33 / 40
抗議文を書く私と、恋文が届く婚約者様
しおりを挟む
夜会の数日後、私は侯爵夫人に習いながら、正式な抗議文を作成していた。
どうやらお互いの爵位や罪状によって、慰謝料の相場は大体決まっているらしい。
基本的には家同士の話し合いにもなるが、相場内であれば謝罪文と支払いで終わる。
逸脱した金額になれば、間に貴族院が入り裁定となるが、そこでも納得いかなければ裁判となるらしい。
だが、基本的にはそこまで争う事はないようだ。
常識的な判断をしない家門は、その点でも名誉が傷つく事になる。
お金目当てではないので金額はどうでも良かったが、体面というものがあるので、侯爵夫人の判断に委ねた。
数週間後には全ての支払いが私の財産となり、侯爵夫人に許可を得て、使用人達へそれぞれ欲しがっていた物を贈ることにした。
立派な包丁を一揃え、眼鏡、一張羅のお洋服、などなど。
平民では中々手が出せない贈り物に、皆が顔を綻ばせた。
それでもまったく使い切れる金額ではない。
実家についても様子を調べて貰ったが、特に支援を必要とはしていないし、リーマス伯爵家が負担したドレスや宝飾品の代金は全て、侯爵家から支払い済みだという。
タナーモも領地で順調に育っているらしいし、サラセニア王国でも栽培は順調らしい。
王妃様やフェンブル公爵夫人からの手紙で、進捗が知らされていた。
他には、孤児院や救貧院への寄付、かしら。
等と悩んでいると、ディオンルーク様が浮かない顔をしている。
「どうかなさいまして?お元気が無いようにお見受け致しますが」
「最近、妙な手紙が届くんだ」
「妙な、手紙……ですか?」
胸からぴらりとディオンルーク様が手紙を取り出す。
そして、私にそれを渡した。
「拝見しても宜しいのですか?」
「ああ、君の意見も聞きたい」
裏を返してみれば、女性の名前。
シャルロッテ・アーベライン。
「帝国の公爵家のご令嬢ですか?」
帝国語も学んだし、周辺諸国の貴族名鑑は既に覚えている。
名前と顔が一致しないが、夜会に出て挨拶周りをした事で大体の国内の貴族は網羅していた。
他国の人々は留学生や外交官、商売も手掛けている貴族達くらいである。
手紙に目を通せば、何というか。
悲劇のヒロインである。
望まぬ婚姻を強いられる、ディオンルーク様をお救いしたい。
わたくしの心は昔も今も貴方の物です。
両親は説得したので、迎えに来てください。
この三つが長々と違う文章で繰り返されているのと、昔の思い出みたいな詩なども挟まっている。
「この方とディオ様のご関係は?」
「うーん。幼い頃に婚約の話は出たし、お祖母様を通じて帝国へ行った時に顔を合わせたことがある、くらいだな。今の今まで、何の音沙汰もなかったのにな。どうやら過日の夜会の婚約発表を耳にしたらしい」
はは、とディオンルーク様の口から乾いた笑いが漏れる。
今まで全く放置だったのに、急にここまで盛り上がれるのは怖い。
しかし、それだけだろうか?
誰かの思惑もありそうで、私は少し悩んだ。
「結婚式まで間がないですし、レオナ様にご相談してみましょうか。何か事情をご存知かもしれませんもの」
「ああ、そうしてくれると助かる。……あと、ここに書いてある事は全て妄想だ。俺は愛の言葉など君以外に囁いたことはない」
「………あ、……あの、それは、光栄に存じます」
不意に真摯な眼で告げられて、私は両頬が熱くなるのを感じた。
私を見たディオンルーク様の頬もほんのり染まる。
「……とはいえ、君にも、あまり美しい言葉は捧げていないな。不勉強で済まない」
「いえ、飾らないお言葉も素敵でございますので、その……お気になさらず」
真面目な為人と、それ故の素直で正直な言葉は私にとってはかけがえのないものだ。
微笑んだディオンルーク様の顔が近づいてきて、私は目を閉じた。
「見た目は可憐で庇護欲をそそる可愛らしい美少女だが、中身は話の通じない阿呆女」
というのが、レオナ様の正直な感想だった。
現在レオナ様はバルシュミーデ公爵家に婚約者として住まい、帝国の貴族学園に婚約者のアルノートと共に通っている。
そこで、問題を起こした張本人がこのシャルロッテ嬢だという。
レオナ様が学園に通われ始めた時には、アルヴィナ嬢はご実家に回収済だった。
その代わりにアルノート様の周囲に出没しはじめたのが、この件のシャルロッテ嬢。
皇太子は既に学園を卒業済だが、第二皇子から臣籍降下され公爵位を賜ったアルノート様の他に、第三皇子も学園に通っていて、彼女に篭絡されたという。
その他にも高位令息がちらほらと。
婚約者のいる令息ばかりが、シャルロッテ嬢の周囲に侍っていた。
それでも満足できないのか、アルノート様にも近づいてきたのだという。
レオナ様を矢面に立たせることなく、ご本人がすっぱりばっさりとお断りしては、シャルロッテ嬢が悲劇の女優《ヒロイン》となり、「婚約者のレオナ様に言わされているのですね!」と騒ぎ、周囲の男性陣ははらはらと泣く彼女を慰め、レオナとアルノートを責める始末だった。
「まあ、何て面倒なお方……」
思わず手紙を読みながら、私は感想を声に出してしまった。
どうやらお互いの爵位や罪状によって、慰謝料の相場は大体決まっているらしい。
基本的には家同士の話し合いにもなるが、相場内であれば謝罪文と支払いで終わる。
逸脱した金額になれば、間に貴族院が入り裁定となるが、そこでも納得いかなければ裁判となるらしい。
だが、基本的にはそこまで争う事はないようだ。
常識的な判断をしない家門は、その点でも名誉が傷つく事になる。
お金目当てではないので金額はどうでも良かったが、体面というものがあるので、侯爵夫人の判断に委ねた。
数週間後には全ての支払いが私の財産となり、侯爵夫人に許可を得て、使用人達へそれぞれ欲しがっていた物を贈ることにした。
立派な包丁を一揃え、眼鏡、一張羅のお洋服、などなど。
平民では中々手が出せない贈り物に、皆が顔を綻ばせた。
それでもまったく使い切れる金額ではない。
実家についても様子を調べて貰ったが、特に支援を必要とはしていないし、リーマス伯爵家が負担したドレスや宝飾品の代金は全て、侯爵家から支払い済みだという。
タナーモも領地で順調に育っているらしいし、サラセニア王国でも栽培は順調らしい。
王妃様やフェンブル公爵夫人からの手紙で、進捗が知らされていた。
他には、孤児院や救貧院への寄付、かしら。
等と悩んでいると、ディオンルーク様が浮かない顔をしている。
「どうかなさいまして?お元気が無いようにお見受け致しますが」
「最近、妙な手紙が届くんだ」
「妙な、手紙……ですか?」
胸からぴらりとディオンルーク様が手紙を取り出す。
そして、私にそれを渡した。
「拝見しても宜しいのですか?」
「ああ、君の意見も聞きたい」
裏を返してみれば、女性の名前。
シャルロッテ・アーベライン。
「帝国の公爵家のご令嬢ですか?」
帝国語も学んだし、周辺諸国の貴族名鑑は既に覚えている。
名前と顔が一致しないが、夜会に出て挨拶周りをした事で大体の国内の貴族は網羅していた。
他国の人々は留学生や外交官、商売も手掛けている貴族達くらいである。
手紙に目を通せば、何というか。
悲劇のヒロインである。
望まぬ婚姻を強いられる、ディオンルーク様をお救いしたい。
わたくしの心は昔も今も貴方の物です。
両親は説得したので、迎えに来てください。
この三つが長々と違う文章で繰り返されているのと、昔の思い出みたいな詩なども挟まっている。
「この方とディオ様のご関係は?」
「うーん。幼い頃に婚約の話は出たし、お祖母様を通じて帝国へ行った時に顔を合わせたことがある、くらいだな。今の今まで、何の音沙汰もなかったのにな。どうやら過日の夜会の婚約発表を耳にしたらしい」
はは、とディオンルーク様の口から乾いた笑いが漏れる。
今まで全く放置だったのに、急にここまで盛り上がれるのは怖い。
しかし、それだけだろうか?
誰かの思惑もありそうで、私は少し悩んだ。
「結婚式まで間がないですし、レオナ様にご相談してみましょうか。何か事情をご存知かもしれませんもの」
「ああ、そうしてくれると助かる。……あと、ここに書いてある事は全て妄想だ。俺は愛の言葉など君以外に囁いたことはない」
「………あ、……あの、それは、光栄に存じます」
不意に真摯な眼で告げられて、私は両頬が熱くなるのを感じた。
私を見たディオンルーク様の頬もほんのり染まる。
「……とはいえ、君にも、あまり美しい言葉は捧げていないな。不勉強で済まない」
「いえ、飾らないお言葉も素敵でございますので、その……お気になさらず」
真面目な為人と、それ故の素直で正直な言葉は私にとってはかけがえのないものだ。
微笑んだディオンルーク様の顔が近づいてきて、私は目を閉じた。
「見た目は可憐で庇護欲をそそる可愛らしい美少女だが、中身は話の通じない阿呆女」
というのが、レオナ様の正直な感想だった。
現在レオナ様はバルシュミーデ公爵家に婚約者として住まい、帝国の貴族学園に婚約者のアルノートと共に通っている。
そこで、問題を起こした張本人がこのシャルロッテ嬢だという。
レオナ様が学園に通われ始めた時には、アルヴィナ嬢はご実家に回収済だった。
その代わりにアルノート様の周囲に出没しはじめたのが、この件のシャルロッテ嬢。
皇太子は既に学園を卒業済だが、第二皇子から臣籍降下され公爵位を賜ったアルノート様の他に、第三皇子も学園に通っていて、彼女に篭絡されたという。
その他にも高位令息がちらほらと。
婚約者のいる令息ばかりが、シャルロッテ嬢の周囲に侍っていた。
それでも満足できないのか、アルノート様にも近づいてきたのだという。
レオナ様を矢面に立たせることなく、ご本人がすっぱりばっさりとお断りしては、シャルロッテ嬢が悲劇の女優《ヒロイン》となり、「婚約者のレオナ様に言わされているのですね!」と騒ぎ、周囲の男性陣ははらはらと泣く彼女を慰め、レオナとアルノートを責める始末だった。
「まあ、何て面倒なお方……」
思わず手紙を読みながら、私は感想を声に出してしまった。
116
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?
朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。
何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!
と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど?
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)
【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。
鏑木 うりこ
恋愛
クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!
茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。
ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?
(´・ω・`)普通……。
でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。
【完結】「第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので」
まほりろ
恋愛
学園の食堂で第一王子に冤罪をかけられ、婚約破棄と国外追放を命じられた。
食堂にはクラスメイトも生徒会の仲間も先生もいた。
だが面倒なことに関わりたくないのか、皆見てみぬふりをしている。
誰か……誰か一人でもいい、私の味方になってくれたら……。
そんなとき颯爽?と私の前に現れたのは、ボサボサ頭に瓶底眼鏡のひょろひょろの男爵だった。
彼が私を守ってくれるの?
※ヒーローは最初弱くてかっこ悪いですが、回を重ねるごとに強くかっこよくなっていきます。
※ざまぁ有り、死ネタ有り
※他サイトにも投稿予定。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
やめてくれないか?ですって?それは私のセリフです。
あおくん
恋愛
公爵令嬢のエリザベートはとても優秀な女性だった。
そして彼女の婚約者も真面目な性格の王子だった。だけど王子の初めての恋に2人の関係は崩れ去る。
貴族意識高めの主人公による、詰問ストーリーです。
設定に関しては、ゆるゆる設定でふわっと進みます。
みんながまるくおさまった
しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。
婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。
姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。
それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。
もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。
カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。
私知らないから!
mery
恋愛
いきなり子爵令嬢に殿下と婚約を解消するように詰め寄られる。
いやいや、私の権限では決められませんし、直接殿下に言って下さい。
あ、殿下のドス黒いオーラが見える…。
私、しーらないっ!!!
王侯貴族、結婚相手の条件知ってますか?
時見 靜
恋愛
病弱な妹を虐げる悪女プリシア・セノン・リューゲルト、リューゲルト公爵家の至宝マリーアン・セノン・リューゲルト姉妹の評価は真っ二つに別れていたけど、王太子の婚約者に選ばれたのは姉だった。
どうして悪評に塗れた姉が選ばれたのか、、、
その理由は今夜の夜会にて
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる