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我儘従姉の面倒はお断り
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「あの、お嬢様、何故あんな事を?」
部屋に戻ると、早速小間使いのロンナが問いかけてきた。
まあ、そりゃ、不審か。
突然来た養女が翌日調理場で働いたりしてたら。
「忙しそうだったから、つい。どうせ一週間でここからも居なくなるから、細かい事は気にしないでいいのよ」
「は、はい……でもお疲れではないですか?」
「心配してくれたのね?ありがとう。でも、大丈夫」
にっこり笑顔を向ければ、複雑そうな顔をしたロンナはお辞儀を返した。
きっと伯爵から私を見張るようにも言われているのだろう。
別に何もやましい事はないから気にならない。
朝食に顔を出せば、伯爵と伯爵夫人、娘のサリーが食堂に集っていた。
「お早うございます」
私は朝の挨拶をして、昨日習ったばかりの淑女の礼をする。
伯爵は鷹揚に頷いたが、サリーはふふっと意地悪く笑った。
「お父様、やっぱり無理よ。だって、侯爵夫人は煩いもの」
「黙りなさい。お前が逃げたからこうなっているんだ」
じろり、と父親に睨まれて、サリーはふてぶてしく肩を竦めた。
「だって、どっちにしてもこの伯爵家は私が継ぐんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃない。お前を嫁に出せればそれが一番良かったんだ。この家を継ぐのはそれこそアリーナやミリオネアで良かったのだからな」
そう返されると、サリーはむう、と頬を膨らませて不満げにこちらを見る。
いや、見られても、私が悪い訳じゃないし、邪魔した訳でもない。
面倒なので、彼女の視線は無視して、飲み物だけを貰って席に座る。
「食事はしないの?」
見とがめたサリーの意地悪な笑顔の質問に、私は頷いた。
「お腹がすいていないので」
「小食の振りなんて、今からしなくてもいいのよ。あ、分かった。作法に自信がないのでしょう?」
くすくすと笑って見せるサリーにため息が漏れる。
本当にお腹いっぱいなんですよ。
それに。
「確かに作法は今日のお昼から授業を受ける予定なので、晩餐はご一緒致します。それにわたくしは、小食を美徳とは捉えておりませんの。更に、わたくしは叔父様から頼まれてこちらに来たのですけれど、何か文句がおありなの?」
一気に言えば、サリーは目を見開いたまま、口もぽかんと開けて固まった。
まさか、言い返されると思わなかったのだろうか?
「な、何よ、平民の癖に生意気よ!」
「養女になった今は、同じですわ。わたくしは元々伯爵家の直系の血筋ですもの」
「その位、言い返せるなら侯爵家に行っても大丈夫そうね」
何故か叔母は真面目な面持ちでこくりと頷いた。
その言葉に叔父も頷く。
サリーだけは不満そうに立ち上がって、足音も荒々しく食堂から逃げるように去っていった。
お行儀が悪いですね。
「叔父様、宜しければですけど、淑女教育の合間に領地のお仕事もお手伝いさせて頂けませんか?」
「……何故だ?」
胡乱気な眼を向けてくるが、別に乗っ取りを企んでいる訳ではないし、何か工作をするつもりもない。
単に、興味があるからだ。
「わたくし、商会で帳簿も付けていたので、数字には滅法強いと自負しておりますの。書類整理などの雑用でも勿論構いませんわ。何もした事がないよりは、侯爵家でも困らないと存じまして」
「おお、そうか!……うむ、それならば少し手伝わせてやろう」
「ありがとう存じます。叔母様も、何かお手伝いが必要な時はお声をかけて下さい」
「ええ、そうするわ」
何事も慣れが肝心だ。
未経験のまま、適当に侯爵夫人にぶち当たりに行って、ただ玉砕するのは御免である。
伯爵家で学べることは、出来るだけ学んでおきたい。
侯爵家で更にその先を学べれば、それはそれで将来の自分の糧になる。
今日はダンスの練習だ。
昨日一日、礼をするだけの練習だったのだが、それは一応合格した。
多分、一応、何とか見れる、くらいのものだろうけど。
ダンスは今後毎日練習が必要になるらしい。
それもそうか。
礼をするだけと違って、動きも沢山あるのだ。
一週間でも全然足りない位なのはよく分かる。
昼食時は食事の作法。
食器の使い方から、取り分け方、食べる方法。
午後からは座学も殆ど必要な分は覚えているという事で、叔父の執務室へと向かう。
用意されていた小さな机に、書類が載せられていた。
以前の書類を見ながら、新しい書類の計算を埋めていく。
何かの集まりから戻ってきた叔父様は、私の書きあげた書類を見て、満足そうに頷いた。
「うむ、これなら、侯爵家でうまく行かなくても此処で雇ってやっても良いな」
げ。
それは、嫌だ。
あの我儘サリーの面倒を見続ける運命になりそう。
「いえ、それはちょっと……お約束通り、うまく行かなければ大人しく実家に戻ります」
「それよりも此処で働いた方が給料は良いのではないか?」
給料が出るとは驚きだ。
体よく無料で使われるのかと思っていた。
でも、それでも精神的負担を考えたら、無理。
「だとしても、次期伯爵はサリーの旦那様になりましょうし、そのお側にわたくしの様な者がいたらサリーの気も休まらないのではないでしょうか」
「……ふむ、それも、そうか……」
お前は恋愛対象になるものか、と言われなくて良かった。
私もそう思うけど、サリーはきっとそれでも文句を付けてくるだろう。
それは叔父にも十分分かっているに違いない。
部屋に戻ると、早速小間使いのロンナが問いかけてきた。
まあ、そりゃ、不審か。
突然来た養女が翌日調理場で働いたりしてたら。
「忙しそうだったから、つい。どうせ一週間でここからも居なくなるから、細かい事は気にしないでいいのよ」
「は、はい……でもお疲れではないですか?」
「心配してくれたのね?ありがとう。でも、大丈夫」
にっこり笑顔を向ければ、複雑そうな顔をしたロンナはお辞儀を返した。
きっと伯爵から私を見張るようにも言われているのだろう。
別に何もやましい事はないから気にならない。
朝食に顔を出せば、伯爵と伯爵夫人、娘のサリーが食堂に集っていた。
「お早うございます」
私は朝の挨拶をして、昨日習ったばかりの淑女の礼をする。
伯爵は鷹揚に頷いたが、サリーはふふっと意地悪く笑った。
「お父様、やっぱり無理よ。だって、侯爵夫人は煩いもの」
「黙りなさい。お前が逃げたからこうなっているんだ」
じろり、と父親に睨まれて、サリーはふてぶてしく肩を竦めた。
「だって、どっちにしてもこの伯爵家は私が継ぐんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃない。お前を嫁に出せればそれが一番良かったんだ。この家を継ぐのはそれこそアリーナやミリオネアで良かったのだからな」
そう返されると、サリーはむう、と頬を膨らませて不満げにこちらを見る。
いや、見られても、私が悪い訳じゃないし、邪魔した訳でもない。
面倒なので、彼女の視線は無視して、飲み物だけを貰って席に座る。
「食事はしないの?」
見とがめたサリーの意地悪な笑顔の質問に、私は頷いた。
「お腹がすいていないので」
「小食の振りなんて、今からしなくてもいいのよ。あ、分かった。作法に自信がないのでしょう?」
くすくすと笑って見せるサリーにため息が漏れる。
本当にお腹いっぱいなんですよ。
それに。
「確かに作法は今日のお昼から授業を受ける予定なので、晩餐はご一緒致します。それにわたくしは、小食を美徳とは捉えておりませんの。更に、わたくしは叔父様から頼まれてこちらに来たのですけれど、何か文句がおありなの?」
一気に言えば、サリーは目を見開いたまま、口もぽかんと開けて固まった。
まさか、言い返されると思わなかったのだろうか?
「な、何よ、平民の癖に生意気よ!」
「養女になった今は、同じですわ。わたくしは元々伯爵家の直系の血筋ですもの」
「その位、言い返せるなら侯爵家に行っても大丈夫そうね」
何故か叔母は真面目な面持ちでこくりと頷いた。
その言葉に叔父も頷く。
サリーだけは不満そうに立ち上がって、足音も荒々しく食堂から逃げるように去っていった。
お行儀が悪いですね。
「叔父様、宜しければですけど、淑女教育の合間に領地のお仕事もお手伝いさせて頂けませんか?」
「……何故だ?」
胡乱気な眼を向けてくるが、別に乗っ取りを企んでいる訳ではないし、何か工作をするつもりもない。
単に、興味があるからだ。
「わたくし、商会で帳簿も付けていたので、数字には滅法強いと自負しておりますの。書類整理などの雑用でも勿論構いませんわ。何もした事がないよりは、侯爵家でも困らないと存じまして」
「おお、そうか!……うむ、それならば少し手伝わせてやろう」
「ありがとう存じます。叔母様も、何かお手伝いが必要な時はお声をかけて下さい」
「ええ、そうするわ」
何事も慣れが肝心だ。
未経験のまま、適当に侯爵夫人にぶち当たりに行って、ただ玉砕するのは御免である。
伯爵家で学べることは、出来るだけ学んでおきたい。
侯爵家で更にその先を学べれば、それはそれで将来の自分の糧になる。
今日はダンスの練習だ。
昨日一日、礼をするだけの練習だったのだが、それは一応合格した。
多分、一応、何とか見れる、くらいのものだろうけど。
ダンスは今後毎日練習が必要になるらしい。
それもそうか。
礼をするだけと違って、動きも沢山あるのだ。
一週間でも全然足りない位なのはよく分かる。
昼食時は食事の作法。
食器の使い方から、取り分け方、食べる方法。
午後からは座学も殆ど必要な分は覚えているという事で、叔父の執務室へと向かう。
用意されていた小さな机に、書類が載せられていた。
以前の書類を見ながら、新しい書類の計算を埋めていく。
何かの集まりから戻ってきた叔父様は、私の書きあげた書類を見て、満足そうに頷いた。
「うむ、これなら、侯爵家でうまく行かなくても此処で雇ってやっても良いな」
げ。
それは、嫌だ。
あの我儘サリーの面倒を見続ける運命になりそう。
「いえ、それはちょっと……お約束通り、うまく行かなければ大人しく実家に戻ります」
「それよりも此処で働いた方が給料は良いのではないか?」
給料が出るとは驚きだ。
体よく無料で使われるのかと思っていた。
でも、それでも精神的負担を考えたら、無理。
「だとしても、次期伯爵はサリーの旦那様になりましょうし、そのお側にわたくしの様な者がいたらサリーの気も休まらないのではないでしょうか」
「……ふむ、それも、そうか……」
お前は恋愛対象になるものか、と言われなくて良かった。
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