国と呼ばれるガルディーニャ帝国にいた。
時折、弟と同じ歳の子供を伴って、遊びに来るのだ。
向こうはアーベル家と同じく、東の帝国の西の端の領地を持っているので、我が家の所有する領地と近い。
ルクスリア神聖国を隔ててはいるが、大きな意味ではお隣ともいえる。
リヴァノフ伯爵は、穏やかな風貌だけど、ワインレッドの髪が艶かしくもある。
ハッと気がついてディートリンデは、絵にかけてあった布を剥ぎ取った。
果たして、父の隣には穏やかな微笑を浮かべる紅髪の美青年が立っている。
「ふわあお」
奇声を必死で抑えるようにディートリンデ口に手を当てた。
「て、手紙など挟まっていないかしら?」
と裏を返すと、そこには絵画の立ち位置の裏にあたる場所に、名前がサインしてあった。
今度こそ倒れるかと思った。
推定父が、黄金世代父に昇格を果たした瞬間である。
隣の美青年が、親友のリヴァノフ伯爵だというのも分かった。
中央にいる二人は、女性らしい筆記体で名前の後半にフォルティスと同じ名が書き入れてあるので、
姉妹か双子だろうか。
間にいる真面目そうな青年のところはイニシャルだけが書かれている。
秘密めいたそれに、心がときめいた。
茶色の髪に青い瞳の、凛々しい美青年だ。
一番女性っぽい顔立ちをしているので、第一候補である。
その隣、金髪フォルティスの後ろに立っているのは銀の髪の美しい青年で、キツめの眼差しが綺麗な
いかにもな美形だ。
裏を返すとジェラルド・フィ何とかと書かれている。
こ れ は。
先程の手紙の封筒を見るべく、机の鍵を開けて封筒の差出人を見ると、同じ名前が書いてある。
第一候補が二人になってしまった。
ということは、側にいるあの女性と結婚したのだろうか。
女性としては一番好きなフォルティスの金髪女性と
何よりも愛する第一候補のジェラルドを両方同時に失ってしまったのなら…
エモい。
ディートリンデは封筒をぎゅうっと抱きしめた。
そして、そんな親友を見守る、似た環境を生きているリヴァノフ伯爵。
傷心の父を見守りつつ、自分を相手として選んで欲しい等と迫る場面が走馬灯のように脳内を巡る。
最の高。
ディートリンデはそのままベッドに倒れ込んだ。
「ふうふう…何てことなのかしら……」
今までわたくしは何を見て生きてきたのかしら?!
過去の自分を叱咤したいと思うディートリンデだが、
過去のディートリンデも同じ事を思うだろう。
いや、叱咤ではなく大泣きしてしまうかもしれない。
でも降臨してしまったおばちゃんはもう元には戻せないのである。
少なくとも情熱は抑えられそうにないので、ディートリンデは息を整えてのそりと起き上がると、
封筒を大事に引き出しの中に仕舞い込んだ。
37
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
殿下!死にたくないので婚約破棄してください!
As-me.com
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私。
このままでは冤罪で断罪されて死刑にされちゃう運命が待っている?!
死にたくないので、早く婚約破棄してください!
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか
砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。
そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。
しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。
ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。
そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。
「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」
別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。
そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる