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抗議文を書く私と、恋文が届く婚約者様

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夜会の数日後、私は侯爵夫人に習いながら、正式な抗議文を作成していた。
どうやらお互いの爵位や罪状によって、慰謝料の相場は大体決まっているらしい。
基本的には家同士の話し合いにもなるが、相場内であれば謝罪文と支払いで終わる。
逸脱した金額になれば、間に貴族院が入り裁定となるが、そこでも納得いかなければ裁判となるらしい。
だが、基本的にはそこまで争う事はないようだ。
常識的な判断をしない家門は、その点でも名誉が傷つく事になる。
お金目当てではないので金額はどうでも良かったが、体面というものがあるので、侯爵夫人の判断に委ねた。

数週間後には全ての支払いが私の財産となり、侯爵夫人に許可を得て、使用人達へそれぞれ欲しがっていた物を贈ることにした。
立派な包丁を一揃え、眼鏡、一張羅のお洋服、などなど。
平民では中々手が出せない贈り物に、皆が顔を綻ばせた。

それでもまったく使い切れる金額ではない。

実家についても様子を調べて貰ったが、特に支援を必要とはしていないし、リーマス伯爵家が負担したドレスや宝飾品の代金は全て、侯爵家から支払い済みだという。

タナーモも領地で順調に育っているらしいし、サラセニア王国でも栽培は順調らしい。
王妃様やフェンブル公爵夫人からの手紙で、進捗が知らされていた。

他には、孤児院や救貧院への寄付、かしら。

等と悩んでいると、ディオンルーク様が浮かない顔をしている。

「どうかなさいまして?お元気が無いようにお見受け致しますが」
「最近、妙な手紙が届くんだ」
「妙な、手紙……ですか?」

胸からぴらりとディオンルーク様が手紙を取り出す。
そして、私にそれを渡した。

「拝見しても宜しいのですか?」
「ああ、君の意見も聞きたい」

裏を返してみれば、女性の名前。
シャルロッテ・アーベライン。

「帝国の公爵家のご令嬢ですか?」

帝国語も学んだし、周辺諸国の貴族名鑑は既に覚えている。
名前と顔が一致しないが、夜会に出て挨拶周りをした事で大体の国内の貴族は網羅していた。
他国の人々は留学生や外交官、商売も手掛けている貴族達くらいである。

手紙に目を通せば、何というか。
悲劇のヒロインである。

望まぬ婚姻を強いられる、ディオンルーク様をお救いしたい。
わたくしの心は昔も今も貴方の物です。
両親は説得したので、迎えに来てください。

この三つが長々と違う文章で繰り返されているのと、昔の思い出みたいな詩なども挟まっている。

「この方とディオ様のご関係は?」
「うーん。幼い頃に婚約の話は出たし、お祖母様を通じて帝国へ行った時に顔を合わせたことがある、くらいだな。今の今まで、何の音沙汰もなかったのにな。どうやら過日の夜会の婚約発表を耳にしたらしい」

はは、とディオンルーク様の口から乾いた笑いが漏れる。
今まで全く放置だったのに、急にここまで盛り上がれるのは怖い。
しかし、それだけだろうか?
誰かの思惑もありそうで、私は少し悩んだ。

「結婚式まで間がないですし、レオナ様にご相談してみましょうか。何か事情をご存知かもしれませんもの」
「ああ、そうしてくれると助かる。……あと、ここに書いてある事は全て妄想だ。俺は愛の言葉など君以外に囁いたことはない」
「………あ、……あの、それは、光栄に存じます」

不意に真摯な眼で告げられて、私は両頬が熱くなるのを感じた。
私を見たディオンルーク様の頬もほんのり染まる。

「……とはいえ、君にも、あまり美しい言葉は捧げていないな。不勉強で済まない」
「いえ、飾らないお言葉も素敵でございますので、その……お気になさらず」

真面目な為人と、それ故の素直で正直な言葉は私にとってはかけがえのないものだ。
微笑んだディオンルーク様の顔が近づいてきて、私は目を閉じた。


「見た目は可憐で庇護欲をそそる可愛らしい美少女だが、中身は話の通じない阿呆女」
というのが、レオナ様の正直な感想だった。
現在レオナ様はバルシュミーデ公爵家に婚約者として住まい、帝国の貴族学園に婚約者のアルノートと共に通っている。
そこで、問題を起こした張本人がこのシャルロッテ嬢だという。
レオナ様が学園に通われ始めた時には、アルヴィナ嬢はご実家に回収済だった。
その代わりにアルノート様の周囲に出没しはじめたのが、この件のシャルロッテ嬢。

皇太子は既に学園を卒業済だが、第二皇子から臣籍降下され公爵位を賜ったアルノート様の他に、第三皇子も学園に通っていて、彼女に篭絡されたという。
その他にも高位令息がちらほらと。
婚約者のいる令息ばかりが、シャルロッテ嬢の周囲に侍っていた。
それでも満足できないのか、アルノート様にも近づいてきたのだという。
レオナ様を矢面に立たせることなく、ご本人がすっぱりばっさりとお断りしては、シャルロッテ嬢が悲劇の女優《ヒロイン》となり、「婚約者のレオナ様に言わされているのですね!」と騒ぎ、周囲の男性陣ははらはらと泣く彼女を慰め、レオナとアルノートを責める始末だった。

「まあ、何て面倒なお方……」

思わず手紙を読みながら、私は感想を声に出してしまった。
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